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Sid.32 疑問と食事と淡い恋心

 消えた人間の存在証明。

 普通に考えれば役所に戸籍があったり、どこかに出生届が出されていたり。両親や親せきが居たり友人だって居たと思うけど。

 しかし、それら全て関わりを持つはずの人々の記憶から、完全に抹消されていたらしい。記録すらも無くなっていた。

 魂を食らう、と言うことは存在を失うこと、即ち無かったことにされるそうで。

 初めから居なかった。だから罪に問えない。


「だから召喚される存在のひとつは原則禁止してるわけだ」


 よりによって最悪な奴を召喚したと言ってる。


「他はまだましなんですか?」

「危険度で言えば変わらないけどな」

「何もかも無かったことにはしない」


 でも、階層主の記憶は残ってる。それと人が消滅した記憶も。なんで?

 ひとつはラビリントに居るモンスターだから、と言う可能性。人の消滅に関しては召喚主だけ記憶が残り、友人や周囲の人の記憶に無かったそうだ。

 デシリアのみが記憶を持っていた。


「よくは分からないがラビリント内のモンスターは、どうやら外の理とは異なる存在らしい」


 もしかしたら召喚される存在と同質のものかも、と言う。だから記憶に残る。異質な存在は居なかったことになり、記憶や記録の一切が消失してしまう。

 物の理の異なる世界に居るのが、召喚される存在ではないか。そしてラビリントもまた異質な空間ではないかと予想するそうだ。

 デシリアが抱いていた疑問と何となく一致していそうな。


「でも、他にも召喚術を使う人って」

「居る。しかしデシリア程に異質なものを召喚する人は居ない」


 大概は何某かの生物を模したもの。もしくは妖精の類だそうだ。

 妖精なんて居るんだ。


「例えば生物であれば狼や牛や虎の見た目を持つ」

「生物を模してはいても、力はモンスター並だけどな」


 妖精は人に似た見た目のものや、異形のものが居て千差万別らしい。

 俺って、この世界に来て結構な年数が経過してるのに、何も知らずに生きてきてたんだな。

 そもそもクリストフのパーティーでは、何も教えてもらえなかったし。日々罵詈雑言浴びせられ荷物持ちとして、ラビリントに付いて行くだけだった。

 ここに至るまで、随分遠回りしたな。


「あのね、あたしも異質すぎるとは思ってた」

「召喚したものですか?」

「そう。だって妖精らしくないし獣でもないし」


 なんで見たからして異様な雰囲気を持つのか。召喚すると誰もが恐怖してしまう。

 そしてその存在に慣れることはない。


「でも召喚主は襲わないから、あたしの周りに居れば安全」


 もしデシリアの側に行けなかったら。

 考えただけでも恐怖だな。みんなが危険だから使うなってのも分かる。窮地に立たされた時の奥の手、として考えた方が良さそうだ。気軽に使える代物じゃないよな。

 回数制限もあるみたいだし、可能な限り使わせないようにした方が。

 デシリアを見ると「必要ならどんどん使うよ」って、たった今、危険極まりないって話をしてた気がするけど。


 結局はデシリアが召喚する存在に関して、今はまだ何も分かっていないに等しいそうだ。

 国中探してもデシリアだけが召喚できる存在。他の誰とも異なる。

 召喚すると凄まじい疲労感に襲われ、体温が上昇し眩暈も生じるらしい。召喚時に掛かる負担が大きいのが欠点だ、なんて言うデシリアだ。

 召喚時だけじゃないと思う。周りに対する負担も大きいでしょ。


 充分に休憩を取れたと判断したら、地上へ向けて出発することに。

 服の焦げた袖口を見るデシリアが居て「ちょっと見せて」なんて言い出す。腕を取り見てるし。


「あの、何を」

「補修できないかなって」

「無理じゃないですか」

「当て布で補修すれば」


 なんか貧乏くさそうな。でも、袖口の焦げ程度で捨ててると勿体無いし。元の世界だったら捨てて新しい服、と思ったけど、こっちだと贅沢ってことだよね。

 物で溢れる元の世界とは違うし。


「両袖とも同じように当て布すれば、おかしくないよね」

「あの、誰がそれをするんです?」

「あたしだけど」

「え」


 見る見るうちに膨れっ面になって「あたし、裁縫得意なんだよ」と怒ってる。


「デシリアって、ガサツな女に見えるでしょ」

「ガサツ違う」

「繊細さを感じさせないからなあ」

「繊細だからね」


 デシリアには悪いけど、俺もそこまで器用な人とは思ってなかった。とは言え、機嫌を損ねると直してもらえそうにないから。


「ごめんなさい。知らないからつい」

「いいけど、あとで貸しなさいよ。ちゃんと直すから驚かないでね」


 直してもらえそうだ。捨てずに済んだようで。


 地上への帰還は来る時に比べ、勝手が分かっているだけに楽に進めた。

 三十階層の主も俺が倒してみたかったけど、デシリアが召喚したがるからできなかったし。次は遠慮せず俺が倒すって押し通そう。

 みんなが言うように召喚される存在は危なすぎる。あんなのに頼らずとも攻略できる実力を身に付けよう。

 デシリアには黒魔法だけを使ってもらうのがいいと思う。殆ど負担も無さそうだったし。


 地上に戻るとホームに帰るが、食事の準備が面倒、ってことで外食になった。

 適当な飲食店に入ると何でも好きなものを頼めと。でも、何があるのか分からないから結局は店のお勧めになってしまう。

 この世界の食事のメニューって、メニュー名を言われてもさっぱり。

 ラーメンとかカレーとかハンバーグ食べたいな。あ、あと鶏の唐揚げとか。でもそんなの無さそうだし。

 なんか、ぐちゃぐちゃに煮込んだものとか、すり潰したものとか硬いパン類。

 どうせならシチューがいい。似た感じのものはあっても、どこか違うし。


「なんだ? 食が進まないのか?」

「あ、いえ」

「しっかり食って英気を養っておけよ」

「あ、はい」


 ヤバい。腹がラーメンを欲してる。思っただけで食べたくなるし。でも目の前の食事は掛け離れた意味不明な煮込み料理。

 色味が赤かったり白かったり。美味しそうに見えないんだよな。

 でも、腹は減るから流し込む。味も半端で何かが足りない感じがする。これならソーセージを食べた方が満足感は高いんだよな。


「イグナーツ。疲れてる?」

「いえ。大丈夫です」

「でも、あんまり食が進んでない」

「問題無いです。ちょっと考えごとしてただけで」


 それならいいけど、とデシリアにも心配された。


「考えごとって?」

「え」

「ラビリントのこと? それともシフォファゴス?」

「いえ、そうじゃなくて」


 食べ物。日本で当たり前に食べていたものは、この世界では口にすることができない。

 結構つらいなあ。


「何か悩み事があれば相談してね」

「あ、はい」

「お姉さんが助言してあげるから」


 やっぱり弟扱い。もう少し格上げして欲しいと思ったりも。まあ今は無理だと思うけど。あんな凄まじい存在を召喚できるし、黒魔法だって強力だし。戦力として申し分ないから。

 対して俺はまだデシリアの足元にも及ばないし、何をしても覚束無いし。


 食事が済むとホームに帰り、各々休息なり武器の手入れをするようで、自室に篭もるようだ。

 俺も自室にと思ったら腕を引かれ「上着貸して」とデシリアに言われた。

 そう言えば。

 上着を脱いで渡すと「明日には仕上げておくね」と言って、上着を持って自室に篭もったようで。


 あ、そうだ。

 散々硝煙を被ってるしシャワーを浴びて、さっぱりしておこう。

 みんなシャワーを浴びないのか、と思ったけど誰か使ってる。あとで入ろう。

 部屋に行き服を着替えて暫し待つ。頃合いを見計らいシャワーを浴びに行くと、ヘンリケと鉢合わせになった。


「あら、イグナーツ君もシャワー浴びるの?」

「あ、えっと、お先にどうぞ」

「一緒でもいいけど」


 それは願ってもないことですが、とても危険なのでやめておきます。

 とは言わず。いや、言えず、顔に熱を帯びるのを感じながら「い、いえ、あの、どうぞお先に」と言って離れた。

 根性ないよな、俺。きっと顔は真っ赤になっていただろう。

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