036鵺
楓からの電話によると、隗隗街の付近にある山の麓に、強い力を持った妖獣が出現したらしく、楓自身も現場に向かっている最中なので、斗真も応援として向かって欲しいとのこと。
『分かった。俺もすぐに向かう』
『ありがとう。じゃあ、現場に落ち合おう』
楓はそう言って、電話を切った。
斗真の方も、楓が向かっている場所に自分も向かうために、立ち上がる。
そして、部屋の片隅に置いてある筒を持ち、肩に紐を通して背負う。
この筒の中には、妖気を纏った武器である妖具『花咲の弓』と矢が入っている。
元々、この妖具は商店街の外れにある駄菓子屋「ながつか」の女将である…ろくろ首の長子から借りたもの。
と言っても、駄菓子屋と言うのは、表向きであり、本来は店の地下に様々な妖具を揃えた妖具店なのだ。
「悪い、仁!楓からの連絡で、街の近くの山の麓に妖獣が出たらしい」
「妖獣?この街にか?」
「そうだ。俺は退魔士といして、そこに向かう。話の続きは、帰ったから聞くよ!」
斗真は端的に説明する。
退魔士の役割は、妖怪の取り締まりと妖獣の退治。
特に、妖獣の退治は退魔士にしか出来ない。
斗真は外に出ようとする。
すると、仁も立ち上がっていた。
「俺も行くぞ!」
「え?」
突然の仁の意気込みに、斗真は首を傾げる。
俺も行くぞ…つまり、仁も妖獣の退治に参加するという事だろうか。
確かに、仁がいてくれれば、心強い。
仁の強さは誰よりも斗真が知っている。
異世界では、前衛を任せていたのだ。
仁の近接戦技術は、斗真の遥か上を行く。
ならば、仁も連れて行くのが得策だろう。
そう考えて、でも………と思う。
「有難いけど、これは退魔士である俺の役目だからな」
妖獣を退治するのは、退魔士の役目であり、使命である。
何の関係も無い仁に手伝わせることに、若干の躊躇が斗真にはあった。
すると、仁は少しばかり呆れた表情をする。
「何だ、斗真。もう忘れたのか」
「忘れた?」
「俺も、斗真と同じ退魔士になったんだって」
「あ!」
そうだ、思い出した。
仁に久しぶりに会った時に、仁自身が言っていた。
自分も退魔士になったと。
てか、さっきまで聞いていた仁の話は、そもそも退魔士になった経緯を説明するための話だった。
「俺も退魔士だから、一緒に妖獣を退治するぞ!」
仁は有無を言わせない決意で言う。
斗真は心の中でため息をつくと同時に、仕様が無いなぁ…と思う。
仁は、異世界で斗真たちと共にいる時はいつも、こうだ。
思い立ったことは何が何でもやる。
誰かの助けを見過ごさない。
だからこその、斗真たち勇者チームのリーダーなのだ。
「分かった。じゃあ、仁も手伝ってくれ」
「おう!」
こうして、斗真と仁は二人して、妖獣が現れた場所に向かうことになった。
電話で楓から聞いた、その妖獣が出た場所と言うのは、以前…楓と共に泥田坊を退治した山の麓にある沼地から、もっと山よりの地点。
そこへ斗真と仁はダッシュで向かっている。
二人共に魔力を体に漲らせ、身体強化しているため、常人離れしたスピードである。
車並みに走る二人は、普通の人が見れば、目を疑うほどの光景だろう。
斗真と仁は妖怪では無く、人であるため、一般人にも見られる。
と言っても、斗真の住む隗隗街の山付近には、人は全く住んでいなく、精々が高齢者の人。
今が夕暮れ時なのも相まって、誰かに見られる心配は余り無いだろう。
斗真と仁の視線の先には、険しい山々があった。
「本当に自然が多いんだな」
「見渡す限り、山しかないだろ」
走りながら、目に見える山々を眺める仁に、斗真は苦笑いをする。
暫く二人して走っていき、妖獣が出たと聞いた場所に徐々に近づく。
そこに、
「カー!カー!トウマ!トウマ!」
突然、斗真の名前を叫ぶ声が空から聞こえる。
斗真が上を見ると、そこには一羽の烏がいた。
足が三本ある烏。
見覚えがある。
「墨岡さん!」
斗真が三本足の烏に向かって、声を掛ける。
あの三本足の烏は、八咫烏と言う妖怪。
名前は墨岡烏。
普段は「姿化かし」で眼鏡をかけたスーツの男になって、役場…もとい退魔士・隗隗街支部の副支部長を務めている妖怪だ。
妖獣の出現されると、こうして妖怪の姿となって、正確な場所を教えてくれる。
楓と泥田坊を退治しに行く時にも、こうして方向を教えて貰った。
「トウマ!ヨウジュウハ、キタニイル!カエデハモウムカッタ!」
「北ですね。分かりました!」
斗真はお礼を言う。
ここで、墨岡は斗真の隣にいる仁に気づく。
「トウマ、ソノアカイカミノオトコハダレダ?」
「俺の友達の仁です。彼も退魔士です」
斗真はそう言って、仁を紹介する。
「あ……仁です。よろしくお願いします」
仁も挨拶をする。
思えば、初めて斗真が墨岡に会った時も、楓が自身の事を紹介していた。
「ソウカ。フタリトモ、キヲツケロ」
墨岡は特に人を不審がる事なく、飛び去っていく。
斗真と仁は、墨岡に言われた通り北に向かった。
「ん?……なぁ…仁」
「ああ、俺も感じる」
「近くにいるな」
北へ走っていると、斗真も仁も強力な魔力を感じていた。
この先に妖獣がいる。
「でも、この感じ。二つの魔力が………楓と妖獣が戦っているのか!」
勇者パーティの中でも、魔力感知に優れた斗真が、妖獣と同じく楓の魔力を感じ取る。
既に戦いは始まっていた。
斗真と仁は急いで現場に向かう。
カン!ガキン!ドン!
すると、段々と大きい音が聞こえる。
「はあ!」
続いて、楓の気合いの籠った声も聞こえる。
ようやく楓と、妖獣の姿が確認できた。
楓は制服に、妖具である『飛翔草履』を履き、紅葉のような緋色の髪より作られた〈緋槍〉を持って応戦していた。
相手の妖獣は、
「グルアァ!!!」
低い雄叫びを上げ、楓に鋭い爪を振るっていた。
それを槍で受けた楓は、一旦距離を取る。
しかし、直ぐに踏み込んだ後、左手に持った緋色の針を投げながら、右手に持った槍を突く。
妖獣は、それを巧みな身のこなしで躱す。
続いて、妖獣の尾が噛みつこうとする。
それを楓は草履で蹴り飛ばす。
見たところ、一進一退の戦いだ。
「あの妖獣は……」
斗真は妖獣の姿を見て、自身の中にある妖怪知識を引っ張り出す。
その妖獣は、猿の顔を持っており、胴体は狸。
さらに、四肢は虎であり、尾は蛇となっている。
四つの動物を掛け合わせたアンバランスな見た目の妖獣。
これと同じ姿が言及されている妖怪を知っている。
「鵺か」
そう、今回現れた妖獣は、鵺であった。




