Sid.43 恋は成就していたようで
リハビリ初日は周囲の気遣いもあり、あまり疲労を感じることなく終わった。
決して扱いやすい重機関銃では無いはずだけど、グリップが装備され銃床も大型になり、それだけでも扱いやすくなったと感じられる。
これならもう少しパーティーに貢献できるかもしれない。
足を引っ張り気遣われるだけの存在だったし。少しでもヴェイセルに近付きたいのもある。
午前中で終わるとホームで寛いだり、武器の手入れをするメンバーだけど。
俺も重機関銃の整備をしておく。不具合の発生を極限まで減らしたいから。
自室で整備しているとドアがノックされ、開けるとデシリアだった。
「あ、あのね」
少しだけ頬を赤く染め俯き加減で、何やら言いたそうな感じではある。
ぼそぼそと口にしたのは「この前、隣を空けておいてって言ったけど」と言い出す。もしかして口が滑っただけだから、本気にするなとか、そう言うこと?
でも、それはそれで仕方ないとは思う。そこまで俺に魅力があるわけ無いし。攻略で足手纏いなのは事実だし。今は弱すぎて本来であれば眼中にないだろうから。
そもそも励ます意味で言ったと思う。
「大丈夫です。本気だと思って無いんで」
「え」
「落ち込んでいたんで励ましてくれたんですよね」
気分的にも助かったと言って、ありがとうございましたと、お礼を言ってみる。
なんか表情が微妙な。膨れっ面になって睨まれてる気が。
「違うんだけど」
「えっと」
「励ましたのはあるけど、隣は空けておいてって本気だからね」
俺の勘違い?
「彼女居ないんでしょ」
「あ、えっと、いません」
「だからね、あたしが」
そう言うと頬が真っ赤に染まり「察してよ」と言われてしまう。
彼女なんてできるわけがない。荷物持ちなんて恋愛対象にすらならないでしょ。世の女性たちから見て最下層の存在だし。
デシリアはきっと悪趣味なんだ、と思わないと信じられないけど。
「でも俺、ただの荷物持ち」
「違うから」
「戦闘はろくにできないし、銃が無いと役立たずだし」
「それも違うから」
急に近付いて頬に手を当てられ「自信持っていいんだよ」と言うと、デシリアの顔が一気に近付き唇に柔い感触。
すぐに離れてしまい「本気だからね」と言って顔を伏せてるし。
軽く触れただけだったけど、しっかり感触が残ってる。顔を伏せたまま「イグナーツの隣はあたしの場所だから」と言って、背を向けそそくさと自室に行ってしまった。
思わず自分の唇に手を当ててしまう。
「ファーストキスだし、これ」
ちょっと心臓ドキドキ。
デシリアに好かれてる。思いもよらなかった、と言うより、そうであったらと望んでた。
叶ってる?
口角が緩くなってる感覚。鏡で見たらだらしない顔になってそうな。
夕飯の時間に食堂に全員集まるけど、デシリアは俺の隣で何となく落ち着いてない。俺も意識してしまい落ち着けない感じで。
周りが察したのか「祝ってやろうか?」なんて言ってるし。
「違うから」
「二人の様子を見れば分かるぞ」
「恋愛百戦錬磨のあたしから見ればね」
「実に分かりやすい」
デシリアは否定するも態度でバレバレ。
「良かったな。イグナーツ」
「おめでとう。今夜お愉しみか?」
「しっかり愛を深めると良い」
「だから、違うんだからね」
頬を真っ赤にして否定しても無駄だと思う。俺も顔が熱いし真っ赤になってると思うから。
それを見れば気付かない方がおかしいよね。
デシリアと目が合うと「もう。イグナーツのバカ」とか言われてしまった。
食事を掻き込み「じゃ、明日頑張ってよね」と言って、席を立ち自室に向かったようだ。
凄い食べ方だった。
「ウブだなあ」
「イグナーツが少し教育してやればいい」
「でも、俺も恋愛には疎いんで」
「あたしが手解きしてあげようかしら」
ヘンリケに手解きされると、危なさそうだから遠慮しますと言っておく。みんな笑ってるけど「確かに」と言われ「手取り足取りしても良かったけどね」と、全く怯まないヘンリケだ。
あらぬ事態に陥りそうだし。やたらエロいから危険だ。
翌日になると普段通りのデシリアが居る。
俺を見て「無理はしないでね」と言って、肩をポンと叩いてるし。昨日までの照れはどこに?
「じゃあ今日は十九階層まで向かう」
「少しでも不調を感じたら言えよ」
「あ、はい」
重機関銃を肩に掛けてアヴスラグに潜る。
五階層と十階層の階層主は重機関銃で倒し、十一階層から十四階層までは出番なし。過剰戦力になるってことで。
十五階層の階層主も苦戦することなく、あっさり蜂の巣にして終わる。
「威力が増した、と言うよりは」
「扱いやすさだろうな」
抱え持つのと異なりしっかり保持できる。プローンであれば狙いも定まりやすく、ぶれも無く目標を撃破できる。
十六階層に向かスタンディングで対処。
ニーリングでも試して、いずれの構えであっても問題無く、モンスターを排除できると分かった。
「疲れたり腕の感覚はどうだ?」
「問題無いです」
「弾薬は足りてるか?」
「ここまで六十二発なので、残弾は充分にあります」
浅い階層なら弾数は要らない。二十階層以降、特に二十六階層以降は状況が変わる。そこまでであれば苦戦せずに対処可能だと思う。さすがに何度も来ていれば慣れるけど、決して慢心してはならない。何度も怪我を負って迷惑を掛けたくないから。
前衛に任せられる部分は任せ、射線が通れば冷静に自分の仕事を熟すだけ。
十九階層まで進むと二十階層の階段手前で引き返す。
「無理はさせないからな」
モルテンから引き返すと指示があり、今日はここまでで地上を目指す。
勿論、帰りも気は抜けない。
そしてひとつ気付いたことがある。ヴェイセルに相談してみよう。
十階層で休憩する際に気付いたことを言ってみる。
「あの、グリップですけど」
「持ちづらいのか?」
「それも少しあります。そこで銃身の上に付けたらと思って」
サイトを兼ねたグリップを付ければ、上から提げて掃射ができそうな。腰辺りに位置していれば、なんて考えたんだけど。
ただ、反動を抑えきれるかどうか。振り回されて、あらぬ方向に撃ってたら、みんなが危険に曝される。それさえ克服できれば敵が数で押してきた際、対処がしやすくなると思ったんだけど。
所詮は素人考えかもしれないけど、それでも試してみたい。
「反動か」
「問題はそれです」
スタンディングの際には目線まで持ち上げる必要がある。
重量二十キロになる重機関銃だから、本来はプローンで撃つのがいい。でも、即応となるとスタンディングの方が都合がいい。ただ重さが重さだから、ずっと同じ姿勢は保てない。
幾ら俺に力があっても疲労感は半端無い。
「試しに付けてみたいんです」
「分かった。俺の銃が完成次第そっちを預けて試してみるか」
ヴェイセルから許可はもらった。試して無理があれば元に戻す。大丈夫そうならそのまま使う。
デシリアが「なになに? また改造するの?」なんて言ってる。
「すぐに撃てるように、です」
「いろいろ考えてるんだね」
「少しでも力になりたいですから」
「充分なってるよ」
肩が触れるような位置で話し掛けてくるし。以前から距離感が壊れてる、と思ったけど好かれてるなら、これも当然なのかも。
この距離感も心地良さを感じるから、喜ばしいと言えば喜ばしい。
デシリアの息遣いも感じられる距離っていいな。
休憩が済むと一気に地上を目指し移動し、この日のリハビリは終了した。
「体に異常はないか?」
「大丈夫です」
「疲れたりしてない?」
「昨日より慣れました」
明日は二十五階層まで向かうことに。
階層主を倒して引き返すそうで。二十六階層以降は万全の状態になってから、と言われたけど。
それにしても三十六階層までは先が長そうな。
俺が素人レベルだからだろう。本来ならもっと深く潜ってたはずだから。
早くみんなに追い付きたい、と少し焦りもある。でも慌てると失敗する。