出撃準備
翌朝、俺はモーリスと共に、実戦運用する兵器を選ぶ為にガレージへと足を運んだ。
アナライザーには『メインウェポン』『サブウェポン』『ショルダーウェポン』『近接武器』『その他』の計5分類の武装がある。
昨日訓練で使ったAKMはメインウェポンの区分に入る。その為メインウェポン自体は即決だった。
「メインウェポンは昨日のアレで決まりだな。となりゃあ次はサブウェポンを選ぶか。」
サブウェポン。メインで運用する兵器とは別に用意する補助目的が大きい兵器で、リロードの隙を埋めたりメインウェポンが何らかの事故で使えなくなってしまった時の継続戦闘手段だ。時にはメインウェポンとは別系統の装備を当てはめる事で、状況に合わせた兵装転換を行うといった目的でも運用される。
俺はどちらかというと補助目的での運用を考えている為、選ぶカテゴリーは『サブマシンガン』と『ハンドガン』の2種類からだった。
「サブマシンガンで補助的な弾幕を張るのも良いけど、ハンドガンの取り回しの良さも捨てがたいな…」
「そうだなぁ〜、坊主が使うってなりゃあどっちも良い選択なんだろうが……坊主はメインでAKMを使う訳だろ?だったら弾幕はそっちに任せて、即応性や取り回しで勝るハンドガンのほうが良いんじゃねぇか?」
「……それもそうだな。なら、ハンドガンにしておくか。」
端末を操作し、ハンドガンの項目を選択する。
ハンドガンのカテゴリーの中には、何種類かの各国のハンドガンがリストアップされていた。
選択肢の一つ目は『スプリングフィールドXD』というアメリカ製のハンドガンだ。スプリングフィールド社がアメリカの会社である為アメリカ製となっているものの、設計したのはクロアチアであるという異色の経歴を持つハンドガンである。使用する弾薬は9✕19mm<B>パラベラム弾で、世界各国で使用される普及率の高い拳銃弾のサイズアップ版である。
二つ目は『トカレフTT-33』というソ連製のハンドガンだ。構造の徹底的な簡略化によって、生産や分解整備をする上でこの上ないアドバンテージを得たが、簡略化に注力するあまり本来銃には必要不可欠な安全装置すら省いてしまったトンデモ拳銃である。極寒のソ連で運用した場合に、セイフティ等が凍結する事による発射不可な状況に陥らないようにするという設計思想はあったものの、流石に防衛部隊で使うには危険過ぎる為、セイフティを追加してある。使用弾薬は7.62✕25mm<B>マカロフ弾で、貫通性能に優れる優秀な弾薬を用いる。
三つ目は『ジェリコ941』というイスラエル製のハンドガンだ。通称『ベビーイーグル』とも呼ばれるこのハンドガンは、前身となったCZ75の剛性不足を解決し、さらにメンテナンスを簡略化した優秀な自動拳銃である。使用弾薬は9✕19mm<B>パラベラム弾と、スプリングフィールドXDと同じ弾薬を用いる。
四つ目は『MP-443グラッチ』というロシア製のハンドガンである。ロシア製の長所と言える堅牢さを受け継ぎつつも近代化され、多様な局面に対応出来るようになった傑作拳銃である。トカレフTT-33よりも後に製造された自動拳銃であり、保守的ながらも優秀な拳銃と言えるだろう。使用弾薬はスプリングフィールドXDやジェリコ941と同じ9✕19mm<B>パラベラム弾を用いる。
どれも傑作と呼べる拳銃──トカレフTT-33は1部分を除けば優秀な拳銃──である為、非常に迷った。
「……決めた、これにする。」
「お?決まったか……コイツは…」
画面に表示される一丁の拳銃。
名前は『MP-443グラッチ』。
メインウェポンがロシア製というのもあり、サブウェポンもロシア製に統一する事にした。
ロシア製の堅牢さは、アナライザーでの戦闘でも役立ってくれる事だろう。
それから俺は、SB-1に搭載する武装を着々と決めていった。
メインウェポンは訓練でも扱った『AKM』。
サブウェポンは先程決めた『MP-443グラッチ』。
ショルダーウェポンには、アルファ隊での使用率が高い4連装ミサイルポッドを搭載。
近接武器には、汎用性の高いセレーション付きのマチェットを採用。
その他にも、アルファ隊で正式採用されているバリスティックシールドを採用し、全ての武装選択を終えた。
このアナライザーでの戦闘は、前衛として前に出て戦闘を行うスタイルとなる。バリスティックシールドやショルダーシールドを活用しつつ、敵に銃弾を浴びせるのが主な仕事となる。
「うっし、兵装も決まった事だし、後は整備班に任せるとしようぜ。俺達は宿舎に戻るぞ。」
「分かった。」
整備スタッフ達に一声掛けた後、モーリスと共にガレージを後にする。
宿舎に戻ると、ヴァネッサがパソコンデスクで作業をしているのが目に入った。
「おや、兵装は決まったのかい?なら丁度いい…メルト、ちょっとこっち来な。」
ヴァネッサに呼ばれ、彼女の側へと向かう。
「どうかしたのか?」
「いやね、ちょいとアンタに見て貰いたいものがあってね…コイツを見てくれるかい?」
彼女はそう言ってモニターにある画像を表示する。
そこには先日俺が足を運んだ商業区が映っていた。
「これは……?」
「ドローンで商業区を上から見た画像さね。んで、ちょいとズームするよ……ほら、ここ。」
「……随分と傷だらけだな。」
ズームされた画像には、幾つもの弾痕が刻まれ、傷だらけとなった外壁の一部が映し出されていた。
「少し前、商業区で小規模なレイダーの襲撃があった……これはその襲撃を受けたエリアだ。」
そう言いつつ彼女は、もう一枚の画像を横に表示する。その画像は商業区を真上から全体が映る様に撮られたものだった。
「襲撃箇所とそれ以外の部分……見比べてみて違和感を感じないか?」
違和感……?
二つの画像を見比べて見る。商業区は周囲を壁で囲まれており、その上部に迎撃用のターレットとミサイルポットが設置されている。その直下には警備部隊の詰め所があり、さらに随所にレーダーサイトが設置されている為、商業区の護りは強固といっても過言ではない。
しかし二つの画像を見つめるうちに、ある違和感が目に付いた。
襲撃を受けたエリア、その壁上にもターレットとミサイルポットが設置されている。しかし、目を凝らしてよく見ても、レーダーサイトらしきものの姿が確認出来ないのだ。
「……気付いたようだね。」
「あぁ……何故此処だけレーダーサイトがないんだ?レーダーサイトの設置は均等に行われているんだろう?」
「本来であればそうさね……だが、ここは設置が出来ないエリアなのさ。」
設置が出来ない、とはどういう事だろうか。
「商業区にほど近い所に、隆起した大きい岩山があってね……丁度それが襲撃エリアのすぐ近くまで伸びてるのさ。コイツが邪魔モノでねぇ……レーダーサイトってのは上空だけでなく、レーダーを中心としてその周囲も探知出来るシロモノなんだが……この岩山がレーダー側に傾いて隆起してるせいで、レーダーサイトが正常に機能しなかったのさ。」
探知範囲の半分以上を岩山が隠してしまえば、そのレーダーサイトは設置する意味の大半を失ってしまう。
「最初は設置してたレーダーサイトだったが、結局取り外され、今の状態って訳だ。一応防衛能力の低下を防ぐ為に陸上部隊は多めに駐留してるらしいが……ま、そのおかげで襲撃に対応出来たってのは皮肉なもんだがねぇ……」
つまり襲撃してきたレイダーは、このレーダーサイトの穴を突いて襲撃して来た、という事か…。
「……そんでもってだ。この時の襲撃は、レイダーが3機と随分小規模なものだった。まるで此方の出方を伺うみたいに……」
小規模な部隊を展開する事。それは、大部隊で行うには兵力が過剰となる作戦を遂行する上で行われる。
敵陣に迅速に浸透し、必要な情報を収集しつつ撹乱を行う戦術。それが『偵察』。
「変な話だろう?攻めて来るには随分とショボい戦力で、わざわざ此方の出方を伺うような真似をしてさ……」
偵察を事前に行う…それらが意味するもの…
「奴さん達の真意、それは──」
ゆっくりと、恐ろしい事実が浮かび上がってくる。
まるで水泡が海中から浮かびあがるように。
ゆっくりと、確実に。
「──奴らは、商業区に対し大規模な攻勢を行う準備を整えている可能性がある。」
戦慄した。
それはつまり、此方の防衛準備が整う前に攻勢が始まるという事を意味している。
なんの準備もされていない、大規模な攻勢の前には無防備にも等しい商業区に。
レイダーの軍勢が、攻めてくる。
「理解したようだね……幸い、ウチの連中は話の分かる奴が多くてね、今色々と準備を勧めているんだが……問題は上層部──つまり国さ。」
ヴァネッサは腕を組みながら此方に向き直る。
「上の連中は頭が固い連中ばかりでねぇ……実際に動いてくれるのは少数なのさ。おかげで商業区には混乱を防ぐ名目で避難勧告をしないよう通達が来てる…避難誘導は、事が起こってからって訳さ。」
「それじゃあ遅すぎるだろう……」
最悪、何千という人々が犠牲になりかねない。
「そう、遅すぎる。だから動かない無能な上層部に変わって、アタシらは水面下で準備を済ませておくって訳さ……呆れた話だろう?」
……いつの時代も、上層部が無能なのは変わらないようだ。
「当然、アンタにも出撃してもらう事になる訳だが……覚悟は出来てるかい?」
ヴァネッサは鋭い目付きで此方を見つめてくる。
俺が此処で日和るのか、見定めているのだろう。
「俺は記憶が無いから、元はどんな感情をこの世界に抱いていたのかは分からない……。でも、」
「俺は、今の俺が守りたいモノの為に戦う。」
ハッキリと、そう宣言した。
彼女らには、記憶の無い俺にこうして居場所をくれた恩がある。
俺は、その恩に報いたい。
「フッ……良い返事さね。その言葉、忘れるんじゃないよ!」
ヴァネッサが背中をバンバン叩きながらそう告げる。
痛ぇ……
「さてと!アンタにはジャンジャン動いて貰うからね!!とりあえず──『ビーーーーーーーーーーーーーーーッ』……っち、お出ましのようだね…」
唐突にブザーが鳴り響いた。
「なんだ!?」
「奴さんの襲撃があったのさ!!どうやら付近のレーダーサイトに引っ掛かったみたいだねぇ……どれどれ」
「襲撃か!?ヴァネッサ!!」
先程まで自室で待機していたモーリスが、慌ててリビングへと駆け込んできた。
「あぁ、そうさ。奴さん、来たみたいだよ。モーリス、宿舎にいる奴ら全員呼んできな!ヘンリクとトリシャ以外はいる筈さね!」
ヘンリクとトリシャは今、この支部を離れて別の区域に視察に出ている最中だ。人員は少ないが、やるしかないだろう。
俺はモニターに表示される赤い光点を見つめつつ、全員が揃うのを待つのだった。
お読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m