014退魔士への試験②
「試験の合格条件は至ってシンプル。私に触れられれば、合格」
斗真は意外に思う。
「え?それだけで良いんですか?」
「ええ、それだけで良いわよ。…………触れられればだけど」
琴葉は体に纏っていた魔力を一気に開放する。
斗真は両手を構えてから、スキルを発動する。
「〈万能眼〉〈魔力眼〉」
基本的に、魔力を持った物との戦いでは、まず〈魔力眼〉を使い様子を見る。
迂闊に攻め込まず、相手を観察する。
すると、琴葉の魔力に変化が起こる。
「燃え盛る火の粉、大火となり得る赤き花の種となれ。〈篝火〉」
琴葉は流れるような早口の詠唱を行い、拳台の火の玉を生成する。
〈ファイアボール〉?
斗真は〈篝火〉を見て、ふと思った。
〈ファイアボール〉とは、異世界の初級的な火の魔法。
火力は弱いが、魔力を持った人は、誰でも習得可能なほど簡単な魔法。
異世界での〈フィールド〉が、妖術での〈結界〉であったように、ここでは〈ファイアボール〉は〈篝火〉というのだろうか。
シュン!
次の瞬間、その火の玉がプロのピッチャー並みに速く、斗真へ向かう。
「速い!」
驚きつつも、右肩に当たりそうだった火の玉を、左に重心を置くことで体捌きで回避する。
回避は出来たが、斗真は警戒心を上げる。
魔族顔負けの卓越した魔法技術。
「躱したわね。でも、今度は三つよ。燃え盛る火の粉、大火となり得る赤き花の種となれ。〈篝火〉」
シュン!シュン!シュン!
さっきと同じ〈篝火〉が三つ生成され、高速で斗真に向かう。
それぞれ斗真の右足、左肩、右脇腹に当たるコースだが、斗真は流れる動作で三つも回避する。
「中々の反射神経。次はどうかしら?燃え盛る火の粉、大火となり得る赤き花の種となれ。〈篝火〉」
今度は10個の火の玉が、斗真に向かう。
しかも、全てが一直線に斗真へ向かうのではなく、絶妙に遅れや曲がりを使って、10個の〈篝火〉が、満遍なく斗真を襲うように放たれていた。
しかし、斗真は焦ることなく、〈篝火〉の軌道を見極め、最小限の動きで躱す。
「…………これも躱すのね」
全ての攻撃を回避され、琴葉は静かに驚愕していた。
「ふっ!」
斗真は琴葉に向かって、駆ける。
足に魔力を込め、脚力を強化することで、琴葉との距離を一気に詰める。
この試験の合格条件は、琴葉に触れること。
「近づかせないわ!」
琴葉は斗真に触れさせまいと、追加で詠唱を唱える。
「燃え盛る火の粉、大火となり得る赤き花の種となれ。〈篝火〉。牙を持つ土の恵み、敵を穿つ小玉。〈土矢〉」
舌を噛みそうな早口の詠唱で、琴葉から10個の火の玉と10個の土の矢が、斗真に発射される。
どれもが前を掛ける斗真に当たるコースである。
さっきよりも二倍の攻撃量。
だが、
「よっ!ほっ!はっ!」
サイドステップや半身避け、上半身を後ろに傾けたスウェイバック…最後に、床でのスライディングで全攻撃を避ける。
「なんで当たらない?!」
流石に、これには琴葉も声に出して驚く。
琴葉は驚きの様だが、斗真にとっては大量の魔法を避けるのは慣れっこだった。
………雫の魔法攻撃に比べれば。
異世界では魔族たちと戦うために、斗真たちは時折、勇者同士で模擬戦をしていた。
そして、斗真の仲間の一人である神宮雫はスキルの関係上、純粋な魔法使いだった。
模擬戦で、雫から繰り出される魔法を回避するのは、至難の業だった。
何せ、百以上の魔法をお手玉のように操るのだから。
魔法回避率なんて嫌でも上がる。
もう既に、斗真と琴葉の距離は後少しだった。
「くっ?!堅固たる大地の結晶、積み重なる土の力、我が身を守る高き巌の砦、〈土防壁〉」
即座に、妖術で構築された琴葉の周りを囲う土の壁。
「それ、有り?」
思わず斗真は突っ込むが、これで琴葉に直接触ることが出来なくなった。
斗真は土の壁の前で立ち止まる。
そこで、土の壁の向こうで詠唱が聞こえる。
「炎々と燃える赤の波、火炎の螺旋、如何なる者も焼き尽くす熱の刃、怨敵を滅する火災の子、宴となって火を祭れ」
今までよりも長い詠唱。
「なっ?!この詠唱は?!」
遠くで、墨岡が驚愕していた。
斗真は〈魔力眼〉ではっきり見た。
自身の周りに、膨大な魔力が集約されていくのを。
この場に留まっていたら、不味い。
異世界で培った戦闘経験が警鐘を鳴らす。
「〈炎円宴〉」
斗真は条件反射で足に全魔力を集中する。
ゴオオオオオオオ!!!
一瞬後、斗真がいた場所を、炎の渦が包み込む。
斗真を飲み込むほどの膨大な炎が舞い上がる。
例えるなら、炎の滝壺。
多くの火が宴をしているように。
離れて試験を見ていた楓と墨岡にも、熱量が頬にしっかりと伝わってくる。
「斗真?!」
楓が、悲鳴に似た叫び声を出す。
「こ、こ、琴葉さん?!本気出し過ぎです!」
墨岡も慌てた様子で叫ぶ。
明らかな大技。
こんなものをまともに食らったら、一溜りも無い。
「…………斗真」
楓は固唾を飲んで炎の渦を見る。
暫くして、炎の渦が晴れる。
斗真の姿は…………無かった。
斗真は何処に?
そう思って、目を世話しなく動かし、楓と墨岡は斗真を探す。
その時………ドガン!!
「きゃあ?!」
何かの破壊音と琴葉の悲鳴が、ほぼ同時に響く。
飛び散る土の破片。
琴葉の周囲を守っていた〈土防壁〉が後方から崩れたのだ。
〈土防壁〉の後方……そこには、何と炎の渦に包まれたと思われた斗真がいた。
斗真は〈土防壁〉が崩れたことで姿が現れた琴葉に詰め寄り、肩に手を置く。
「触りました」
「え?」
「合格ですよね?」
この試験は、触れば合格。
ならば、これで終わりのはずだ。
琴葉は数秒、目を瞬かせた後、ため息をつく。
「はぁ…ええ、合格よ」
琴葉は合格を宣言する。
それにより、斗真も息を吐く。
試験とは言え、泥田坊以上の相手に自然と気が引き締まった。
魔力で肉体強化しているとはいえ、高速で向かう火の玉と土の矢、どれも当たれば無傷では行かなかっただろう。
タタタタタ!!
ここで、斗真に向かってくる緋色髪の人物がいた。
「斗真!大丈夫?!」
無論、楓である。
楓は心配そうに斗真に駆け寄り、無事かどうか確認する。
斗真は胸を手で叩く。
「何とかな。攻撃は当たってないから、怪我は無い」
「そう……良かった」
楓は安堵する。
「それにしても斗真はよく琴葉さんの〈炎円宴〉を浴びても無事だったね。あれ、琴葉さんの妖術の中では、一番強力な奴だよ」
楓は先程の〈炎円宴〉を食らって、斗真が無傷なのが不思議なようだ。
「ああ…それは、そもそも当たっていないからだ」
「当たってない?」
「そう。説明すると…………」
そこで、斗真は詳細を説明する。
何が起こったかと言うと、斗真は〈炎円宴〉が自身に直撃する前に、回避したのだ。
足に全魔力を集中し、誰の目にも止まらぬ超高速で。
これは「縮地」という技。
原理としては、最大まで肉体強化した脚力で、思いっきり地面を蹴る。
さらに、蹴る際に地面に魔力を放出して、その反作用で瞬時に移動する。
泥田坊との戦いで使った「魔弾」と同じく、異世界の魔力を用いた戦闘技術だ。
斗真は「縮地」を使って、そのまま琴葉を守る〈土防壁〉の後方まで回避した後、〈土防壁〉を破壊した。
「つまり、当たったように見えて、実際は当たってないって事ね」
楓の言う通り、遠目には斗真は炎の渦に飲まれたように見えたが、周囲が炎で囲まれる前に脱出していたのだ。
楓の〈緋針〉に魔力を纏わせ、魔力で強化した腕力による投石技術である「魔弾」で、泥田坊の腕を破壊したのと同じ。
今度は威力を上げた〈土矢〉の投石で、〈土防壁〉の外壁を壊したのだ。
〈土矢〉に関しては、斗真に放たれた時、躱しざまに、一個くすねさせて貰った。
「完敗だわ。まさか、〈炎円宴〉を躱されるなんて」
いつの間にか、琴葉は「姿化かし」の簪を頭に差して、人の姿になっていた。
「琴葉さん!試験でも、あれは行き過ぎです!当たってたら、斗真もただでは済まないですよ」
楓は、琴葉の最後の攻撃について非難する。
「ごめんなさい。つい、私も熱くなっていたわ」
琴葉は反省しているのか、頭を斗真に下げる。
斗真は気にしていないと言った風に、両手を出す。
「気にしていませんよ。別に当たっても大丈夫でした。だって、中は空洞でしたし」
「え?」
斗真の言葉に、楓は首を傾げる。
斗真は「縮地」で回避した際に、〈魔力眼〉で〈炎円宴〉を見たが、外側は炎で埋め尽くされていたが、中は炎が出ていなかった。
あのまま、斗真が回避しなくても斗真が火に包まれることは無かったという訳だ。
きっと琴葉が斗真の事を考えて、手心を加えたのだろう。
「何はともあれ、これで俺は退魔士になったな」
「斗真って、何か呑気だね」
呆れた顔をしつつも、何だかんだ嬉しそうな笑みで、楓は斗真を見ていた。




