信頼と期待
「目を覚まして早々悪いが……仕事だ、メルト君。」
退院してすぐ、ヘンリクから招集が掛かった。俺も戦線復帰する気でいたから特に問題はないが、早々に入った仕事に若干嫌な予感がしている。
「ドイツ革命派の連中とフランス、この合同軍が現状での敵国であったが……さらに敵国追加のお知らせが届いた。」
……まぁ、そんな気はしてた。
「それで、今回は何処が参入して来たんです?近場で言えばイタリア辺りですが……」
「いや、イタリアではない。今回参入してきたのは────ポーランドだ。」
ポーランド。ドイツの隣に位置するヨーロッパの国の一つであり、ドイツと同規模の国土面積を持つ国だ。普通であれば隣国を巻き込んだと考えられるが……
「……ポーランドって確か、ドイツに戦後の賠償を求めている状態だった筈……そんな友好な関係性でしたっけ?」
そう、ドイツは第二次世界大戦の賠償を、ポーランドに支払い終えていないのである。そんな国に、わざわざ味方として付こうとは到底思えない。
「そうだ……ドイツは今も、ポーランドへの賠償を終えていない……そう、長い間だ。」
「……まさか。」
「君の考えつく通りだ……ポーランドはドイツの革命に乗じて、戦後賠償の完済を目論んでいる。3iからの情報によると、戦後賠償を完済させる事を条件に、革命派勢力への参入を持ち掛けたらしい。」
3i……アメリカのブラウン大統領直轄の諜報機関であり、アメリカでもほんの一部の人間しかその存在を知らない『見えない諜報機関』だ。
相変わらず、あの大統領は色々と手を回しているらしい。
異空間が自国に発生して以降、ポーランドは異空間調査を積極的に行っている。ロシア製の主力戦車を改造していた頃と打って変わって、最新型の戦車や航空機、そしてアナライザーを製造している軍事大国となっているのだ。
「ブラウン大統領から送られてきた情報によると、3日後に大規模な物資の受け渡しが行われるらしい……革命派の連中に最新兵器が渡るのは避けたいところだ。」
俺達が今まで勝利を重ねてこられたのは、兵器の性能差が大きい。物量では向こうの方が勝っている以上、これ以上敵方のアドバンテージを増やす訳にはいかないのだ。
「よって、メルト君を含むアナライザー部隊にはこの物資輸送群を襲撃してもらい、革命派連中に物資が渡るのを防いで貰いたい。」
「なるほど……奇襲作戦か。」
「ただし輸送を阻止するのにも兵力が圧倒的に足りていないのは理解している。よって作戦は輸送の完全阻止ではなく、可能な限りの輸送阻止とする。くれぐれも無理はしないでくれたまえ。君達の命の方が、物資よりも遥かに重いのだから。」
「了解。必ず生きて帰る。」
こんな所で死んでたまるか。
「それでいい。同行するメンバーはメルト君、君に一任しよう。部隊の人数は君を含めて4人まで、隊長は勿論……君だ。」
俺が隊長……?
「そう不思議そうな顔をするな、ちゃんと考えての事だ。今後、無人機や樹脂人形を率いての作戦が増えてくると予想される……これはその予行演習とでも思えば良い。」
予行演習、と言っても指示を出すのには慣れてないんだよなぁ……上手く出来るだろうか?
「安心しろ、ウチの隊のメンバーならば万が一間違っていてもフォローしてくれる。君がやりたいようにやるといい。」
「……分かった。精一杯、やってみるよ。」
「うむ、頑張ってくれたまえ。」
ヘンリクの部屋を後にし、部隊の人選を考える。正直、戦団のメンバーであれば誰でも大丈夫な気がするが……いっそシンプルに決めようか。今回の作戦に必要な能力は、
・多対一が得意である事
・奇襲作戦に向いている事
以上の2つだ。この条件に合致する人選は……
頭の中で人選を決定し、俺はメンバーを呼びに走った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「集まってくれてありがとう、皆。」
ブリーフィングルームにて、俺が選んだメンバーが集合している。
「他でもないメルト君の頼みだ、当然だとも。」
「そうさね、それにアタシを選ぶなんて良いセンスしてるじゃないか!!」
「一周回って戦況悪化すんじゃねぇの?──いっでえ!?」
「喧しい!蹴られたいのかい?」
「もう蹴ってんだろうがよ!?」
……若干騒々しい面子だが、今回俺が選んだのはヴィンセント、ヴァネッサ、モーリスの3人だ。『サイレントサイス』の異名を持つヴィンセントに爆発物関連に詳しいヴァネッサ、弾幕による面制圧を得意とするモーリスという組み合わせだ。
「今回の作戦は俺が指揮を取る事になっている……何か拙い事があったら遠慮なく言ってくれると助かる。」
「そう弱気になんじゃないよ、大丈夫だ……アタシ等が付いてる。」
「……ありがとう。」
この信頼と期待に、精一杯応えるとしよう。
「作戦を説明する。隣接するエリア022にて、ポーランド軍と革命派連中による物資の受け渡しが行われる。俺達はこのポーランド軍の物資輸送群を叩き、革命派へと渡る物資を可能な限り削ぐ事だ。…なお、既にポーランド側からの参戦及び宣戦布告はなされている為、迎撃及び殲滅は許可されている。よって、容赦なく殲滅してもらっても結構だ。」
「敵の護衛戦力は?」
ヴィンセントが手を挙げつつ質問する。
「確認されている限りではアナライザー、装甲車、戦闘ヘリ、そして歩兵だ。物資輸送の護衛である以上、速度重視の護衛部隊となっているようだ。」
手元の端末を操作して、確認されている戦力を各自の端末と立体映像に映し出す。ほんと便利だなこれ…。
「BWP-1にBWP-40か。確かに小回りが効くやつばっかだな。」
BWP-1はソ連製歩兵戦闘車両であるBMP-1をポーランドが自国仕様に改造したもので、性能そのものには大差がなく、BWP-40もBWP-1の砲塔を40mm機関砲に換装した代物だ。一見すると便利に見えるこの車両だが、オリジナルのソ連製の頃から性能が著しく低く、装甲の貧弱さや主砲の73mm低圧滑空砲が命中しにくい代物であるといった、数多くの欠点を抱えている車両なのである。
俺もソ連製は好きだが、流石にコレは資料を読んでいて悲しくなってくるレベルだった。
しかしそんな装甲車であっても、数の面では大きなアドバンテージを得ている。ソ連ルーツの兵器の中では高級品であるBWP-1だが、やはりソ連製の強みである量産向きという強みはしっかりと受け継いでいる。過剰な評価は控えるべきだろうが、注意しておく事に越した事はない。
「戦闘ヘリはソ連製のMi-24とアメリカ製のAH-64の混成部隊か…アナライザーに比べりゃ貧弱だが、対戦車ミサイルには注意がいるね。万が一装甲をぶち抜かれちゃたまらないからねぇ。」
元は西側諸国から兵器を輸入していたこともあり、ポーランド軍にもアメリカ製の兵器は存在する。アナライザーに比べると装甲や火力は貧弱だが、対戦車ミサイルを何発も撃たれるのだけは勘弁願いたい。
「モーリス、敵の戦闘ヘリの殲滅を頼めるか?」
「おう!任せとけ!全部纏めて薙ぎ払ってやる!」
航空戦力への対処はモーリスに任せるとして……
「ヴァネッサ、物資輸送群の通過地点であるこの橋……落とせるか?」
エリア022には、切り立った渓谷になっている場所があり、対岸へと続く大きな橋があるのだ。
「勿論、落とせるさね。……メルト、アンタ中々にエグいやり方をするねぇ。」
「戦力差を考えての事だよ。ま、やってる事がヤバイのは認めるよ。」
この大きな橋、"ベルチア大橋"を落とせば、今回の作戦だけでなく、今後のドイツ-ポーランド間での物資輸送を絶つ事ができる。空路での輸送に限界がある以上、大打撃は避けられないはずだ。
「ヴィンセントは俺と一緒に足止めと撹乱に徹して貰おうと思う。護衛部隊を潰しつつ、輸送車両が通過出来ないようにしてくれ。」
「了解だ。ひとまず、護衛部隊の指揮官の首でも狩るとしようか…。」
ヴィンセントが何か怖い事を言っているがスルーしよう。敵の指揮官はご愁傷さまとしか言いようがない。
「それと物資を鹵獲するのもアリだが…この辺は各自の判断で構わない。最悪、革命派連中に物資が届かなければいいんだから。」
端末を置き、椅子から立つ。それに続くように3人も立ち上がり、俺の方を見つめている。
ひと呼吸置いて、言葉を紡ぐ。
「今回の作戦は物資輸送の阻止だ。しかしながら完全阻止である必要性は無い。これは受け売りだが、多くの物資よりも俺達の命の方が価値が重い。だからこそ───生きて帰ろう。」
「「「了解。」」」
「コールサインは『ハウンド』で統一する。……以上、解散!」
各自がそれぞれ、自分のアナライザーへと走って行く。俺もそれに続いて愛機の元へと駆け寄る。
……部隊の隊長としての不安がない訳じゃない。
でもだからこそ、俺は俺を信じてくれた皆を俺も信じる。そうすればきっとなんとかなる筈だ。
さあ行こう。
──信じるという意志と共に、戦場へ。
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