031かつて鬼族は
大入道を倒した斗真と楓は、取り敢えず土蜘蛛に囚われていた妖怪たちからお礼を言われ、二人そろって、隗隗街に戻る途中である。
今回は妖獣案件であるため、一旦役所による。
その役所へ向かう道中、
「「…………」」
斗真と楓は無言で並んで歩いていた。
第三者が二人を見れば、何となくではあるが、二人が並んでいる間の感覚が若干離れているように感じるだろう。
だが、それは仕方がないことだ。
チラ…。
斗真が横目で隣を歩いている楓を見る。
楓はいつも通りに見えるが。
チラ…。
楓の方も斗真をチラリと見る。
斗真と楓の目が合う。
「っ!」
その瞬間、楓の頬が真っ赤になり、途端に目を逸らす。
斗真も目を逸らす。
さっきから、ずっとこの調子だ。
斗真と楓が口づけをした時から。
当然、斗真は楓に口づけをした理由を懇切丁寧に説明した。
それはもう丁寧に。
あれは「供魔息吹」という自身の魔力を他者に供給して、回復させる技である。
実際、楓は体中が傷だらけであり、斗真の「供魔息吹」によって回復したのは事実である。
楓も「供魔息吹」の説明を聞いて、何度もお礼を言ってくれた。
しかし、それとこれとは別の問題で。
異性と口付けをしたと言う事実は、口に出すのも恥ずかしい体験だろう。
兎に角、斗真と楓はお互い無言のまま、役所に到着し、今起きた出来事を琴葉に報告した。
「土蜘蛛だけでなく…………楓以外の鬼族。それに妖獣を出す巻物。随分と…………きな臭いわね」
報告を聞いた琴葉は複雑な顔で思案していた。
「最近の土蜘蛛の頻繁な出現。裏には、妖術に秀でた者たちが関わっているという報告は受けていましたが、それが鬼族であったと。…………楓と琴葉さんの予想通りですね」
琴葉の横にいる八咫烏の墨岡は苦虫をかみつぶしたような表情で言った。
「鬼族って、楓以外に居たんですね。…………いや、当たり前か」
斗真は役所で今回の報告する上で、ここ最近土蜘蛛が日本の全国規模で出現が確認されている事を聞いた。
そして、その出現と重なるようにして、今日出会った鬼族の男と同じく、お面で顔を隠し、妖術に長けた者達の出現が確認されているようだ。
その者達はまるで土蜘蛛を操っているようにも見えていたそう。
そう言えば、その鬼族の男は言っていた。
俺の出した土蜘蛛がいない…折角、土蜘蛛を解放したのに…など。
鬼族の男は大入道を出す巻物を所有していた。
つまり、あの鬼族の男は土蜘蛛をも使役していたと考えるのが自然だろう。
さらには、今日会った鬼族の男だけでなく、全国中で確認されたお面で顔を隠した者たちは、楓と同じ鬼族ではないだろうか。
であれば、鬼族が日本中で土蜘蛛を解き放っていることになる。
確かに、きな臭い。
「鬼族と言えば、俺たちの学校には楓と同じ鬼族は居ないのか?」
楓曰く、斗真の高校には妖怪が4,5人に1人と、数多くいるそうだ。
それなら、楓以外の鬼族は要るのではないのかと思った。
「いないよ」
けれど、楓は首を左右に振って否定する。
楓の顔は心なしか、暗い。
「…………というか、鬼族は今、日本に殆どいないはず」
「そうなのか?」
その情報は斗真にとって、初耳だった。
鬼って、日本の妖怪の中では、かなりポピュラーな方だから。
案外、結構いるのではと想像していた。
「斗真は鬼族について、余り知らないんだね」
「え?ああ…そうだな。初めて会った鬼族が楓で、二人目があの鬼族の男だった。鬼族って、実は珍しかったりする?」
「そうだね…………斗真には、鬼族に関して説明する必要があるね」
楓は顔を少し俯かせて、鬼族の事情について説明する。
「かつて鬼族は人の社会を崩壊させ、日本中を征服しようとした妖怪たち」
「日本中を征服?!」
楓の口から飛んでも無いことが出たので、斗真は大きく驚く。
「そう、鬼族は昔…………だいたい千年前かな。徒党を組んで日本を自分たちの領地にしようとしたの。鬼族は基本的にどの妖怪よりも強い。他の妖怪とは比べ物にならない妖気を持っていて、妖術にも長けてる。おまけに私の髪の毛みたいに、体に生体妖具を持っている鬼族もいた」
何だか、まるで異世界の『魔族』みたいだな。
偶然だと思うけど。
「あ、え、でも……今の日本は征服されてないような?」
「そうだね。鬼族は結局、日本を征服できなかった。征服の一歩手前までは行ったらしいんだけど。鬼族は…………」
言っている途中で、暗かった楓の顔が益々暗くなる。
楓は次の言葉を言うのが難しそうだ。
「鬼族は、日本を征服しようとしたけど、征服が目前になった瀬戸際で、鬼族以外との”妖怪連合”に敗れたのよ」
ここまで静かに聞いていた琴葉が補足する。
「妖怪連合?」
「文字通り、妖怪を集めた連合。強力な力を持つ鬼族でも、妖怪連合の前に敗れたとされている。そして、その影響で今に至るまで、鬼族は数を大きく減らした」
「だから、日本に殆どいない訳ですね」
「そうね。鬼族はかつて日本を征服しようとしたことで、楓みたいに今を生きる鬼族は多くの妖怪たちから偏見の目で見られることがあるわ」
ここで、思い出すのは河童たちが楓が鬼族と分かり、”あの鬼族”と言っていたことだ。
あの鬼族と言うのは、かつて日本を征服しようとした鬼族と言う意味だろう。
「まぁ…征服自体、千年も昔。長い時を生きる妖怪でも、当時を詳しく知る妖怪は多くは無いわ。私も口伝で聞いただけだから、詳しいことは知らないわ。当時の鬼族に語った書物は殆ど残ってなくてね」
鬼族の事情は分かった。
それで楓は暗い顔をしていたのか。
かつて自身と同じ妖怪である鬼族が日本を征服しようとして、それによって数を多く減らしたとなれば、当人は関係ないとはいえ、内心に含むものがあるのだろう。
「鬼族の事は分かりました。けれど、その数を減らした鬼族は今、日本中で土蜘蛛を放ったりと、何か不穏な動きを見せているという訳ですね」
「そうなるわね。一体、何を企んでいるのか。…………まさか、また日本征服を企んでいるのか。私にも全く分からないわ」
琴葉は顎に手を当てる。
「けど、今後お面被った鬼族の動向には注意が必要ね。その鬼族の男は卓越した妖術を使うだけで無く、巻き物で大入道を使役していたらしいじゃない。大入道なんて、そうそう出現しない強力な妖獣よ。よう斗真は無傷、楓は軽傷で済んだわね」
琴葉が感心した様子で、斗真と楓を見る。
けれど、楓に関しては少し語弊がある。
楓は確かに軽傷だが、元々は大入道に何度も拳を叩き込まれて、重症を負っていた。
だが、俺の口付けによる「供魔息吹」で、唇を伝って斗真自身の魔力を供給させて、軽傷まで回復したのだ。
斗真はそれを思い出して、楓の方…形の良いピンク色の唇を見る。
楓の唇……軟らかったな。
楓の唇の感触はまだ記憶に新しい。
「………」
ふと…斗真は視線を感じた。
視線の元は斗真が見ていた唇の持ち主。
楓も斗真を見ていたようだ。
「「っ!」」
斗真と楓は共に頬を染め、視線を逸らす。
そんな二人を琴葉と墨岡は首を傾げて見るばかりであった。




