Sid.53 この世界の神の姿は不明
神様と言えば、元の世界では人の姿をしていたり、いや、あれは少し違うのか。キリストは神の御子で人であって神と言える。神そのものは偶像化されていないから。カトリックの方が幾らか偶像崇拝な感じもしないでもない。マリア像だったり十字架にキリスト像だったり。プロテスタントは十字架しかないから。
仏教だと名称は様々あれど仏様だし、日本の神で言えば八百万の神々。その姿形も様々。偶像崇拝が根付いてる。信仰しやすいからかもしれない。しかし日本人の信仰心は気まぐれだ。
でもなんで抽象化されてるのか。
それも聞いてみるけど。
「姿を見た人は居ないし、勝手な想像かもしれないけど」
神は人とは異なる次元に居る至高の存在。人の姿を取っていないのが定説らしく、あくまで想像上の見た目でしかないとか。
また、腕の解釈には二種類あって、掴み取るのか施すのか、だそうだ。
大勢は施すと言った解釈になっているらしい。理由は単純で技能を授かるから。万人に技能を授ける美と豊穣の女神、とされるとか。
女神なんだ。凄く性格が悪そうだな。クリスティーナに権能を与えたくらいだし。
「イグナーツは知らなかったんだ」
「だって、農家出身だから」
「由来まで知らなくても仕方ないんだね」
農家の信仰心は厚い。でも由来などの知識は無い。ただひたすら祈りを捧げ崇めるだけ。爺ちゃんも婆ちゃんも祈りを捧げていたけど、何か物に向かってじゃなかった。
偶像崇拝じゃないんだ。
「他所に行くとね、また違う神の像があるよ」
「そうなの?」
「美と豊穣と施しか掴み取る、それと大地に根差す、それが表現されてればね」
形は何でもいいそうだ。
形は違っても信仰心はみんな持ってるそうで。俺は持てないな。神が俺に何をしたかと言えば、何もしないで放置だし。技能なんて授からない。何の力もないままに、こんな世界に放り出されて死ぬ思いまでして。信仰なんてできるわけがない。
もしデシリアと知り合わなかったら、短い人生を終えていただろう。
「あの、悪魔崇拝とかあるの?」
「無いよ」
「え、でも力を貸すのに」
「対価を要求するからね」
神は万人に等しく無償で施す。悪魔は対価を要求する。崇拝する相手は神になって当然だろうと。
悪魔の力を行使するために犠牲にするものがある。だから崇拝されるに至らないらしい。
それも人間のご都合主義かもしれない。だって日本だと、ただより高いものは無いってことだし。死後に何か過大な要求があるのかも。性格悪そうだもの。この世界の女神様とやらは。
対価を要求する悪魔の方が正当性がある気もするし。正直だよね。
「等しくって言うけど、俺には何も与えられてない」
「不思議だよね。みんな誰もが技能を授かるのに」
どんな身分の人でも、どんな罪人でも等しく技能は授かっている。
俺にだけ無いことで不思議だと言うけど、異なる世界から来てるからと今は思う。ラノベみたいに能力を授ける、なんて無いのも理解したし。
現実は斯くも厳しいものだって。チート能力で無双なんて、あり得ないんだよ。
「だったら、せめて魔導の資質が欲しかった」
「でも対価を要求されるよ」
「それでも無能よりは」
「無くてもイグナーツは問題無いと思う」
素で強いとか言ってる。シルヴェバーリのメンバーが強いから、俺は助けられてるだけだ。俺自体に何の力もないんだから。
それでも人より体力だけはある。農家で鍛えられたからかもしれない。それだけで説明できないけど、もしかしたら、これが俺の技能だったりして。だとしたら、やっぱり神は底意地が悪い。最底辺の扱いしかされないのだから。
「自信持って」
何度も言ってるけどシルヴェバーリに欠かせない存在なのだと。
必要とされる存在に至れている。代わりが居ないのだから自信を持って、だそうだ。
腕を絡め「本当に役立たずなら、あたしは惚れたりしないよ」と言って、顔を近付けキスしてくるし。
この日のデートを終えるとホームに戻る。
ヘンリケだけが居て「お帰り」と言って「食事だけど済ませた?」と聞かれ、何も食べてないと言うと準備してくれるようだ。
「あたしが作るけど」
「いいから。余韻でも楽しんでなさい」
ついでに仲良くシャワーでも浴びていればいい、なんて言ってるし。まだそこまでの関係性じゃないから、それは無理だと思う。恥ずかしい。
俺を見るデシリアだけど、まさか一緒にとか思ってないよね。
「あたしが先に入ってくる」
「一緒じゃないの?」
「そんな関係じゃないから」
「もどかしい。もっと積極的になればいいのに」
デシリアとヘンリケの会話。以前と少し違うのは露骨な否定が無いこと。
「でも、少しは進展してるならいいのかな」
キスして手を繋いで仲睦まじい関係。あとは時間が解決するだろうと。それと「イグナーツ君の勇気次第かな」だって。
俺にはそんな勇気はない。嫌われたらとか望まれてないとか、いろいろ考えちゃうから。もっと互いを知ってからでいい。まだそんなタイミングじゃないと思うし。
デシリアがシャワーを浴びて出てくると、続いて俺がシャワーを浴びて夕食になる。
俺とデシリアは並んで腰掛け、向かい側にヘンリケが居て笑顔だ。
「気持ちは通じ合ってるのに」
揃って奥手だと。
「悪くないけど、あんまり待たせないようにね」
分かりません。どの程度の交際期間があって、どの程度まで互いの距離を縮めればいいのか。何となく雰囲気でそうなるのか、それともどっちかが切り出すのか。
何の経験もなく、女子とまともに付き合った経験もない。だって、日本だと本当に面倒臭かったから。なんか女子って面倒臭い存在、と思ってたし。お金も時間も費やして、じゃあどれだけ精神的に満たされるのか。たぶん後悔する程度だったと思う。
経験して無いから分かんないけど。
だからこれが本当の意味での初恋かもしれない。
デシリアが気になって、好きだと思う気持ちが強くなって。差別されて迫害されて、そこに救いの手を差し伸べてくれた。惚れない方がおかしいよね。
こっちから必死のアピールをして、じゃない。
「あ、そうそう。明日ヴェイセルの重機関銃取りに行くんでしょ」
「はい、そうです」
「デシリアも一緒に行くんでしょ」
「行くよ」
ついでに寄り道して鈎針を買って来て、だそうで。
鈎針?
「編み物に使う編み棒で十二番」
「えっと、俺には分からないんですが」
「デシリアなら分かるでしょ、ガサツでも。指の入らない手袋とか」
「ガサツ違うから」
なんか、ガサツが定着してるんだ。そうは思ってないけど。
「デシリアは繊細だと思います」
「そう? 本気で惚れてるのね」
「あ、え、そうかも、しれませんけどでも」
「惚れた男の前では繊細になれるのね」
元々繊細だと言うデシリアが居て、それを鼻であしらうヘンリケが居て、なんだかなあ。
デシリアを揶揄いはしても分かってると思う。
食事が済むと片付けくらいはやる、と言うデシリアが居て任せるヘンリケだ。
リビングに向かうと確かに編み物を始めてる。
「イグナーツ。あたしも何か作ってあげようか」
「いいの?」
「下着は? 羽織るものがいい? 手袋とか?」
「あの、手袋って入らない奴?」
違うと言ってる。たまたまの失敗であって、ちゃんと編めば使えるんだと。
「イグナーツまで、そういうこと言うんだ」
「あ、いや違って」
「しっかり鼻を明かしてあげるからね。で、何がいいの?」
ヘンリケを見ると笑ってるし。
「あの、じゃあ羽織るもので」
「手袋じゃないんだ」
「手は冷たくないのと肩に掛けられれば」
「そう。じゃあ作ってあげる」
採寸するから、あとで部屋に来て、と。
そう言えばデシリアの部屋って入ったこと無いな。一時的に滞在してるだけの借家だし、生活感は無さそうだけど。
でもちょっとだけ楽しみができた感じ。
リビングに居るヘンリケを見ると笑顔で親指立ててるし。