013退魔士への試験①
「それで……試験は具体的には、何を」
「そうね。ここは手っ取り早く、楓の時にやった試験と同じ物が良いかしら」
そう言って、琴葉は着物の中に手を入れ、懐の中から拳台の水晶を取り出す。
一見して、ガラス製の水晶。
「この水晶に触れてみて」
言われた通り、斗真は琴葉が持っている水晶に触れる。
すると、水晶へ自身の魔力が流れる感覚がする。
それによって、水晶にも変化が起こる。
半透明の水晶であったが、次第に青く光り始める。
斗真の手の中にある水晶へどんどん魔力が流れていき、数秒経てば、水晶が濃い青色に染められる。
「ふむ…ふむ…」
琴葉は水晶を観察して、満足げに首を縦に振る。
「素晴らしい妖気量だわ!」
琴葉は斗真の妖気量を称賛した。
ここで言う妖気量は、斗真が持つ魔力の量である。
今の斗真は元の世界に戻った影響なのか、異世界に帰る直前より、魔力量は小さい。
異世界では、主に鍛錬や戦闘経験によって魔力量を増やすことが出来た。
それならば、これから退魔士として活動していけば、次第に魔力量も増えるだろう。
「その水晶で妖気量が分かるんですか?」
「ええ、これは「妖気晶」と言って、妖気を溜める特殊な水晶なの」
琴葉は青くなった水晶…「妖気晶」を斗真から受け取り、ぐるりと見渡す。
「色の濃度で大まかな妖気量が分かるの。斗真の場合、妖気は並の妖怪よりもずっと多くて、楓よりは少ない感じね」
斗真はチラリと、楓を見る。
確かに、元の世界に帰って早々、楓と緑鬼が戦っている場面で、斗真は〈魔力眼〉で楓の保有する魔力を見たが、魔族と同レベルの魔力を持っていた。
「と言っても、楓は”少し特別”な子だし、気にする必要は無いわ」
琴葉は水晶を仕舞う。
「じゃあ、次はこっちね」
琴葉は次に、蝋燭の一本を取り出す。
部屋の隅に置かれている数十の白い蝋燭とは違った、紫色をした蝋燭。
「これは「妖火蝋」。持つ人の妖気に反応して、火を灯す特殊な蝋燭。規定以上の妖気を注がないと火が灯らないし、逆に妖気を注ぎ過ぎると、すぐに蝋燭が燃え尽いちゃう。取り敢えず、これに火を灯して見て」
つまり、これで正確な妖気の放出量と制御力を測るという事か。
斗真は琴葉から、「妖火蝋」を受け取る。
そして、両手で持った「妖火蝋」に対して、魔力を注ぐ。
始めは小さく、徐々に魔力を注ぐ量を増やす。
ポッ。
蝋燭に火が灯る。
そうか、これぐらいの魔力で火が灯るんだな。
魔力を注ぎ過ぎないように、斗真は放出量を一定に保つ。
そして、琴葉に顔を向ける。
「この後は?」
「うん。そのまま出来る限り火を灯し続けて」
「分かりました」
別に難しいことではない。
この魔力量の放出を一定に維持すればいいだけだ。
斗真は「妖火蝋」に火を灯し続けたから、およそ十分が経過した。
「妖火蝋」は多少、蝋燭の長さが短くなっているが、まだまだ余裕がありそうである。
斗真の様子を見ていた墨岡は、小さい声で琴葉と楓に言う。
「こ、これ凄くないですか。普通、どんなに妖気の操作が上手くても、「妖火蝋」なんて五分すれば燃え尽きますよ。それなのに、十分も」
墨岡はかなり驚いた様子であったが、それは琴葉も楓も同じだった。
「そうね。想像以上に妖気の操作技術が高いわ。楓の時は、十秒も持たなかったかしら。馬鹿みたいに妖気を注ぎ込んだから、あっという間に燃え尽きちゃったね」
「そ、それは最初の一本目の時です。二本目は十五秒ぐらいは持った…………と思います」
頬を引きつらせる楓を琴葉は横目で、クスリと笑う。
そして、斗真を見据える。
「それにしても、一体…斗真は何処でこの技術を身に着けたのかしら。あの妖気の扱い様、独学とは思えない」
「えっと…斗真が言うには、妖獣がいない場所で五年間、妖気を使った戦闘訓練を学んでいたそうです。私もよく分かりません」
「妖獣のいない場所で?五年間?そして、戦闘訓練?う~ん………」
楓の説明によって、琴葉の頭上に多くのハテナマークが出来る。
琴葉は暫く思案した後、
「今は彼の過去を詮索するのは止しましょう。会って、少ししか経っていないけど、彼は邪な人では無いわ。いずれ、彼の口から詳しいことが聞けるかもしれないわ」
琴葉はそのように締めくくると、斗真に声を掛ける。
「斗真!もう十分よ!」
「え?……はい」
琴葉は斗真から「妖火蝋」を回収する。
「妖火蝋」は、まだ半分の長さが残っていた。
「妖気の量も、妖気の扱いも。どれも問題なかったわ。寧ろ、合格点以上ね」
「それでは、退魔士の試験は合格ってことですか?」
斗真に質問に、琴葉は指を一本立てる。
「後、一つだけ試験を受けてもらうわ。最後のは、実戦による試験」
琴葉は唐突に部屋の奥へ歩き出し、台の上に置かれている鏡に手を触れる。
「みんな、この鏡に触れて」
琴葉に言われたので、斗真、楓、墨岡は鏡の方へ行き、それぞれ手で触れる。
この大きな丸い鏡は多くの魔力を纏っている。
これと似たものとして、楓の草履がある。
もしかしたら、この鏡は楓の草履と同じ、妖具なのかもしれない。
斗真がそう思っていたら、
「〈封〉」
琴葉が鏡に向かって唱える。
数瞬後、鏡が光り輝き出す。
その輝きが段々強くなり、斗真たちを包み込む。
その後に感じる浮遊感。
それはまるで異世界に来た際の、召喚魔法を受けた時の感覚に酷似していた。
光が収まると、斗真は見知らぬ場所にいるのに気づく。
そこは斗真の高校の体育館と同じスペース。
全体的に薄暗く、何もない。
さっきまでいた部屋と違い、壁や天井、床に至るまで、これでもかと言うほどの大量のお札が張られてあった。
「ここは平たく言えば、さっきの鏡の中。ここなら、思う存分動いても、大丈夫。外に影響は無い」
鏡の中の空間………それにしては、何とも殺風景を通り越し、息が詰まる空間であった。
琴葉は今、その空間の中央辺りにいた。
彼女は頭に手を持っていき、簪を引き抜く。
すると、琴葉の体から夥しい魔力が発せられ、妖狐の姿になる。
妖怪の姿になった琴葉…………しかし、それで終わりではなかった。
琴葉は右手で印を結び、唱える。
「我、人と獣…二つの道を求める者なり。〈人獣化〉」
それは詠唱による魔法。
ここでは、妖術と言ったか。
妖狐が行使した妖術で、妖狐の体が変化する。
金色の体毛で覆われた狐の姿から、人型の姿に変わる。
ここまでなら、「姿化かし」で人の姿になった時と同じ。
違う点は人の姿になった琴葉の頭に狐の耳が生え、狐特有のフワリとした尻尾が生えていることか。
斗真は口を半開きにして、人と獣が混ざった琴葉の見る。
「ふふ…驚いた?私たち妖狐は、妖術に長けた妖怪。これは〈人獣化〉といって、”人獣”になる妖術よ」
琴葉の言う通り、斗真は驚いている。
それは琴葉が人獣になったのもあるが、一番の驚きは琴葉の人獣になった見た目が、異世界でも見たことがあるところだ。
人獣になった琴葉は異世界にいた『獣人』という種族、その中でも”狐の獣人”に似ている…………というか、そのままだ。
獣人は、まさに人と獣を混ぜた種族であり、人の姿をしつつも獣と同等の身体能力を有していた。
鼠の獣人や虎の獣人、鳥の獣人など、様々な獣人がいた。
殆どの獣人は魔力を持っていなかったが、中には『魔族』並みの魔力を持ち、魔法に長けた獣人もいた。
例えば、狐の獣人とか。
「人獣は、私たちのような妖狐にとって、一つ上の進化形態と言った方が分かりやすいかしら」
琴葉は口角を上げて、不敵に笑う。
進化形態と言うだけあって、琴葉からは狐の見た目であった妖狐の時と比べて、格段に強い気配を感じる。
何というか、纏う魔力が洗練されていると言うか。
感覚的に、数日前に退治した泥田坊よりは強いだろう。
「さぁ…今から実戦の試験をやるわよ。この試験を突破すれば、斗真は晴れて退魔士になれるわ」
斗真は異世界での戦闘経験故か、無意識に呼吸を整え、重心を落とした。




