Sid.39 慢心と油断からの負傷
まだ自分の実力では少しの気も抜くことができない、と二十六階層で知った。
敵との距離が近付き過ぎての焦りからだろう。前に出すぎていたのと、ライフルがジャムって発射ができなくなった。
「イグナーツ避けろ!」
「イグナーツ!」
「え、あ」
咄嗟に銃を持つ左腕を上げガードしようとして、そのまま薙ぎ倒されてしまう。
腕に深い裂傷を負い銃を落とし、猛烈な痛みから暫し蹲ることに。出血も激しく通常なら戦闘は不可能だったと思う。
俺の側に立ち見下すモンスターが居て、しかし即座にモルテンの魔法剣で排除された。やっぱり頼りになるリーダーだ。
「怪我はどうだ?」
痛みに顔が歪んでいたと思う。表情から察したようでヘンリケが応急処置をする。
「傷は塞がないと出血多量になるから」
「塞がるのか?」
「何としても塞ぐから」
「頼むぞ」
ヘンリケが治療する間は、残りのメンバーがモンスターを排除する。
絶対に近寄らせまいとして、各々が尽力してくれる中、ヘンリケも最善を尽くしてくれていた。
「ちょっと傷が深い」
真剣な表情で加療術を行使し、三分程で出血が止まったようだ。
「止まったけど、傷は塞ぎきれてないから」
「戦闘は無理だな」
「そうね。このまま今日は引き上げた方が」
「やむを得ないな。戻ろう」
バックパックから包帯とガーゼを取り出し、俺の腕に処置を施すヘンリケだ。
痛みは酷い。前にひとり取り残された時も、同じようにやられたんだっけ。学習しないな、俺って。
でも頭だったら捥がれて死んでいた。咄嗟の行動だったから、これでもましと思わないと。
「イグナーツ、あたしが肩貸すから」
「だ、大丈夫、です」
「駄目だってば。銃だって持てないでしょ」
デシリアが肩を貸して地上へ戻る、と言ってるけど、俺を抱えていたら動けないでしょ。無理はして欲しくないし、俺なら以前と同じく這ってでも、地上に辿り着けると思う。
とは言え左腕には力が入らない。筋繊維が切断されてると思う。
ライフルは使えない。最悪は拳銃で対処しよう。
「あ、無理しないで」
「だい、じょうぶ、です」
「肩くらい貸すから無理はしないで」
どうあっても肩を貸したいようだ。
「イグナーツ。無理はするな」
「そうよ。無理すると出血するから」
「ここはデシリアを頼れ」
「デシリアの心配なら要らないからな」
魔法や召喚の使用制限はあっても、格闘術やダガーでの戦闘も熟せる。ましてや二十四階層より上であれば、デシリアひとりでも問題無く移動できると。
俺ひとり背負った程度では、何ら障害にもならないと言われた。
左腕は固定して右腕をデシリアの肩に回し、傷に影響が及ばないようゆっくり進む。
「荷物はさすがに背負えないから」
「今日は、軽いんで、問題ない、です」
「重いでしょ」
「本当に、重いとは、思わないんで」
荷物なんて大したことはない。傷の痛みの方が激しいから。
失敗した。みんなに迷惑を掛けてる。俺程度がラビリントで調子付くと、こうして手痛いしっぺ返しがあると理解しないと。
百戦錬磨のみんなとは違うのだから。
クリストフのことをバカだ、なんて言えないな。自らを戒めておかないと。
「痛む?」
「さっきより、は痛くないです」
「でも顔色悪いよ」
「暗いから、ですよ」
強がってみてもバレてるよな。ズキズキ突き刺すような痛みがあるから。
「ヘンリケ、ここで休息を取るから、もう少し治療できるか?」
「そうね。もう少し傷を塞いでおきたいから」
二十階層で暫し休息を取り治療をすることに。
バックパックを下ろすのを手伝ってもらい、みんなはそれぞれ飲料を口にしてる。
ヘンリケが包帯を外して、再び治療を開始しじわじわと、痛みが引いて行くのが分かる。
「すまんな。俺のせいだな」
「モルテンの油断だね」
「全くだ。イグナーツに近付かせたら駄目だったんだが」
「銃は排莢が上手くできなかったり、装填に失敗することがある」
銃への過信は禁物だとヴェイセルは言う。
なんで俺のことを咎めないのか。
「あの、俺が、不甲斐ないから」
「違うぞ。あのケースでは俺がカバーすべきだった」
「射撃手は銃に不備が発生すれば無力になるからな」
だから分類としては後衛職。
ましてや俺の場合は初心者に毛が生えた程度。周囲が充分に気を付けるべきだったと。
あまりにも俺が銃を上手に使うから、つい油断が生まれてしまったと言ってる。
「まだ銃を手にして僅かだからな」
「まるでベテランのように行動するから、つい目を離してしまった」
「あたしもうっかりしてたし」
「前衛として申し訳ない」
モルテンとアルヴィンが謝罪してるし。俺が悪いって雰囲気は一切ない。
本当は俺の慢心だと思う。自分で何ができるか、どこまで対応できるか理解してない。だから無理に前に出てしまった。
結果はこの状況で明らかだし。
「あの、俺も調子に乗り過ぎてました。申し訳ありません」
「なんでイグナーツが謝る」
「そうだよ。あたしたちと違うんだから」
「本来ならばもっと浅い階層で経験を積むべきだった」
いきなり二十六階層に放り込まれて、前回まで無傷だったのは奇跡的だと言ってる。
「イグナーツくらいの経験しかないと、通常は五階層止まりだ」
「俺たちで守り切れる、と思い込んでいたからな」
「とりあえず傷はある程度塞がったから」
ホームに戻ったら再度、治療を施し暫し安静にしてもらうそうだ。
腕を固定し右腕をデシリアの肩に回す。こうして肩に腕を回すと、デシリアの華奢さがよく分かる。こんな細身なのに俺より強いんだよ。もっともっと鍛えないと、横に並び立つなんて不可能だな。
これじゃ恋心なんて抱かれないのも当然。頼りない弟分でしかない。
「痛い?」
「いえ。だいぶ良くなりました」
「そう? 無理しないで痛かったら言ってね」
「はい」
気を使うデシリアが居て、周りのみんなも気を使ってくれる。
戦闘はモルテンとアルヴィン、ヴェイセルの三人が居れば、何ら問題は無いようだ。
楽にモンスターを排除し無事地上へ辿り着いた。
「明日はそうだな。休みにしよう」
「イグナーツが復帰できるまで?」
「まあ、三十六階層以下はイグナーツが頼りだしな」
「スペアを大量に持てるのがイグナーツだけだし」
弾薬だけではなく予備の剣や食料に飲料。それらを持っての攻略はしんどいそうで。
「どうせだ。重機関銃の改良が終わったらで」
「それがいいな」
当面の方針が決まるとホームに帰り、俺は自室に運ばれヘンリケが治療する。
側で心配そうに見るデシリアが居るし。
「おとなしく寝てるんだよ」
「今日の治療が済んだら、二日くらいは安静にしてて」
左腕を動かすなと。
「トイレはあたしが肩貸すよ」
「あの、それは」
「遠慮しないで」
「いえ、そうじゃなくて」
気付いたのか「中まで一緒じゃないから」だそうで。だよね。
「あら、どうせだから持ってあげればいいでしょ」
「しないから」
「振ってあげないと」
「だから、それは自分で」
大はどうするの、と言われ「それもイグナーツ自身で」とか言うデシリアだ。俺も介助されたいとは思わないし。恥ずかしすぎるでしょ。
「じゃあ薄情なデシリアに代わって、あたしがシモの処理もしてあげるから」
「あのね、あたしは嫌なわけじゃないの」
「だったらしてあげたら?」
「あ、あの。そっちは俺ひとりで大丈夫なので」
なんかヘンリケが面白がっていそうだ。
揃って二人が部屋から出る際に「用があったら呼んでね」と言って「食事はあとで持ってきてあげるから」だそうで。
二人が居なくなると失敗したことが悔やまれる。
少しは役立てると思ったのに、二十六階層程度で躓くなんて。
この先三十六階層以下ともなると、今とは比較にならないくらい厳しいんだろうな。
本当に俺なんかが荷物持ち兼、射撃手なんてやってていいんだろうか。
完全に足手纏いになったし。
でも、ここを出たら俺には行き場所なんて無いだろう。