048妖怪喫茶店②
「ふぅ…見えはっちゃって」
家内は店長が消えた厨房の方を見て、大きな丸眼鏡を直しながら呟く。
お客の前では、黙々と仕事をする静かな店長を演じているが、その実…中身は陽気で素直な人であることを家内は知っている。
特に、他人からの自作のコーヒーの評価は、とても気にしており、作業をしつつも、お客からのコーヒーの良し悪しを聴き耳を立てて聞いているのだ。
どうせ、斗真と楓の美味しいという言葉が嬉しくて、厨房で嬉しがっているのだろう。
家内は、ここでバイトをして間もないが、店長のことは、よく知っているのだ。
「ちょっと休憩しましょう」
楓が休憩しようと言う。
一息つくために、斗真はコーヒーを飲む。
五月は見るからに、休憩を嬉しがっていた。
楓は背伸びをする。
すると、視線が偶然にも家内に行く。
「家内さんは、この喫茶店のバイトをいつからやっているの?」
「ん?私?バイトは………高校を入学したすぐ後に始めたかな」
「じゃあ、二か月ぐらい前なんだ」
「私、散歩とかも趣味で。路地裏を歩いていたら、偶然この喫茶店を見つけた」
「それで、ここのバイトに?」
「この喫茶店、店長以外誰も働いてなくて。まぁ…私も喫茶店みたいな静かな場所が好きだから、お小遣い稼ぎのために働いているんだ」
家内は仕方が無いと言った表情になる。
「とは言っても、お客は全く来ないから、暇だけど」
確かに、入った時も思ったが、この喫茶店は斗真たち以外の客がいない。
一瞬、まだ開店していないのでは…と思ったほど。
「私も聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと?」
家内は楓に聞きたいことがあるようだ。
家内は少し斗真を見た後、聞く。
「柊さんは、星原君と……付き合っているの?」
「「は?!」」
楓と斗真は異口同音で、変な声を出す。
「な、何を言っているの?!つ、付き合ってないよ!」
楓は頬を赤く染め、否定する。
斗真は頷く。
それを聞いて、家内は意外そうな顔をする。
「そうなんだ。てっきり、2人は恋人なのかと。結構前からクラスでちょっと噂になっていた。
「け、結構前から?!」
「だって、星原君と柊さんって、少し前から仲良さげに話してたり、学校から帰ってたりしてるから。この前何て、一緒に図書室で勉強していたけど」
「あ、あれは!」
楓は言葉に詰まる。
「か、楓とは仕事仲間なんだ!だから、話す機会も多いし、一緒に帰ったりするんだ!」
斗真が空かさずフォローに入る。
……………フォローに入っているのか?
家内は首を傾げる。
「仕事仲間?仕事って、バイトの事?」
家内が仕事をバイトと勘違いする。
確かに、高校生が仕事と言えば、普通バイトか。
「そ、そう!バイトだ!ちょっと特殊なバイトなんだ!」
「へぇ…どんなバイト?」
「え?」
返答に困る斗真。
バイトなんて、出まかせなので当然か。
なんと言おうか。
ふっちゃけ退魔士と言えば、それまでだが。
「い、遺品整理のバイトね」
楓が斗真のバイト話を後押しする。
「死んだ人の遺品を整理するためのアルバイトを斗真とやっているの」
「遺品を整理……あまり聞いたことないバイトなんだね」
「そう、やっている人が少ないから、斗真とは、よく協力し合って、仕事をしているの」
「なんだか、大変そうなんだね」
楓の説明に、家内は取り敢えず納得する。
それ以上、斗真と楓との関係を聞くことは無かった。
上手い返しだ。
遺品の話とあっては、これ以上事情に踏み込めないと思ったのだろう。
話し終えた家内は、箒と塵取りを持って、床の清掃をやりだす。
それを見て、すかさず五月が斗真と楓に耳打ちする。
「ね、ねぇ…別に家内さんには、斗真とかえちんが退魔士だってことを言っても言いんじゃない?」
口裂け女との事件で、斗真と楓が退魔士であることを知っている五月は、家内にも教えてもいいのでは…と言う。
楓は難し気な顔をする。
「余り……積極的に伝えて良いことじゃないと思うんだ。退魔士って、ほら…妖怪とか取り締まるから。一部の妖怪からは良い気を持たれない仕事だし」
普通の職業で言えば、退魔士は妖怪にとって、警察や税理士みたいなものか。
「ああ…退魔士って、いろいろ大変なんだね。確かに、妖怪の中には、素行が悪い奴は結構いるニャ」
「そういう事。さぁ…勉強を再開しましょう。来週には、小テストがあるから」
「な?!もう再開ニャ!」
五月が嫌々そうにしながらも、斗真たちは勉強を再開する。
一時間以上経過して、
「今日は、これくらいにしましょう」
「わーい!」
楓の終わりの合図に、五月が両手を上げて喜ぶ。
「静子…戻った」
「はい、店長」
厨房から店長が戻ってくる。
「どーれにしーようかな」
五月はメニュー表を即座に開き、目を左右に動かせる。
「甘いもの頼んでいいよねニャ?」
「ふぅ…良いよ」
勉強が終わった途端に現金なだなと思いつつ、楓も何か甘いものを頼もうとする。
ついでに斗真もメニュー表を見る。
メニュー表には、甘い物がいろいろ乗っていた。
ケーキなどもあるが、
「こういう渋い店では、パンケーキ、一択ニャ!」
「なんだそりゃ」
謎の理由で五月がパンケーキを選ぶのを、斗真はよく分からない顔を見る。
とはいえ、斗真も楓もパンケーキを食べて見たかった。
斗真たちは3人揃ってパンケーキを頼んだ。
パンケーキの注文を受けた店長は早速作り始める。
10分程度で、3人分のパンケーキが出来上がる。
実に早い手際である。
「どうぞ」
店長からパンケーキを受け取った家内が、斗真たちに運んでくる。
テーブルに置かれる。
それだけで、良い匂いがする。
「ニャア!」
五月が目を輝かせる。
テーブルに置かれるや否や、倍速で蜂蜜を上から掛け、フォークを差し込み、口に運ぶ。
口一杯にパンケーキを含んだ五月はリスみたいだ。
さて…味の方は、
「うう!!」
子供のように顔を綻ばせる。
美味しかったようだ。
斗真と楓も食べる。
「おお!」
「美味しいね」
斗真も楓も感嘆の声を出す。
これは美味い。
甘すぎず、雲のようなフンワリ感。
3人とも、口々に賞賛を言う。
それを、斗真たちに気づかれないように、コッソリ耳を立てていた店長がガッツポーズをしている。
それを横目で見る家内。
実に、平和な光景である。
すぐにパンケーキを食べ終える3人。
「家内さん」
「はい、なんですか…柊さん」
楓が家内を呼ぶ。
そばに来た家内に、楓は店長を一瞥した後、小さな声で言う。
「この店って、あんまり人が来ないの?私達以外、お客が来ないけど」
「まぁ…働いているのが、私と店長の2人だから、たくさんのお客が来ても、困るだけだし。この店、路地裏にあるからね。見つかり辛い。見つけたとしても、こんな路地裏にあって外見は古臭い喫茶店なんか入ろうとする物好き、そうそういないから」
「そ、そうかな…」
楓は戸惑いながら返答する。
確かに、外見が古臭いのは、斗真も同意である。
「と言っても、お客は来るときは来るよ。偶に、変なのが…」
家内が言いかけた…その時だった。
チリンチリン。
喫茶店の扉につけられた鈴が鳴る。
これは、お客が来た音だ。
「いらっしゃ……………ゲッ!」
店長が店に来たお客に言葉をかけようとして、表情が固まり、口からは穏やかな店長らしくない声が出る。
「アイツら……」
そして、こちらも普段はらしくない顔を歪ませた様子で、家内はお客を見る。
首を傾げた斗真が扉の方を見てみると、
「ちぃす」
「どーも、また来たぜ」
入ってきたのは、スーツに身を包んでいる2人の男たち。
顔が縦に長く、横に細い。目が吊り上がっている。
まさに、キツネ顔と言ったところか。
反応を見るに、店長と家内にとって、彼らは余りきて欲しくないお客様みたいだ。




