Sid.45 戦闘不参加の荷物持ち
二度目の唇と唇を合わせるキス。頬を染め自室に戻るデシリアだった。
去り際に「自信持って」と言って。
頬じゃなくて唇だから間違いなく好かれてるのだろう。なんで、と思わなくもないけど、気持ちとしては嬉しいから。
ただ、年齢を考えるとお互い奥手同士だなと。日本だと十代前半でもキス以上に、やることやってる人は居たし。俺にそんな相手は居なかったけど。だって、彼女作るなんて面倒すぎて。男子の友だちと遊んでる方が気が楽だった。
女子もまた彼氏をなんて考えない風潮だったし。それなりに仲良くする関係ではあっても、恋人同士になるのは極一部だったから。
この世界に来て心細さや差別もあって、気持ちが荒んでいた面もあった。
癒しが欲しい、なんて思うことも。親も居ないし友だちも居ないし。孤独感は半端無いから気の置けない人が欲しい、そう思っていたくらい。
あ、そうか。娯楽もろくなものが無いから、暇を持て余すってのもあるのか。スマホなんて無いしゲーム機も存在しない。ネット環境も無いから日本での遊びが無いんだよね。SNSや動画を見ての暇潰しもできない。
だから誰か側に居て欲しいと思ってしまうのだろう。
さて、余計なことを考えてないで、明日の準備をしておかないと。
明日から暫くは荷物持ちとして同行する。念のためライフルと拳銃はしっかりメンテしておく。予備の弾薬も十発装填済みのクリップを十個持参する。
モルテンの剣は予備として十本。アルヴィンのも同数。ヴェイセルのライフル弾も五百発分。十発分のクリップ五十個だから嵩張るなあ。拳銃用には二十発分。
食料と飲料は当日と三日目の昼と夜、二日目の三食分に予備で三食分。ラビリント内で二泊する予定らしいから。
応急処置用にガーゼ、タオル、包帯を人数分。消毒薬もひと瓶。骨折した際には固定するための添え木も。ヘンリケの加療術はあるけど、それだけに頼っていられないから。使うのは俺になりそうだけど。
それと寝袋を人数分。重機関銃が無いことで、これが一番嵩張るようだ。
ラビリント内は寒くは無いけど、床は思っていた以上に冷たいから、寝袋が無いと休まらないんだよね。座ってると尻が冷たくなってくるし。
あとはダガーを予備含め三本。みんなの分として六本。
部屋で準備をしているとドアがノックされ、開けると笑顔のヘンリケが居るし。
「なんですか?」
「これも入れておいて欲しいの」
手渡されたのは、いや、これは自分でと言おうとしたら、思いっきり握らされるし。
勘弁して欲しいけど、必要なのかと。
「あの、これ」
「あのね、分かるでしょ?」
「えっと」
女性特有の事象がある。そのために必要だから荷物に入れておいてと。
いつ始まるか凡そ間隔は把握しているけど、急に、と言うこともあるそうで。
「デシリアの分もだからね」
下着と当て布。全く意識していなかったけど、女性だからあるんだろうな。男には縁のない話だ。
持って行けと言われれば、持って行くしかないわけで。
「じゃあお願いね」
バックパックのサイドポケットに押し込んでおいた。この世界では女性は派手な衣装を身に纏うけど、下着はかなり地味だった。まだ縫製技術が追い付かないのかな。
あまり色気を感じさせないから、そこまで焦らずに対処できたと思う。
これが元の世界の下着だったら、赤面してたと思うし、デシリアが身に纏ってる姿を想像したらヤバいし。
明日の準備ができたら、さっさと寝るに限る。充分な休息を取って万全の体調で臨みたいから。
翌朝、食堂に向かうと全員揃ってる。
みんな早いな。
「おはよ、イグナーツ」
「おはようございます」
「準備済んだ?」
「昨日のうちに用意しておきました」
偉い偉い、と言って頭を撫でてくる。子ども扱いだ。
でも、これもみんなの前だから。二人きりになると態度も少し違うんだよね。かなりの照れ屋さんだし俺もそうだし。この分だと先々ことに至るのに結構な時間が掛かりそうだ。
ちょっと期待してるけど、デシリアの雰囲気で見るとね。まだまだ無理かなって。
食事が済むとアヴスラグへ向けて出発する。
いよいよ三十六階層より下へ向かう。二十六階層での失敗は活かす。そんなところで躓いてる暇はないから。
アヴスラグに向かう道中、隣を歩くデシリアだけど、やっぱり色々話し掛けてくる。
「この前の演劇は退屈したでしょ」
「あ、いえ」
「いいんだってば。でね、これが終わったら大道芸を見に行こうよ」
そっちの方が退屈しなくて済むかも。
「ダールフローデンの駅前にね、大道芸人が集まるから」
アコーディオンやマンドリン、ギター弾きなんかも集まり、ジャグリングや奇術師にパントマイムなんかもあるらしい。
人形師によるパペット芸もあるとか。
「奇術ってなんです?」
手品と違うの?
「魔法とは違って仕掛けのある奴」
「手品?」
「イルホニスト。見てのお愉しみだよ」
マジシャンとは違うのか。同じカテゴリーだと思うけど。
この世界では魔法が当たり前にある。でも誰もが使えるわけじゃない。魔法が使えずとも手先が器用ならば、それらしく見せる芸もあるのだろう。仕掛けがあっても分からないものは、元の世界でもあったわけだし。
魔法かと錯覚しそうになる程に卓越したものだった。ガラステーブルをすり抜けるコインとか。仕掛けがさっぱり分からない。
話をしているとアヴスラグに着き、早速攻略開始となる。
浅い階層では後衛に仕事は無いから、前衛のあとを付いて行くだけ。サクサクと倒して進むモルテンとアルヴィンだ。この二人の前衛は本当に強い。
「ラビリントに入るとお風呂入れないんだよね」
デシリアがなんか言ってる。
「仕方ないですね」
「出てくる頃には汗と埃とモンスターの血塗れ」
「替えの服とか持たないんですか?」
「イグナーツの負担になるでしょ」
別に全員の分、一着ずつなら構わないんだけどな。
「中にお風呂があればいいのに」
「さすがにそれは」
「せめて水浴だけでも」
女性は気になるんだろうな。汗や埃塗れが。俺も一週間とかになると、さすがに気になるけど。臭くなるから。特に足が。靴のせいだと思うけど、通気性が悪すぎる革靴だし。一日履いてると蒸れて臭い。
こんな話をしながら下層階へ進み、二十五階層までは極めて順調に進む。
二十五階層の階層主をあっさり倒し、二十六階層に進むと以前にやられた相手だ。向かって来るけどモルテンにあっさり排除されてる。
やっぱり桁違いの動きをする。俺は今回何もしなくていいらしいから、とにかくモンスターの動きや癖を見て把握する。
ヴェイセルは跳弾を利用し、確実に仕留めに行けるし。アルヴィンもモンスターに攻撃の隙すら与えない。滅多打ちにして伸して行くし。
「滅茶苦茶強いですね」
「キャリアが違うから」
「ですけど、なんか動きが違い過ぎて」
「気にしなくていいんだよ」
俺には俺にしかできないことがある。とデシリアは言うけど。荷物持ち程度じゃな。バカにされ蔑まされ差別の対象でしかないし。人扱いすらされなかった。
今は違うけど世間の荷物持ちに対する態度はね。ゴミ以下。
二十六階層を進むと珍しく、他のパーティーが先行していて、やたら苦戦しているような。
「助けないんですか?」
「なんで?」
「え」
ラビリント内では救助要請がない限り、他のパーティーに加勢することはご法度らしい。
つまり苦戦していてもきり抜けられる、そう判断している限り手出し無用。
獲物の横取りと言われてしまうそうで。それで死んだら元も子もないと思うけど。
でも決まりなら仕方ない。
「なんか、やられそうです」
「そうだね」
「いいんですか?」
「あとで揉めるよ」
離れて見ていると追い詰められてるし。逃げ出したのか、こっちに向かってくる人が二人。
パーティーが瓦解した瞬間だった。
残された三人は無残にもモンスターに蹂躙されてる。