幕間 異世界に召喚されて⑤
ティアナは斗真が座っている地面の横に座る。
「弓の稽古の調子はどうですか?」
「とても良い感じです。ウェルダン先生の教えも丁寧で助かっています」
斗真は手元にある弓を見せて順調だと言う。
自信満々な斗真の様子を見て、ティアナはクスクスと笑う。
「それはゴブリン討伐の時に持って帰った弓ですよね?気に入って良かったです。弓の方も上達していて、安心しました」
「はい。もっともっと上達して、ティアナ様のバディとして迷惑を掛けないようにします」
実は、ゴブリン討伐の後も今に至るまで、色々な魔物の討伐に出た。
オークやオーガ、マッドゴーレムなど。
だが、仁たちが活躍する一方、まだ斗真には目立った活躍は無い。
単純に、今の斗真は力量不足だからだ。
このままでは、ティアナの足を引っ張るだけである。
だからこそ、バディのティアナに恥じる事がないように強くならないと。
そう心に決めて、毎日欠かさず弓の稽古をして、ウェルダンからの教えを一語一句漏らさず聞き入れた。
斗真の意気込みを聞いて、ティアナは困ったような顔をする。
「迷惑を掛けられているなんて思っておりません。寧ろ、迷惑を掛けているのは、此方の方ですよ」
「え?」
面枠を掛けているのは、此方の方だと聞いて、斗真はキョトンとする。
「だって、かってに此方の都合で召喚しておいて、魔族を討伐してくれた頼んでいるのですよ」
「そ、それは………」
「普通なら、コウコウ……と言う学びの場所で勉学に励んだり、友人と遊んだりしているはずです」
「あ、ああ…確かに」
「斗真様だって魔族と戦わずに、幸せなコウコウ生活なるものを満喫していたはずです」
「そ、そうですかね?」
斗真は目を寄らす。
はっきり言うと、どうせ元の世界に帰っても陰キャな自分はボッチだろうと分かっているからだ。
今、元の世界に帰っても、友達は出来ないだろうし、有意義な高校生活は遅れないと思っている。
だけど、ティアナから…そう言った話を聞くのは、初めてだな。
てっきり自分達を勇者として召喚したことに誇りを思っているのかと思っていたけど、もしかしてティアナは自分達を召喚した事に負い目を感じているみたいだ。
斗真とティアナ、両者の間に気まずい空気が流れる。
「「………」」
会話が途切れ、沈黙が訪れる。
これは話を別の方に持って行かないと。
斗真は話題を探すために視線を彷徨わせていると、訓練用の模擬剣などが立てかけられてある台を目にする。
そこには、模擬槍である木槍もあった。
剣と言えば、ティアナの主武器。
「そ、そう言えば、ティアナ様は毎日槍の稽古をしているんですか?」
「へ?槍ですか?」
ティアナが目を大きく開かせる。
うん、我ながら安直な話題転換だった。
「そうですね。私が10歳ごろの時から毎日稽古はやっています」
「10歳の時から?!それは凄いですね!」
今のティアナの年齢は斗真よりも三つ上の18歳。
ならば、八年間も稽古を毎日していることになる。
一つの事を長い時間やる苦労は中々のものだ。
元の世界でも、小さい頃から習い事をしている人はいるが、18歳になっても続けているかと言うと、かなり少ないのではないだろうか。
道理で強い訳だ。
思い出すのは、仁とティアナの模擬戦。
異世界に来てから二か月経った時の事。
斗真と仁は王国の騎士から剣の指導を受けていた。
片や帰宅部で剣など振ったことが無い斗真は全く上達しなかったが、元の世界では剣道部の大将を務めていた仁は、すぐに騎士と打ち合えるほどになった。
そこで、仁とティアナは剣と槍で模擬戦をすることになったのだが、お互い魔力による肉体強化をしない状態での試合であったが、見事にティアナが勝ったのだ。
単純に、槍の技量が高い。
その高い技術に裏には、きっと多く長い時間を変えた努力があったのだろう。
「私には、才能がありませんからね。努力するしかありませんでした」
斗真に褒められたティアナは一瞬照れつつも、努力するなんて当然と言う。
「才能が無い?」
「ええ、私には武芸の才能何てありませんでした。初めて槍を持った時は、騎士相手に何度打ち込んでも微塵も攻撃が当たることはありませんでした。すぐに稽古なんて止めたいな…と思ったほどです」
「そんなことが」
斗真には想像できなかった。
あの巧みな槍裁きをみていると才能が無いなんて思えない。
「それでも稽古が続けたんですね」
「はい。泣き言の言っていられませんでした。私は生まれつき勇者様と同じほどの魔力量を持ち合させていました。なので、いずれ勇者様を召喚し、勇者様を支援する運命にあったんです。私には選択の余地がありませんでした」
選択の余地が無い。
王族としての責務。
前に本で読んだことがある。
王族や元の世界にいる皇族などの生まれつき偉い立場の人は、人にして人にあらず…と。
彼らは生まれた瞬間から国のために働くことを強制された存在であり、そこに本人の意思は介入できない。
自由を剥奪された者であると。
斗真は思う。
ティアナは本当は戦いを好まない性分なのかもしれないと。
ティアナが仮に魔力が全くない体質で生まれていたら、普通の王女……と言うのは、よく分からないけど、少なくとも戦いとは無縁の人生を送れたのかもしれない。
ティアナは優しい。
生まれつき魔力を多く持つ者として、周囲の期待に応えたかったのかもしれない。
王族の責務として、やりたくもない武術の稽古をやり続けたのかもしれない。
「それでも凄いですよ。ティアナ様は頑張ってます」
斗真は再度褒める。
「あ、ありがとうございます」
それを受けて、ティアナはまた照れた顔をする。
多分、褒められ慣れていないのだろう。
褒められる機会が少ないから。
何だか気の毒に思う。
普通なら褒められたことでも、きっとティアナ自身も、その周囲も、王族としてやって当然の事だろうと考えているのだろう。
ティアナの努力を認める者は、余りいなかったのだろう。
そう思うと斗真は無意識に…ティアナの手に、自身の手を持って行く。
そして、軽く握る。
「斗真様?」
突然、手を握られたティアナは驚きつつも、振り払おうとはせず、斗真の顔をジッと見る。
そんなティアナに、斗真は告げる。
「ティアナ様は本当に凄く頑張っています」
「え?」
「誰も褒めなくても、俺は褒めますよ」
「………」
ティアナは暫し、無言になる。
だけど、次第に斗真の顔が赤くなり始める。
今更になって、自分が何をしているのかを理解しだしたみたいだ。
斗真は手を引っ込める。
「す、す、すみません!!」
斗真の謝罪に、ティアナは何も答えず斗真が先程まで握っていた自分の手を見る。
ドン引きされたかな。
斗真は不安に思う。
「ふふ…」
そんな斗真の心配を杞憂にするかのように小さく笑った後、花が咲いたような晴れやかな笑みを斗真に向ける。
その笑みに、斗真はドキッとする。
「ありがとうございます、斗真様」
その時、斗真は何となくだが、ティアナが初めて心から笑ったように見えた。