017口裂け女
異世界で、斗真は主に弓使いとして活躍していた。
斗真自体、異世界に来る前は弓道部に所属したことはないし、弓なんて一度も扱ったことは無かった。
ただ、初めて弓を使った時、思いの他しっくり来た。
だから、斗真は剣ではなく、弓を鍛え始めた。
勇者としての力や、斗真に弓を教えてくれた人のお陰もあって、弓の腕は斗真自身、誇れるほどに成長した。
元の世界に帰ろうとする頃には、斗真は”オーロラ王国最高の弓士”と呼ばれるにまで至ったのだ。
「楓ちゃんの言う通り、凄く様になっているわね。斗真くん」
長子も感心している様子だった。
楓が渡してきた弓は、二メートルの長さがある日本固有の和弓だ。
異世界で斗真が使っていた弓は、和弓が少し違う、もっと別の…………かなり特殊な弓であった。
けど、これでも十分に使える。
「これは、どういった能力があるんですか?」
この弓にも魔力が感じることから、妖具ということだ。
なら、何かしらの能力があるはず。
「えっと…それは『花咲の弓』ね」
「花咲?」
斗真は首を傾げる。
長子は小さく笑いつつ、説明する。
「その弓を持って、お花が咲くイメージをしてみて」
「分かりました」
言われたとおり、斗真は弓を握り締めて、花が咲くイメージをする。
斗真がイメージしたのは、タンポポだ。
すると、ポン!
目を開けた時に、弓を見ると、弓柄から小さい黄色の花であるタンポポが咲いていたのだ。
「ね!お花が咲いたでしょ!この弓はね、使う人のイメージから、いろんな花を咲かせることが出来るの」
長子は嬉しそうに言ったが、斗真は浮かない表情である。
「じ、地味ですね」
能力が地味過ぎる。
花を咲けせるって、何処で使うんだ?
「まぁ…あの木箱に入ってる妖具なんて、大抵能力が地味だったり、使う場面が限られている物だからだし。全然使われないから、仕舞っていたのよね」
「は、はぁ…」
大丈夫かな、この弓。
若干の不安を感じる。
けれど、別にどんな能力であれ、弓として使えるのなら問題ないと割り切った。
「これ矢、後…弓と矢を仕舞う筒」
長子が数本の矢と大きめの紐が付いた筒を渡してくる。
「普段持ち歩くときは、この筒の中に弓と矢を入れてね。でないと、通報されちゃうから」
なるほど、確かに斗真のような妖人は妖怪と違って、普通の人の目にも見えるので、白昼堂々と弓など持っていた銃刀法違反で捕まってしまう。
少し前に聞いたが、楓のような妖怪は「姿化かし」を取って、妖具を持っていても、普通の人の目には見えないそうだ。
「そう言えば、楓の妖具はどんな能力なんだ」
妖獣と戦う時に履いていた黒い草履が、楓の妖具であるそうだが、まだどういった能力かは聞いていなかった。
「ああ、『飛翔草履』ね」
斗真に聞かれ、楓は鞄から草履を取り出す。
「斗真も見たから知っていると思うけど、この草履の能力は自由自在に飛ばすこと。頭の念波で、草履を操ることが出来るの」
楓は頭をトントンと叩いて、言う。
「後は足場が不安定な場所でも、歩けることが出来る」
泥田坊と戦っていた時は、斗真は足場が不安定な沼地に苦労したが、楓は沼地の上をなんの苦労もなく、歩行していた。
そうか、あれは草履の能力だったか。
プルルルル。
その時、楓のスマホが鳴る。
「はい、楓です。………あ、墨岡さん」
楓が電話に出る。
通話の相手は、さっき別れたばかりの墨岡みたいだ。
「はい、斗真も一緒にいます」
楓は斗真が近くにいることを伝え、スマホで何かを話し続ける。
暫くして、楓が電話を切る。
「斗真…ここから、かなり離れた廃ビルで妖怪関係のトラブルが発生したみたい。退魔士になって早速だけど、行くよ!」
「了解」
斗真は新しく手にした弓と矢を筒の中に仕舞い、それを背負って駆け出す。
「頑張ってね~」
長子が駆け出す斗真たちを応援していた。
少し時間を戻して、
「化け物ニャアアアアア?!」
耳まで裂けた顔を見て、猫宮五月はパニックを起こし、その場から逃げる。
「ば、化け物ですって…………こ、殺す!!」
耳まで裂けた顔の女性……口裂け女は、裂けた顔を引きつらせ、赤いブーツを世話しなく動かし、猫宮を全速力で追う。
口裂け女…それは小・中学校を中心に広く伝わっている都市伝説の存在。
名前の通り、口が耳まで裂けており、学校帰りの子供に「私、綺麗?」という質問をするのだ。
そして、口裂け女に対して、ネガティブな回答をすると、手に持った刃物でズタズタに体を引き裂き、相手を殺すと言われている。
さらに、口裂け女の走る速度は時速100キロあるという都市伝説もある。
「ポマード」という呪文を言うと、逃げるみたいだが、本当なのか定かではない。
けれど、足が速いのは本当みたいで、ただの女子高生である猫宮に簡単に追いつく。
「ぎゃああ!!追いついてるニャア!!」
猫宮はすぐ後ろまで迫る口裂け女に発狂する。
「し、仕方ないニャア!!」
ここで猫宮は耳に着けた装着式のピアスを外す。
それによって、猫宮の体が変化する。
追っている口裂け女は猫宮の体中に、ふさふさの毛と二つの尻尾が生えるのを見た。
そして、体が変化した猫宮は上へジャンプし、家の垣根に飛び移る。
そのまま垣根の上を走り、今度は家の部屋を伝って、逃げる。
女子高生とは思えない身体能力とバランス感覚である。
その身のこなし様は、まるで猫である。
だが、そこは口裂け女。
自慢の足の速さを活かして、距離を離されながらも、何とか猫宮を追いかける。
猫宮は何とか口裂け女から逃げること、気づけば駅から少し遠くにある廃ビルの前にいた。
「はぁ…はぁ…はぁ…ニャア」
猫宮は息を大きく切らした状態で、廃ビルの中に入る。
暫く、身を隠してやり過ごそうと思った。
廃ビルに入った猫宮は体を小さくして、壁に隠れていた。
怯えるように体を小刻みに震わせていたが、スマホを取り出し、何処かに掛ける。
「す、すみません」
『はい、こちら隗街町役所の墨岡です』
電話の相手は墨岡だった。
「あ、あの!た、助けて欲しいニャア」
『落ち着いてください。どうされました?』
「え、えっと…」
猫宮はすぐに口裂け女に追われていることを説明し、スマホのGPSから自身の居場所を言う。
『分かりました。すぐに退魔士をそちらに派遣いたします』
「お、お願いしま…………」
「みーつけたー」
「ニャア?」
頭上からの不気味な声。
猫宮が恐る恐る顔を上げると、カシャン。
『ん?あれ?もしもし?』
猫宮が落としたスマホから墨岡の困惑の声が聞こえる。
しかし、今の猫宮には応答する余裕はない。
なにせ猫宮の頭上には、口の裂けた女が裂けた口を思いっきりニヤリと笑って、猫宮を見ていたのだから。
「ぎゃああニャア!!!」
廃ビル内で猫宮の絶叫が木霊する。




