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Sid.52 積極性が必要と理解した

 感情を失う前に満たして欲しい、そう言うことなのだろう。

 何を?


 じっと上目遣いで見つめてるけど、腕を胸の前で組むから薄着だと、少々目立つ部位があって気恥ずかしい。

 一応男だし、もし俺の思っている通りなら願ってもないことだけど。


「あ、あの。俺、どうしたらいいのか、分かんないんです」

「え」

「え、あ、俺、経験無いですし」

「イグナーツって」


 デシリアの表情が冷めた感じになってる。なんか間違えたかもしれない。

 深いため息を吐き「勘違いさせちゃったかな」と言って「男子だから仕方ないと思うけど、やっぱり体が欲しいのかな」とか言われてしまった。

 失態だ。

 思っていたこととは違う。もっと精神的に満たすことであって、肉体的な欲求を満たすことは意味して無いんだ。

 ここは欲望が出てしまったことを謝った方が。


「ごめんなさい! 勝手に思い込んで」


 腰を九十度に曲げ頭を下げ謝罪してみるけど、何も言われないから頭を上げるのは暫し待ってみる。

 何ら反応は無いような。なんか全てに於いて間違えた対応だったかも。

 と思っていたら頭にそっと触れる手がある。


「何してるの?」

「えっと」

「謝らなくていいのに」


 いずれはそういう関係に至るだろうと。ただ、それは今ではないと言う。


「あのね、消せないくらいに思い出をたくさん作って」


 ひとりではできないことだから。


「魂に刻み込んでおけばいいんだよ」


 大切な思い出をたくさん。失うよりも多くの記憶で満たし、余裕を持っていれば自分の感情は無くならないと。

 消えた分は補完して行けばよいのだとも。

 頭に触れていた手に少し力が篭もると、強制的に頭を上げさせられ、デシリアの顔の位置まで上がるとキスされた。

 唇が離れると「期待しちゃったんだよね」と口にし「もう少しだけ待ってね」と言うと、頭から手を離し笑顔を見せる。


「誘ってよ」

「え」

「もう。イグナーツから誘ってくれないと」


 あ。

 デートに誘えってことか。デシリアから誘われても、俺からは誘ったことがない。

 俺のプランで二人の記憶と感情を満たす。もっと豊かにして簡単には消えないようにする。

 経験がとか自分に言い訳しないで、デシリアに向き合わないと駄目なんだ。

 魔法を使わせない、じゃなく失いきれないくらい、溢れる程に育て上げればいいんだよ。常に満たしておけば少しくらい魔法を使っても、きっとデシリアの気持ちは消えない。


「分かりました。次からは俺から誘います」

「あとね」


 ちょっと口をへの字にして「丁寧な言葉遣いは悪くないけど」と。


「主従関係があるみたいで距離を感じるから、普通に会話できないかな」


 お互い対等な関係であれば、丁寧な言葉遣いは要らないはずと言う。礼節は場所によって相手によって必要だが、恋人同士で畏まった態度は不要。自然な態度で接して欲しいと言う。俺という存在が見えないと感じるらしい。


「もう恋人同士だと思ってたんだけどな」


 畏まった態度や丁寧な言葉は、自分自身が格下と思っていたから。同格な存在には程遠い、そう思ってるからで。そうなると遜る必要がある。

 でも実際には上下関係なんて望んでなかったのがデシリア。

 今更直すのも難しく感じるけど、互いに距離を感じさせるなら、今の言葉や態度は良くないんだろう。


「えっと。じゃあ、デシリア。今度は俺が誘うからどこか行こうよ」

「うん。期待して待ってるよ」


 互いに近寄るとデシリアが腕を背中に回し、キスをしてくるけど離れると「これもね、イグナーツがもっと積極的に」と言われてしまう。

 俺からは何もしてないから。きっともどかしさがあったと思う。

 でも、こればかりは急にはできない。少しずつ積極的な行動を見せるしかないか。

 まだ勇気がないから。


 どうやら伝えることは伝えたようで、部屋を出るデシリアだけど「期待してたこと、イグナーツ次第だよ」と言って部屋を出て、そっとドアを閉じて行った。

 期待してたことって、あれ、だよね。勘違いとは言え期待してしまったわけで。でも、俺次第ってことは、やっぱり積極性だよな。

 女子を相手って何かと難しい。


 翌日、ダイニングに行くと椅子に腰掛けるデシリアと真っ先に目が合う。


「デシリア、おはよう」

「おはよ! イグナーツ」


 思い切って言ってみたら、笑顔が眩しいデシリアだな。でも周囲を見てみると微笑んでる。なんか揃って頷いて「良かった」だの「やっとか」とか「昨夜なんかあったな」って、何も無いんですが。

 デシリアを見ると否定しないし、にこにこ笑顔のままだ。


「あ、えっとみなさんもおはようございます」

「なんで俺たちには硬い挨拶なんだ?」

「え、でも」

「誰も気にしないぞ。もっと砕けていいんだからな」


 さすがに年齢が上すぎるから砕けた言葉遣いは無理。みんな尊敬すべき大先輩だから。人生に於いても探索者としても。

 でも、デシリアとの関係性を進展させるには、やっぱり距離を感じさせない方がいい。だからタメ口で接することにした。


 全員揃うと食事になりモルテンから、今後の予定に関して話があるようで。


「三十六階層以降は、重機関銃を入手してからにする」


 先に俺のじゃなくヴェイセルの重機関銃が仕上がる。そうしたら再度三十六階層に向かうようだ。ヴェイセルの銃は俺が持つけど、戦闘と同時に受け渡しとなると、少し練習が必要かもしれない。

 俺はともかくヴェイセルでも二十キロを、常に持って移動するのは無理だそうで。


「と言うことでだ、今日と明日は休みにする」


 各自、好きに行動してくれとなり、モルテンは妻と子の下に向かうそうだ。

 アルヴィンは武器の手入れののちに、町に繰り出し待たせている女性の下に向かうとか。

 ヴェイセルは銃の手入れを済ませ、明日は銃砲店に行くそうで。


「イグナーツ。悪いが明日は俺に付き合ってくれ」

「重機関銃の持ち帰りですね」

「本当ならデシリアと二人の時間を過ごさせたいんだが」


 デシリアは問題無し、として俺も同じと言うと「じゃあ遠慮なく借りるぞ」と言われた。

 ヘンリケは今日はのんびり過ごし、明日は掃除と洗濯をすると言う。


「ヘンリケさんって普段、何をしてるんですか?」

「編み物してるけど」

「え」

「あら、意外だった?」


 手先が器用なんだ。と思ってデシリアを見るとヘンリケが「デシリアはね、ガサツだから」とか言い出し「違うから」と否定してるし。


「あたしだってできるよ」

「指を通せない手袋でしょ」

「た、たまたま失敗しただけ」


 そうなんだ。指を通せない手袋って、なんかデシリアらしいのかも。でもガサツ、ではないと思う。実は凄く繊細な女子だと思うから。手先が器用かどうかはさて置いて。


「二人はどうするの?」

「えっと、出掛けようかなと思います」

「そう。じゃあ楽しんでらっしゃい」


 ヘンリケに見送られホームを出るけど、今まではデシリアが俺の手を取っていた。今回は俺からデシリアの手を取り、と思ったのに。


「あの」

「何?」

「なんでもない」


 早かった。俺の手を取る速度が。即座に繋がれ引っ張られる俺だったし。

 リードするには至らない。リードされてばっかりだ。


「自然体だよ」


 察したのか落胆した表情を見せたのか、そんなことを言うデシリアだった。

 でも繋がる手は心地良い。ずっとこうしていたい、なんて思わないけど。もっと先へなんて思うから。

 二人で町の中心部にある広場に行くと、広場中央には台座の上に立像がある。


「前から思ってたんだけど、あの立像って」


 疑問はあった。上はバラの花のようで、それが頭に見える。その下は松ぼっくり。さらに足に相当する部分は、幾重にも波打つ感じのプリーツ状のような、イカの足みたいな。

 松ぼっくりから生える複数の触手に見える何か。


「神様」

「え」

「抽象化してるけどね」


 デシリア曰く、頭は美を示し体は実りを示し、腕は全てを掴み取る。

 足は大地に根差すものである、と説明された。

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