幕間 異世界に召喚されて④
それは斗真が、異世界に召喚された時の話。
召喚されてから半年が経過しており、勇者である仁、雫、優香は着実に日々の鍛錬と実戦訓練で力を付けていた。
一方の斗真と言うと………………。
シュン!シュン!シュン!
王城の庭で、何度も風を切る音が響いていた。
斗真は左腕でしっかりと弓柄の部分を握り、右手で肩に背負っている矢筒から一本の矢を取り出し、それを弦まで持って行く。
矢を右手の人差し指と中指で掴みながら親指で固定し、矢筈を弦に添える。
斗真は一回深呼吸をして、意識と精神を研ぎ澄ます。
目の前には、50メートル以上先に、大きな丸い的がある。
勿論、狙いは的の中心。
獲物を狙う獣の如く狙って、
「っ!」
矢を放つ。
シュン!
矢が高速で飛翔することで、風切り音が鳴る。
矢は、そのまま真っすぐ的の方に飛んでいく。
そして……………バサ。
放った矢は的の中心に当たっていた。
「ふぅ…」
斗真は一旦息を大きく吐いて、両肩を回す。
朝から昼まで矢を放ち続けているので、かなり体に疲労が溜まってきている。
これで本日、何本目の矢であろう。
軽く100本以上は放ったでは無いだろうか。
それを証明するように、先程放った矢以外にも、的には何本もの矢が刺さっていた。
「お疲れ様です、斗真様」
ふと…斗真に声を掛ける者がいた。
斗真は声を掛けた者に顔を向ける。
そこには、美しい顔つきの男がいた。
彼の髪は、見事な金色の髪であり、王女のティアナの持つ金色の髪と比べて見劣りしていなかった。
だが、特筆すべきは、その”耳”。
彼の耳は尖っていた。
そう…彼はエルフなのだ。
おとぎ話、もしくはライトノベルに頻繁に出てくる森の住む妖精。
狩り、特に弓を得意した種族であり、何百年も生きる長寿な種族としても知られている。
そのエルフの男は、斗真を称賛していた。
「私がここで斗真様に弓を教えてから、まだ一ヶ月も経っていませんが、見違えるほどの成長です」
そうなのだ。
このエルフの男が言う通り、今…斗真はエルフの男から弓を教わっているのだ。
斗真は照れた顔をする。
「いえ、ウェルダン先生の教えが良いお陰です」
「謙遜を。斗真様には、間違いなく弓の才があります」
何故、エルフから弓を教わっているかと言うと、話は遡ること数か月前。
異世界へ召喚されて二カ月後…今からだと四カ月ほど前の話だ。
斗真たち勇者は初の実戦訓練を兼ねて、王都から少し離れた森の洞窟に行き、ゴブリン討伐をしたことがあった。
ゴブリンは最弱の魔物であり、初の実戦訓練としては打ってつけだった。
しかし、仁と雫と優香は目立った成果を出しつつも、斗真自身はバディであるティアナに守られてばかりであった。
自身の無力さを感じつつも、ゴブリンの住処で斗真は落ちていた弓を見つける。
ゴブリンは集団で村を襲う時に、食料だけでなく、人が使う道具や武器を持ち帰る習性がある。
恐らく、見つけた弓はゴブリンが村から盗んだ物であろう。
その際の斗真は、何故か弓を持ってみて、何かを感じることがあったのだ。
ティアナの勧めで、見つけた弓を持ち帰えることにした。
その後は、持ち帰った弓を使って、弓術の稽古を始めたのだ。
始めは、元の世界では一度も触ったことのない弓に四苦八苦していたが、矢を放ってみると意外にも、斗真には弓の扱いが上手かった。
斗真は、自分でも分かるほど、剣術よりも弓の方がかなり早く上達することが分かったのだ。
剣術では才能は平凡であり、イマイチであったが、弓には早めに得意になれた。
斗真自身も弓が何だかしっくりくるのだ。
一日中、矢を撃っていても苦痛に思わない。
それどころか、楽しい。
そして、俺の弓の上達具合を知った王女のティアナは、すぐに弓の名手を斗真の先生にするべく、「エルフの森」に申請を出した。
斗真たちが召喚されたオーロラ王国には、「エルフの森」という場所が存在する。
そこは、名前の通りエルフが多く住む森。
オーロラ王国の国土の二割ほどの面積を占めており、エルフだけでなく、あらゆる動物や魔物がいるそうだ。
「エルフの森」にいるエルフ達とオーロラ王国は同盟を結んでおり、互いを助け合う関係なのだ。
先程も言った通り、エルフは弓を得意とする種族。
斗真の弓の先生役としては、これ以上ないほどの適任。
そうして、王国の申請を受けて来たのが、目の前のエルフの男と言う訳だ。
彼の名は、ウェルダン。
斗真はウェルダン先生と呼んでいる。
「エルフの森」にいるエルフの中でも、随一の弓の使い手だそうだ。
ウェルダンはエルフ随一の弓使いだけでなく、教えも適切で丁寧であった。
斗真はウェルダンから、弓についていろいろ教わった。
弓を握るときのちょっとしたコツや心構え、矢を放つときの風向きの確認、次の矢を瞬時放てるための反復動作など。
彼の教えの成果もあって、さらに斗真の弓の腕前は伸びていった。
今では50メート以上の的も簡単に射抜ける。
補足だが、元の世界の弓道に置いては、的までの距離は28メートルである。
斗真自身は気づいていないが、元の世界では、弓道において既に全国大会に速攻で出られるレベルになっている。
そうなのだ、斗真には弓の才能が誰よりもあったのだ。
因みに、ウェルダンの年齢は若そうに見えて、100歳は超えているとの事。
まぁ…エルフは長寿だから、これでも若い方か。
「私の教えた弓で魔族を倒してもらえると…私自身、先生冥利に尽きます」
「はは…魔族が現れたときは、勇者として恥ずかしくない戦いをします」
斗真は小さく笑いながら、何とか答える。
でも、正直言うと…まだ斗真には魔族と戦う覚悟が出来ていなかった。
まだ魔族を見たことは無いが、聞いたところだと人に近い見た目だとか。
つまり、人と戦うと言っても、大きな間違いは無いのだ。
人と戦うなんて、普通に嫌だ。
それも当然だろう。
半年前まで、ただの高校一年生だったのが、いきなり異世界に召喚されたのだから。
………………と、何度も考えることはあるが、元の世界に変えるためには魔族と戦うしかないのだ。
斗真にとって、仁、雫、優香はとても頼りになれる友達であり、仲間だ。
彼らと一緒なら、きっと魔族も倒せるだろう。
「斗真様なら、すぐに『魔弓術』を習得できるかもしれません」
「『魔弓術』?」
斗真は首を傾ける。
聞いたことが無かった。
ウェルダンは得意げに説明する。
「『魔弓術』とは、我ら「エルフの森」に伝わる魔力を使った弓の技です。エルフの中でも選ばれし者だけが使えると言われております」
どうやら、『魔弓術』というのは「エルフの森」で代々語り継がれる伝説の戦士が使うとされる技らしい。
「へぇーどんな技があるんですか?」
「そうですね。例えば、弓と矢と腕を魔力で強化させ、限界まで溜めて放った破魔の矢「魔剛射」などがありますね」
「魔剛射」…何だか、カッコよさそうだ。
もし、その『魔弓術』を習得できれば、自身の戦力が飛躍的に増すと、斗真は考えた。
「是非、習得したいですね」
「そうですね。『魔弓術』を記した古文書は「エルフの森」にありますから、今度帰った際に、長老に頼んで持ってこれるか聞いてみます」
その後は、一先ず休憩を取ることにした。
「ふぅ…」
流れる風が斗真の頬に当たる。
午前中、ずっと弓の稽古をしていた斗真には、微風でも心地よい。
気持ちよく風を感じていたところに、誰かの足音がする。
「斗真様」
豪華なドレスに身を包み、ウェルダンのように美しい金色の髪を携えた女性が現れる。
それは、斗真たちを異世界に召喚させた人物である王女のティアナだ。