006退魔士への誘い
ガラガラガラ。
斗真は自身の教室である一年A組の扉を開ける。
異世界で五年間過ごしたため、実に五年ぶりの登校である。
教室の中では、入ってきた俺に構わず、多くの学生が話していた。
ふと…視界の中に、窓際の席に座り、参考書を読んでいる柊楓が目に入った。
緋色の髪は目立つ。
斗真が柊を見ていると、柊もこちらが見ているのに気が付いたのか、首を少し横に向けて、斗真を見た。
斗真は気まずさから、柊に少し会釈をして、顔を逸らす。
昨日のことで、柊が帰り際に自身と眼を合わせ、見つめていたことを思い出すと、恥ずかしさで柊の顔を見ていられない。
斗真は記憶を頼りに、席に座る。
…………ここで合っているよな?
この世界では、まだ高校が始まって、一か月しか経っていないので、席は名前順だったはずだ。
席に座った斗真はゆっくりと息は吐く。
そして、周囲を見渡す。
入学してから、一か月なのに、すでに仲の良い友達同士で複数のグループを作っていた。
因みに、斗真には現状、仲の良い友達はいない。
高校に入学してから、誰とも仲良くなろうとしなかったので、当然だ。
元々、異世界に来る前の斗真は、ただの陰キャだったのだから。
別に友達がいなくて、どうと言うわけでは無い。
少し寂しい面もあるが、一人の時間も案外悪く無い。
……………それに、"本当の友達"は異世界で作ることが出来た。
仁、雫、優香。
この三人は斗真の掛け替えのない友達である。
後で三人に無事、この世界に帰ってこれたことを手紙で送らねば。
三人も、ちゃんと、この世界に戻ってこれていると良いな。
斗真は朝のホームルームまで時間があるので、柊のように参考書を開く。
しかし、
「…………」
全く集中が出来ない。
どうしても意識が周囲のクラスメートに向けてしまう。
仕方がない。
昨日、柊から聞かされた自身の高校の真の姿。
ここは、人ならざる妖怪を入学させるための学校だったのだ。
柊は、誰がどう言った妖怪かは正確に把握していないが、4、5人に1人は妖怪と言った。
なら、30人以上いるこのクラスには柊を除けば、妖怪が5、6人いる訳だ。
異世界での戦闘経験から、つい周囲に敵がいないから探ってしまう。
誰が妖怪だ?
周囲の者たちは、今日使う教科書を見せてとか、放課後にカフェに寄らないかとか、誰誰に告白したとか、高校生らしい青春真っ只中の会話をしていた。
勿論、全員…人の姿。
「〈万能眼〉〈魔力眼〉」
小さい声でスキル名を言う。
教室内にいる生徒の魔力………改め、妖気を反応を見てみるが、誰も妖気を持っていない。
柊を見ると、彼女にも妖気の反応は無かった。
彼女は強力な妖気を持っている。
なのに、〈魔力眼〉で妖気の反応が無い。
ここで、思い出す。
柊が、「姿化かし」と言う…耳に着けている小さいイヤリングの事を。
人前に出る妖怪は皆、人に変装するための「姿化かし」を付けていると、柊は言った。
ならば、魔力を見れないのは「姿化かし」の効果だろう。
つまり、今の斗真には、人と妖怪を見分けることは出来ない。
何だか、誰も彼もが怪しく見えてしまう。
眼を鋭くさせ、斗真がクラス中の生徒を見渡していると、
「……………………そんな懐疑心丸出しの眼で、みんなを見てたら、怪しさ満点だよ」
「っ?!」
後ろから耳元で言われたので、斗真は声にならない悲鳴を上げる。
振り返ると、柊が呆れた顔をしていた。
どうやら、自分の席を立ち、斗真の後ろに来ていたようだ。
「この学校が妖怪だらけと知って、警戒する理由は分かるけど、もっと普通にして。別に、ここにいる妖怪は人に危害を加えるような危険な妖怪じゃないから」
「ご、ごめん」
斗真は軽く頭を下げ、柊の謝る。
「はぁ……それより、星原君。放課後、暇?」
柊はため息を吐いた後、放課後に時間が無いか聞いてくる。
「放課後?空いてるけど」
「だったら、放課後に屋上へ来て。星原君に、相談したことがあるの」
そう言って、柊は元の席に戻る。
相談って、何だろう?
斗真が首を傾げていると、教室に先生が入ってきて、朝のホームルームが始まった。
キーンコーンカーンコーン。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
斗真は柊に言われたとおり、屋上へ行く。
学校の屋上に行くのは、初めてだ。
屋上に行くと、丁度夕日が見えていた。
「あ、星原君。来てくれて、ありがとう」
声のした方を見ると、柊がフェンスを背に立っていた。
夕日に照らされた緋色の髪が綺麗である。
「それで、柊さん。相談って?」
「そうね、相談と言うのは、退魔士のこと何だけど」
柊は一呼吸してから、
「私と一緒に、退魔士をしてくれない?」
そう言った。
「退魔士……妖獣の退治とか、悪い妖怪や妖人の取り締まりをやる人の事だよね」
「そう。それで、相談っていうのは…星原君に私と一緒に退魔士をやって貰いたいの」
「え?」
思いがけない相談内容に、斗真はキョトンとする。
「私ね、実は妖獣の討伐……というより、退魔士として初の任務が昨日の緑鬼退治だったの」
昨日の緑鬼が初の実戦であったと、柊が打ち明けだす。
「そうだったの?」
「ええ。私が退魔士として任務に当たる前は、別の退魔士がいたけど、その人は年齢もあって辞めちゃったの。だから、その代わりに私が退魔士になったという訳」
柊は自身の拳を握ったり、開いたりする。
「退魔士には、それ相応の強さが求められる。私はずっと前から退魔士になるために、訓練をしていたから強さには一定の自身があった」
話している途中で、柊は俯き出す。
「けど、初の妖獣との戦闘で痛感したわ。今の私だと、まだ一人前の退魔士として不十分」
柊は強さに一定の自身があると言ったように、緑鬼と戦っていた柊は魔族並みの魔力量に、洗練された武道を心得ていた。
異世界に来たばかりの自分よりは確実に強いだろうと、斗真は思った。
だが、実戦経験が無さゆえに、戦いに荒い部分もあった。
確かに、今の柊にはサポートが必要だろう。
「だから、俺を退魔士に誘ったの?」
「昨日の星原君の戦いは妖獣相手に危なげなく立ち回れてた。戦力としては申し分ない。だから、退魔士になって、私と組んで欲しい」
柊は切実な顔で、斗真に頼み込んだ。
対する斗真は考える。
現状、柊の頼みを断る理由は無い。
妖獣の退治や妖怪、妖人の取り締まりという退魔士がやる事は、まさに斗真が勇者として異世界でやっていた魔物討伐や魔族との戦闘…これの現代版に当たるであろう。
異世界での勇者としての行いを、この世界でも同じように、やるという…いわば、定年退職した職を、もう一度やるようなものだ。
勇者としての異世界の日々は、四苦八苦しながらも斗真の人生で間違いなく、充実していた。
だからこそ、もう一度勇者らしいことが出来るのなら、やぶさかではない。
もしかしたら今後、強力な妖獣や妖怪と戦うことになるかもしれない。
今の斗真のスキル万能眼は初期能力だけであり、弱い。
戦闘経験を積んで、スキルを成長させねば。
その点で、退魔士の妖獣退治はスキル成長に都合が良い。
それに、昨日の柊の戦法から、彼女は近接戦で戦うアタッカーだ。
異世界で仁たちの補助と遠距離攻撃を主体に戦っていた斗真と相性がいいだろう。
斗真の考えは決まった。
「分かった。その退魔士って奴……やるよ」
言われた柊は驚いた後、喜びを露にする。
「星原君が居れば、心強いよ」
「ああ、任せろ。サポートは得意中の得意分野だ」
斗真がそう言った時、プルルルル…と、音が鳴る。
それは柊のスマホの着信音だった。
柊はスマホを出し、画面を見る。
画面を見た後、目を見開く。
そして、真剣な顔で斗真に言う。
「役所から連絡が入った。学校から少し離れた山の麓で妖獣が出現したって」
なるほど、それなら退魔士である柊の出番だな。
「星原君、手伝ってくれる?」
「勿論」
そして、同時に斗真の出番でもある。
斗真と柊は、妖獣が出たと言われた場所へと、駆け出した。
斗真と楓の妖怪を交えた退魔士としての日常が、これから始まるのだ。
元の世界に帰って二日目の戦闘。