008泥田坊①
泥田坊が斗真たちに向かって、泥の中を進んでくる。
斗真は昨日と同じく、素手で戦うために両手を構える。
対する柊は泥田坊を見据え、自身の髪を一本掴み、それを抜き取る。
そして、その髪の毛に魔力を込めたと思ったら、
「〈緋槍〉」
次の瞬間、柊が抜いた一本の髪の毛が一つの緋色の槍に変化する。
緋色の槍には、多くの魔力が込められていた。
斗真がぽかんと柊が持つ緋色の槍を見ていたら、柊は斗真を見て、クスリと笑う。
「言ったでしょ。私の髪はちょっと特別だって」
柊は持っている緋色の槍を右手に持って、軽く回す。
「私の髪は妖怪を察知する〈妖怪センス〉の能力以外に、妖気を流すことで髪を変幻自在に変化させて、鉄並みの硬度にすることも出来るの」
そう言えば、柊が緑鬼と戦っていた時、この赤い槍を持って戦っていた。
まさか、あの赤い槍が柊の髪だったなんて。
〈妖怪センス〉然り、髪が槍のように変化するなんて、やっぱり斗真の妖怪知識では、鬼には無い能力だ。
「ヌオオオ!」
そうこうしている内に、泥田坊が雄たけびを上げながら、近くまでやってきた。
ここで、泥田坊の体から魔力が出るのを感じる。
泥田坊の上空に、泥の玉が二十個ほど浮かび上がったのだ。
泥の玉?
斗真が首を傾げていると、
「妖獣も妖術を使うのから、気を付けて!」
「分かった!」
柊が注意喚起に、斗真は了承する。
異世界の魔物も、個体によって魔法を使い奴がいた。
妖術は、ここでは魔法に当たるので、妖獣によって妖術を使うものもいるという訳か。
二十個の泥の玉は、そのまま斗真たちに向かって、飛ばされる。
泥による遠距離攻撃だ。
「よっ!」
斗真は右のサイドステップを取り、泥の玉を躱す。
「はっ!」
柊は赤い槍となった自身の髪…〈緋槍〉を上に薙ぎ、泥の玉を払い落とす。
サイドステップを取った斗真は、泥田坊に攻撃を仕掛けるために、前へ踏み込む。
足を沼地に入れると、
「…………深いな」
泥田坊がいる沼地の中は予想以上に底が深く、踏み込むと足が沈み、駆ける速度が落ちる。
それでも、足に魔力を集中させ、一気に泥の中を駆け抜ける。
「オオオオ」
近づいてきた斗真に、泥田坊が腕を振るって、払おうとする。
それを斗真はしゃがんで回避しつつ、泥田坊に肉薄した斗真。
拳による連打を叩きこむ。
全ての拳が泥田坊の体の真ん中に当たるが、肝心の泥田坊には効果がある様子は無かった。
「せやっ!」
今度は気合を入れて、蹴りを叩きこむ。
緑鬼なら一撃で倒す威力の魔力の籠った蹴りだ。
ダン!
蹴りは見事に、泥田坊の腹に命中する。
けれど……グシャ。
蹴りこんだ足がそのまま泥田坊の腹に沈む。
足の半分が泥田坊の体に浸かってしまったのだ。
しかも、泥なので中々足が抜けない。
一方の泥田坊には、全く聞いている素振りは無かった。
「ヌオオ」
泥田坊が腹に埋められた斗真の足を掴み、そのまま斗真を自分の体の中へ引きずり込もうとする。
このままでは、泥田坊の体の泥に埋もれて、窒息してしまう。
「ふん!」
斗真は気合を入れて、埋もれていない足に力を思いっきり込めて、泥田坊の体に埋まった足を引き抜く。
それによって、斗真の体制が僅かに崩れる。
隙が出来た斗真に泥田坊が腕を伸ばす。
シュン!
だが、高速で飛んできた黒い物体が泥田坊の泥の腕を破壊する。
黒い物体は回転して、斗真の後方へ飛んでいき、柊の足元に戻る。
その黒い物体の正体は、柊が履いていた草履だった。
飛ばした草履を空中で操るのが、あの草履……妖具の機能なのかな?
緑鬼の時も、あの草履を飛ばして、混乱させていた。
飛んできた草履で腕を破壊された泥田坊だが、
「……直るか」
泥田坊の腕は瞬く間に、修復された。
「はあ!」
斗真に遅れて、柊が泥田坊の元に駆け足で接近していた。
沼地の中をよく速く動けるなと斗真が思って、柊の足元を見ると、履いている草履は沼に嵌っていなかった。
これも、妖具である草履の効果だろうか?
柊が〈緋槍〉で泥田坊の体を何度も突く。
けれど、それも効果があるように見えなかった。
斗真と柊は一旦、泥田坊から距離を取る。
泥で出来ているので、斗真の打撃や柊の〈緋槍〉による攻撃などの物理攻撃に余り意味が無いように見える。
異世界で戦ったマッドゴーレムと同じく。
……………ん?待てよ、マッドゴーレムと同じく。
斗真は思い立って、スキルを発動する。
「〈万能眼〉〈魔力眼〉」
〈魔力眼〉で泥田坊を見る。
全体的に、〈魔力眼〉により、斗真の視点で泥田坊の体全体が青く可視化される。
泥田坊そのものが魔力で出来ているからだろう。
しかし、その体の中でも一際、魔力が集中している箇所があった。
それは、
「やっぱり、目が弱点だ!」
泥田坊が持つ、一つ目に多くの魔力が集中していた。
マッドゴーレムと同じく。
異世界で、仁たちと共にマッドゴーレムと戦った時に、当然マッドゴーレムの泥の体には手こずった。
それでも倒せた。
斗真の〈万能眼〉により、マッドゴーレムの弱点が分かったからだ。
マッドゴーレムの弱点は、頭部にある魔力が集中した一つ目だった。
マッドゴーレムを倒した後で分かったが、マッドゴーレムは一つ目だと思われていた”核”を中心に泥で構成された魔物だったのだ。
泥田坊はマッドゴーレムと異なる部分もあるが、もし性質自体が同じだと仮定するなら、泥田坊の弱点も、頭の一つ目だ。
「柊さん!!目だ!頭の一つ目が弱点だ!」
斗真は大声で柊に伝える。
「目?!…………分かった!」
柊は一瞬逡巡した後、頷いて、頭に左手を持っていく。
柊は左手から数本の髪の毛を抜き取る。
「〈緋針〉」
すると、数本の髪の毛が赤い針に変化した。
あの赤い針も、緑鬼の時に使っていたものだ。
「は!」
そして、柊は気合いと共に数本の赤い針…〈緋針〉を投げナイフのように、泥田坊の一つ目へ投げる。
そうか…一本の髪の毛で槍にすることが出来るなら、複数の髪の毛をクナイのような鋭い刃物にすることも出来るのか。
〈緋針〉は狙い違わず、泥田坊の一つ目に向かったが、
「ヌウウウウ?!」
修復した腕でガードする。
泥の腕に刺さった緋針は、そのまま払って落とす。
泥田坊も自身の一つ目が弱点と理解はしているみたいだ。
腕があっては弱点を付けない。
なら、また壊せばいい。
斗真はまた泥田坊に踏み込む。
泥田坊が泥の玉を発生させて、再び接近する斗真へ撃つ。
斗真は踏み込んだ後に、前へ転がり、泥の玉を回避する。
そして、泥田坊の傍らに払い落とされた数本の〈緋針〉を転がり間際に拾う。
沼地の中を転がったため、来ている学生服が泥だらけになるが…気にせず、持った〈緋針〉を握り締め、構える。
〈緋針〉を持った右手と腕に魔力を行き渡らせ、腕力を向上させる。
さらには、〈緋針〉にも、斗真は自身の魔力を”纏わせる”。
「はああ!!」
魔力を纏わせた緋針を思いっきり、泥田坊の一つ目に投げつける。
泥田坊もまた腕でガードしたが…………ザン!
「ヌアアア??!!」
泥田坊は悲鳴を上げる。
斗真の魔力を纏った〈緋針〉は泥田坊の腕を貫通し、一つ目に直撃したのだ。
「す、凄い!」
柊が感心する。
これは「魔弾」と呼ばれる異世界の魔力を用いた戦闘技術だ。
手に持った物に魔力を纏わせ、魔力で腕力を上げた腕で投げる。
シンプルな技術だが、その威力はまさに魔力の弾丸のごとく。
異世界では、斗真はこの「魔弾」で多くの魔物を葬った。
泥田坊は幾何、苦悶の声を出していた。
けれど、緑鬼のように消えることは無かった。
「ダメージが足りてなかったか」
恐らく、ガードした腕は破壊したが、それでも威力を弱められて、倒すまでには至らなかったのだ。
苦悶の声を上げていた泥田坊だったが、いつの間にか上空に数十個の泥の玉を発生させていた。
「ヌアア!!」
泥田坊が苦痛に耐える声を出しながらも、それを四方八方に撃つ。
ダダダダン。
大体は泥田坊の周りに落ちたため、たくさんの泥水が舞い上がる。
何個か斗真と柊に当たりそうになった物もあるが、二人とも躱したり、払い落としたりして、何とも無かった。
鼬の最後っ屁?
そう思って、泥田坊がいた場所を見ると、
「いない?」
斗真が周囲を見渡す。
泥田坊の姿が無かったからだ。