Game.0 Prolog
深淵 時曲は、生まれた時から才能と能力に恵まれた人間だった。
幼い頃から他より出来ないことは一つも無かったし、学校も習い事も、何もかもが彼にとってはただクリアするだけの『ゲーム』と同じようなものであった。
――だが、そんな彼はこの世界が吐いて捨てるほど嫌いだった。
型に嵌った生き方を強要される現代の社会において、彼の能力や才能は彼にとって、周りからの期待に応えなくてはならないという重荷にしかならなかったからだ。
偏差値の高い学校に通って優秀な成績を収め、一流の企業に就職し、その中で出会った誰かと結婚して、子供もまた一流に育てる。そんな「普通」の幸せな人生は、彼の望む人生とは遠くかけ離れていた。
それでも皆の期待に応え続けた彼に対して、世間は決して優しくなかった。今は、そんな過去が彼から現実世界に生きる気力や目的を奪うきっかけになってしまった、ということだけ言っておこう。
そんな彼が選んだ道は、彼がこの世界で唯一好きだったものである『ゲーム』の世界に閉じこもることだった。
幼い頃から何でもできた彼にとってはもちろんゲームをクリアすることも簡単なことだったが、ゲームは何もクリアすることが目的のものばかりではない。
彼がプレイするのは対人戦をメインとしたオンラインゲーム。その中でも特に彼が好んでプレイしていたのは、MMORPGと呼ばれる、大人数が同時にオンラインになり同じフィールドで行動する自由度の高いゲームだ。
そんな彼にとってはこのたった一つのゲームだけが、本物の世界になっていたのは間違いない。だが当然、現実を捨ててゲームに全ての時間を費やす人生が本当の意味で彼を満たすことはなかった。
ゲームの世界で生きることを選んだ時曲は、これからも自分が妥協で溺れた人生を未来永劫送っていくのだと思っていた。
──ゲームの世界が、本当の意味で彼の現実になるまでは。
【 ABYSS ONLINE 】それが、彼の人生を変えたゲームの名だった。
────さあ、物語を始めよう────