004鬼族
今話と次話は、主に世界観の説明です。
出てきた用語の簡単な説明は、後書きに記しておきます。
斗真の住んでいる家は、寝室が一つにキッチンとダイニングとリビングが合わさった1LDKであり、現在は斗真の一人暮らし。
高校に入ってから、一度も斗真以外の人間がこの部屋に入ったことが無い。
それが今、柊楓が自身の部屋にいる事実と五年ぶりの我が家に対して、斗真は何とも言えない気持ちになる。
「余り……物は置いていないのね」
柊は部屋の真ん中にあるテーブルの前に正座で座っており、部屋を見渡してから感想を言う。
質素で悪かったな。
そう思いつつ、お湯を入れた二つのコップからティーバックを取り出す。
彼女は端正な顔立ちから、学校一の美少女と呼ばれている。
まだ高校が始まって、一か月程度しか経っていないが、クラス内だけでなく、学年全体でも有名だ。
文武両道を行っており、成績だけでなく、運動も優秀。
寧ろ、運動に関しては、始めの体育の体力測定で全て最高値を出すほど、運動センスが抜群だ。
おまけに、品性方正と来た。
異世界に行く前、クラスで目立つことが無い斗真でも、彼女のことは知っている。
「ここ、普通のアパートにしては広いけど、借家?」
「そうだよ」
「星原君、一人暮らし?」
「一人暮らし。父さんは東京にいる」
斗真の言う通り、彼の父親は現在、東京で働いてる。
元々、転勤が多い仕事で。
斗真は元々、長野県でも都会よりの地域に住んでいたが、高校に通う際に借家を借りて、斗真一人で住んでいる。
アルバイトはしていない斗真にとって、生活費は父親からの仕送り。
因みに、斗真の母親は斗真が幼い頃に、父親と離婚している。
斗真はお茶を入れたカップを持ってくる。
「お茶しか無いけど、どうぞ」
斗真はテーブルの上に、二つのコップを置く。
一つは斗真の、もう一つは柊の。
「ありがとう、頂くわ」
柊はコップを持ち、お茶を啜る。
座った状態からお茶を飲む動作一つ一つまで上品さを感じられる。
斗真は改めて、目の前の柊楓を見る。
緋色の髪と眼。
特に、緋色の髪は短めのショートヘアであり、まるで紅葉がそのまま体の一部になったように綺麗である。
170センチの斗真に迫るほどの、女子の中でも高身長。
健康的な肌色と細い手足に、スラっとした体形。
雰囲気はまさにスポーツ女子。
学校一の美少女と言われるだけあって、その美麗な容貌に、斗真の視線が釘付けになる。
斗真がジッと見ていたせいか、柊が訝し気にこちらを見る。
雑念を振り払うように、斗真もお茶を啜る。
暫く無言の時間が続いたが、意を決して斗真が尋ねる。
「それで………柊さんは俺に何の話があるの?」
まぁ…自身に話と言ったら、さっきのゴブリンもどきとの戦闘とか、諸々以外無いけど。
取り敢えず聞いてみる。
言われた柊は目を細める。
「単刀直入に言うわ。星原君は”妖人”よね?」
知らない単語に、斗真は首を傾げる。
「何の事?あやかしびと?」
斗真が聞き返したことに、柊の目がより細められる。
「惚けないで。”妖気”を持った人のことよ。貴方も妖気を持っているでしょ。さっきも妖気を使って、緑鬼を倒してた」
また知らない単語が出てきて、首を傾げる。
緑鬼は、先程のゴブリンもどきの名前だろう。
確かに、斗真は魔力を使って、緑鬼を倒していた。
斗真は、ひょっとしてと思う。
彼女の言う妖気とは、魔力のことなのか。
斗真がそう思っていると、
「っ?!」
急に目の前の柊から、大きな魔力の発生を感じる。
斗真は咄嗟に身を固める。
それを見て、柊は眉根を寄せる。
「私の妖気に反応を示したと言うことは、やっぱり貴方も妖気を持っているんでしょ。つまり、貴方は妖人ね」
そこで、斗真は気づく。
「柊さんが言う妖気…は、魔力のこと?」
「マリョク?魔力?…………確かに、妖気のことを昔、魔力と言ったらしいけど」
斗真は確信する。
柊が言う妖気と言うのは魔力の事で、魔力を持った人間を妖人と言うらしい。
まさか、元の世界にも魔力があって、魔力を持った人がいるとは。
「確かに、俺は魔力…………じゃなくて、妖気を持っているよ」
「やっぱり」
柊は頷く。
今度は斗真も質問する。
「柊さんが戦っていた、あの鬼みたいな怪物……緑鬼だっけ。あれは一体何なの?」
「あれは”妖獣”よ」
またまた知らない単語が出てきた。
「ようじゅう………というのは?」
「え?妖獣を知らない?妖気で形作られた怪異のことよ」
つまり、魔力だけで出来た魔物のことか。
〈魔力眼〉で緑鬼を見た時に、肉体が無く、全て魔力で作られていることから、異世界のレイスやゴーストと同じ性質の魔物と思ったが、どうやら正解みたいだ。
「星原君って、もしかして妖獣を見るの初めて?」
「…………初めて見た」
「それにしては、妖獣の戦闘に慣れている風だったけど」
「そ、それは………」
異世界で戦闘訓練を受けてきたから。
それをストレートに言う訳にも行かず、斗真は言い淀む。
言い淀んだ斗真を、柊はジッと睨む。
「…………怪しい。妖人なのに、妖獣を見たことが無い。でも、妖獣と戦い慣れてる」
柊に懐疑心を持たれた斗真は、必死に説明しようと試みる。
「え、え~と…じ、実は俺…………五年間ほど、戦闘技術を学んでたんだ。魔力……妖気を使った戦闘技術を。妖獣がいない場所で」
異世界に行って、勇者として戦闘訓練を学んだ何て言っても、頭が可笑しいと思わるだけなので、オブラートに包んで説明した。
嘘は付いていないはず。
説明を聞いた柊は首を傾げる。
「五年間、妖獣のいない場所で?つまり、星原君は小学生の時から、妖気を使った戦闘技術を学んでいたってこと?」
「そ、そうなるかな」
正確には、異世界での五年間になる。
異世界の時間は、ここの世界では経っていない。
よって、この世界では、ほんの一時間前ぐらい前に身に着けたことになる。
「ふ~ん…そんな人がいるのね」
柊は腕を組んで、少し腑に落ちない顔をする。
どうやら、柊は何とか理解はしてくれたみたいだ。
「妖獣を知らない。…………となると、星原君は”妖怪”も知らないことになるってことね」
「へ?妖怪って…………あの妖怪?」
柊の言葉を理解するのに、若干の時間が掛かった。
妖怪と言うのは、あの有名の妖怪だよな?
斗真の脳裏に浮かんだのは、小さい頃に嵌っていたアニメだ。
そのアニメは、ろくろ首やお化け傘、河童、天狗、猫又など、たくさんの妖怪が出てくるものだった。
いろんな妖怪が出てきて、中には悪い妖怪もいる。
そんな妖怪を主人公が退治するのがストーリーである。
もしや、その妖怪なのか。
…………いや、まさかな。
そんな斗真の考えを放っておいて、徐に柊が手を耳に持っていく。
「まぁ…もうすでに見られているから、今更隠す気は無いけど」
柊は耳たぶから小さいイヤリングを外す。
すると、柊から今まで感じられなかった魔力が溢れる。
緑鬼との戦闘同様に、濃密な魔力。
〈魔力眼〉を使わずとも、分かる膨大な魔力。
だが、変化はそれだけでは無かった。
柊の頭…もっと言うと、頭の天辺に魔力が集中するのを感じる。
「え?」
斗真は思わず、柊の頭を見て、口を半開きにする。
柊に訪れた変化は、魔力と言う見えない物だけでなく、視覚的な変化も伴ったのだ。
柊の頭の上に、細く短い二本の棒のような物が現れたのだ。
それは緑鬼の戦闘中では、良く見えなかったが、今はしっかりと見ることが出来る。
十センチぐらいの白い二本の棒。
「………角」
斗真が小さく言う。
そう、角である。
小さい頃から、角を持った人間の事をこう呼ぶ。
「………鬼」
それはよく絵本やアニメで見るような、鬼の姿だった。
柊楓は、鬼だったのだ。
「私は妖人ではなく、妖怪よ。そうね……もっと分かりやすく言うと、『鬼族』ね」
この時、斗真は学校一の美少女が妖怪であり、鬼であると知る。
【妖気】…異世界で言う魔力のこと。
【妖人】…異世界で言う魔力を持った人間、または魔法使いのこと。
【妖獣】…妖気で形作られた怪異。異世界の魔力だけで出来たレイスやゴーストと似たようなもの。
【妖怪】…妖気を持ち合わせた、異世界で言う魔物に相当する存在。しかし、異世界等は違い、高い知性を持っている個体が多い。