003緑鬼
「「「「「ギギャア!!!」」」」」
ゴブリンもどき…少女が”緑鬼”と呼んでいた奴らは、突然現れた斗真にも敵意をむき出しにする。
少女に言われた通り、斗真は左側にあるゴブリンもどきと正対する。
斗真は腰を低くさせ、両手を顔の前に持っていき、構えを取る。
異世界では、斗真は仁、雫、優香のサポートと遠距離攻撃を主体に戦っていた。
特に、仁と比べて、近接戦闘は高いとは言えない。
だが、素手の戦闘技術は、異世界で一通り学んでいる。
ゴブリンもどきが持っている小さな金棒で、一斉に斗真へ襲い掛かる。
「ふっ!」
斗真は囲まれないように、細心の注意を払いながら、ゴブリンもどきの金棒を躱す。
少女が戦う様子を鑑みて、このゴブリンもどきは動きから、異世界にいるゴブリンよりは強い。
異世界のゴブリンは、運動能力は小学生並みしかない。
しかも、低い知能のため、木で出来た棍棒など武器を使うことはあるが、技量自体は子供のチャンバラと差して変わらない。
一方、ゴブリンもどきは力や速さなど、基本的な運動能力はゴブリンより上である。
何より、こいつ等には多少なりとも、武器を扱う技量を備わっている。
持っている小さい金棒も、見たところ鉄で出来ているみたいなので、当たったら痛そうである。
だが、ゴブリンより強いとはいえ、さっきの蹴りの一撃で倒せた。
こいつら一体一体は大きな脅威では無いはずだ。
適切に一体ずつ処理していけば、問題ない。
斗真はバックステップやサイドステップを繰り返す。
周囲にゴブリンもどきがいる状況を回避するためだ。
一対多数の場合、最も気を付けるべき点は、敵に囲まれないこと。
相手側に数の利があると言うのは、それだけで厄介なのだ。
だからこそ常に、視界内に敵を収め、敵に数の利を発揮させない。
相手がゴブリンもどきでも、それは変わらない。
「はっ!」
「ギャア?!」
隙をついて、距離を詰める。
斗真の拳が、ゴブリンもどきの額に直撃。
異世界では、ゴブリンの弱点は額であった。
このゴブリンもどきも同じようなものを思い、額を攻撃してみたが、どうやら当たりみたいだ。
しかも、斗真が放った拳はただのパンチや突きなどではない。
異世界では、通常の魔力持ちの人間よりも魔力を保有している勇者の拳である。
元の世界に帰ってきた今は、魔力の出力は弱くなっているが、そこらの一般人の数倍の威力の打撃を出せる。
ゴブリンもどきが悲鳴を上げ、煙のように消滅する。
金棒も綺麗さっぱり。
少女が赤い槍で、ゴブリンもどきを消滅させた時にも思ったが、ゴブリンもどきには、実態があるようで無い。
ゴブリンもどきが消えて、直ぐに距離を取る。
戦いとは、常に間合いの取り合いなのだ。
間合いを取り過ぎては、こちらの攻撃が当たらない。
逆に、間合いを取らないと、こちらの攻撃も届くが、相手の攻撃も届く。
如何に距離を詰め、如何に距離を保てるか、戦いで鍵を握る。
「〈万能眼〉〈魔力眼〉」
スキルを使用し、〈魔力眼〉でゴブリンもどきを見る。
ゴブリンもどきの体全てが、青く可視化される。
やっぱりだ。
こいつ等は全て、魔力で作られてる。
異世界のゴブリンは魔力だけでなく、肉体も持っているが、ゴブリンもどきには肉体が無いようだ。
だから、倒した時に消滅するんだ。
異世界だと、魔力だけで出来てるレイスやゴーストと同等の性質の奴らだ。
ゴブリンもどきは余裕を持って、相手に出来ている。
こちらは問題ない。
斗真は視線を横にずらす。
少女は左側にあるゴブリンもどきを危なげなく、相手をしていた。
緋色の髪の少女は、赤い槍を右手で持ちつつ、ゴブリンもどきを牽制していた。
そして、左手で頭から何かを取り出す。
それは赤い針のような物だった。
少女は赤い針を複数、頭から取り出し、それをゴブリンもどきに投げナイフの要領で投げていた。
赤い針は鋭い切れ味を持っており、ゴブリンもどきの体に深く刺さる。
「ギュウ……」
赤い針を受けたゴブリンもどきが消える。
〈魔力眼〉で見たが、少女自身に高い魔力量があり、手に持つ赤い槍にも、投げ飛ばした赤い針にも多分な魔力が含まれている。
そして、それは少女が履いている草履にも。
「は!」
次の瞬間、サッカーでボールを蹴るような要領で、少女が履いていた草履を二つ共、ゴブリンもどきに向かって飛ばす。
草履なんて飛ばしてどうするんだ…と思った。
しかし、飛んだ草履はまるで見えない誰かに操れているかのごとく縦横無尽に空中を駆け、前方にいるゴブリンもどきたちを蹴散らす。
なるほど、ただの草履ではなさそう。
草履は少女が持つ赤い槍や赤い針のように、ゴブリンもどきを倒せるほど殺傷力が高い訳ではないらしいが、ゴブリンもどきの顔や腹に当たって、奴らを混乱させていた。
草履はゴブリンもどきを蹴散らした後、また独りでに少女の足元へ戻ってくる。
少女は草履を履き直し、混乱しているゴブリンもどきへ駆け走り、赤い槍で蹴散らす。
斗真も危なげなく、ゴブリンもどきの攻撃を回避しつつ、拳や蹴りを叩きこんでいく。
状況は完全に、斗真と少女の優勢であった。
斗真が加勢してから数分で、全てのゴブリンもどきが斗真と少女の手によって、消滅した。
「〈千里眼〉〈魔力眼〉」
右目で〈千里眼〉、左目で〈魔力眼〉を発動させ、索敵をする。
複数の〈万能眼〉の能力であっても、左右の目でそれぞれ別々の能力を使うことが可能だ。
異世界に来たばかりは、左右の目で能力を発動するのが、意外と難しく、苦労した。
今は呼吸をするように慣れたものである。
見える範囲には、ゴブリンもどきは居なかった。
敵を倒した後に索敵を怠ると、思わぬ不意打ちを喰らい、窮地に陥ることもある。
「ふぅ…」
斗真は息は吐き。
心を落ち着かせ、緊張を解く。
少女に視線を向けると、持っていた赤い槍はいつの間にか無くなっていた。
「解除」
彼女がそう言うと、〈フィールド〉による斗真たちを囲っていた魔力の半球状の壁が無くなる。
どうやら、さっきの高度な〈フィールド〉を展開していたのは、彼女みたいだ。
そして、彼女は耳に手を持っていき、耳たぶに小さめのイヤリングを嵌める。
何故か、少女の纏っている魔力が無くなる。
そして、いつの間にか、彼女の頭にあった細く短い二本の棒のような物は無くなっていた。
あの二本の棒のような物は一体……。
斗真が少女を見ていると、少女の方も斗真に顔を向ける。
「助けてくれて、ありがとう」
彼女は丁寧に、頭を下げる。
斗真から見て、少女は夕日に照らされているので、緋色の髪が燃えているように見える。
「…………それで」
少女は頭を上げる。
斗真を見る視線は鋭かった。
「その制服…私の高校の男子生徒が着る学生服ね」
少女は一呼吸置いてから、
「貴方…………星原君よね?私のクラスにいる」
鋭い視線は、決して斗真を見逃さない構えである。
どうやら、少女の方も斗真の事を把握している様だ。
クラスでは、斗真は目立っていない方だったが、彼女はしっかりと斗真を覚えているようだ。
「そうだね、星原であってるよ。それで、そっちは……柊さんだよね?」
「そうよ」
少女………柊楓は、頷く。
彼女は斗真が通う高校の生徒であり、斗真と同じ高校一年生のクラスメイトである。
異世界に五年間も飛ばされたが、その特徴的な緋色の髪は忘れていない。
彼女が何故、斗真と同じように魔力を持っていて、ゴブリンもどきと戦っていたのか、疑問に思うことは多々ある。
柊は周囲を見渡して、
「取り合えず、何処かで話しましょう」
ここは高校と斗真の家との間の登下校に、近い場所。
であるならば、
「え~と…俺の家とか、どう?」
「構わないわ」
柊が了承する。
斗真と柊は、一旦場所を斗真の家へ移すことになった。
ヒロインの能力
・髪の毛を武器にする
ヒロインの武器
・空飛ぶ履物
……これ何処かで。