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朧火の意志  作者: 布都御魂
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向き合うという意志



「……なんだ此処?」


気がつくとそこは一面の闇の中で、せいぜい自分の身体が分かる程度の視界しかない、真っ暗闇だった。


何処までも続く……いや、もしかしたらすぐ壁に辿り着くかもしれない、そんな何一つ情報が得られない深い闇が、眼前には広がっていた。


ふと、気配がしたので後ろを振り向いた。


「……!ム、ムールシュト?」


そこにはムールシュトがいた。軍港防衛戦にてヘリで離脱した時にみた、あの若々しい容姿のムールシュト。


「お前、どうして此処に…いや、此処は何処なんだ?」


ムールシュトに問い掛けるも、返答は無い。ただそこに立ち尽くすのみだった。


そして気付いた。彼の身体が真っ黒に変色し、獲物を締め付ける蛇のように黒い何かが絡みついている事に。


『メル…ト……』


「っ…!」


あの鼓膜が破れそうな大声でも無く、勇ましい狂戦士のような声でも無く、その声は異音に塗れた掠れ声であった。


『カラダガ……ク…クズレテ…クンダ……イタクテイタクテ…タマラナインダ……。』


縋り付くように声を発しながら近づいてくるムールシュト。そんな彼を見る俺は、罪悪感に支配されていた。


あの時、黒い濁流に呑まれたムールシュトを、救う手立てがあったのではないか、そうだとすれば彼を殺したのは()()()()()()()()()()()()……。


飛躍し過ぎだ、とは分かっている…。原因はムールシュトにアザーライトを投与したフランスにあり、それに加えて今は戦時中なのだ……殺した敵兵を気にしている場合じゃないのも理解している。


そう、理解はしているのだ。だが、人間は合理性のみで生きている訳ではない。感情という、非合理的な部分を併せ持つ生き物だ。だからこそ、縋り付いてくるムールシュトを、振り払う事が出来なかった。


『イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ───』


「お、俺は……」


縋り付くムールシュトとそこから伸びる濁流の腕に呑み込まれるように、俺の意識はそこで途切れた。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


戦団拠点にある医療機関に、メルトは搬送された。攻勢からの帰還直後に突如意識を失い、大急ぎで救急車が手配された。付き添いにはヴィンセントとアンジェが車両に乗り込み、中央区間にある大病院"ピオス・ホスピタル"へと向かって行った。


オレはヴィンセントに代わって手続きを済ませ、データをヴァネッサに送信した後にメルトのいる大病院に足を運んでいた。民間人、軍人問わず利用できるこの戦団拠点での医療の中核を担うこの病院では、非常に質の高い医療を受ける事が出来る上、"フォートレス"の住民に配られる認証カードを提示すれば、格安で診療や治療を受ける事が出来る為、子供から大人まで幅広い年齢層がこの病院を利用している。


資金に関してはアメリカのブラウン大統領が政策として出している為、赤字になる事は無い。あの人の手腕によって生まれた多大な利益は、国民に多く注ぎ込まれており、この医療費補助を国民の血税から徴収するという事を彼は許さなかった。


その政策が功を奏し、アメリカでの死亡率は激減し、それに伴って大統領の支持率が更に上がる結果となった。……もはや英雄と呼ぶべき人間だろう。


受付を済ませ、メルトのいる個室へと向かう。入院用の部屋は塔ごと軍人と民間人で分けられており、一般人が軍人の痛ましい怪我を見てしまうという事故は限りなく少ないようになっている。


メルトがいる個室もまた、軍人用の入院塔だ。


ノックして、返答があってから病室に入る。白い清潔なベッドにはメルトが寝かせられていた。少なくとも急変等は起こっていないようで、彼は静かに目を瞑っていた。


「ジャックか、よく来た。」


傍らの椅子に座るヴィンセントがオレを見て言った。ふとベッドの端を見やると、メルトに縋るような形でアンジェが眠っていた。


彼女の目元は、涙で濡れているようだった。


「……やっぱり、泣いちまったカ…。」


「仕方ないさ……彼女を庇ったのは紛れもないメルト君だからね。心当たりとして十分すぎるだろうよ。」


メルトは、アンジェを庇ってムールシュトからの攻撃を受けた。ヴィンセントの説明によると、その時に出来た亀裂と小さな穴から侵入した黒い煙が、アザーライトの投与時に出る副作用である意識を失う症状を生じさせたのだとか。他の重篤な症状が出なくて安堵しているものの、依然として意識は戻っていない。


……アンジェの為にも、早く帰ってきて欲しいものだ。


「──失礼しますよ。」


コンコンッというノックと共に、白衣に身を包んだ男が病室へと入ってきた。この病院に勤務する医者であり、それでいてアザーライト関係の症状を独自に研究している研究者でもある『ノーザック・ラザール』氏だ。


「彼は……まだ目を覚ましていないようですね。」


ボッサボサの髪を手で弄りながら、手に持ったタブレットでチェック項目を確認していくノーザック。見た目に全くといって気を遣ってない男だが、『そんなものに貴重な時間を使っている暇はない…その時間で一人でも救えるなら、そんなものは不要でしょう。』と見た目にある程度気を遣っている他の医者達の前で言い放つ程、医療と研究に心血を注いでいる男でもある。現に、採掘現場でアザーライトの粉塵を誤って吸ってしまった作業員に付きっきりで治療を施し、無事完治にまで至らせた凄腕の医者なのだ。


「彼の身体には、粉塵ではなく異形化部位から発生した煙、言わば残滓のような物が侵入していた状態でした。その為目立った症状や部位の変質は起こらず、こうして静かに眠りについているという訳です。」


ノーザックは窓際へと向かい、窓を開けて換気しつつ話を続ける。


「しかしながら彼は一向に目覚めない……それは、彼が意識の奥の方で、アザーライトの副作用である『精神汚染』と戦っているからに他ならない。これは僕が担当してきた多くの患者から得たデータによって解明されたもので、彼以外にも多くの患者が精神の汚染を引き起こしていました。その汚染の程度は『本人がどれだけ抗ったか』で汚染度が変わり、過去のトラウマや刻まれた恐怖、拭いきれない罪悪感に負けてしまう事で汚染度が際限なく上昇していきます。」


ノーザックはどこか哀しげで、後悔が滲む声で話を続ける。それは彼が救えなかった患者達に対する自責の念からくるものであると、その当時を知らないオレでも理解出来た。


「精神が汚染されれば、肉体にも変化が現れます。こと、アザーライトが関わる場合には、肉体の異形化という形で現れてしまう……今の彼がそうなっていないのは、意識の奥で何らかの負の意識と戦っているからなのでしょう。」


「メルト……お前はまだ、戦ってるんだナ…。」


どうもしてやれない事が、酷くもどかしく感じた。


「……僕達に出来る事は、彼の意識が戻ってくるまで彼の命が絶たれないよう生命を維持することだけです。……あとは祈るのみ、ですよ。医者として、非化学的なものに縋るのは非常に癪ですが、それがほんの小さな可能性を秘めているかもしれないのなら、患者の負担にならない程度で、それらを許容すべきでしょう。」


──祈る、か…。


お前が帰ってくるってんなら、幾らでも祈ってやる。唐突に現れて、どんどんオレたちの日常に溶け込んでいって、いつの間にか掛け替えのない仲間になったメルト。どっから来たのかとか、そんな事は関係ねぇ……お前が、またオレたちと一緒に笑って過ごせるってんなら、俺は───




「──辛気臭いツラしてるなぁ……ジャック。」




「っ!メルト!!!目ぇ覚めたんだナ!!!」


少しばかり寝惚けた目をして、メルトが目を覚ました。その顔は何処か吹っ切れたような──いや、()()()()()目をしていた。


「調子は如何ですか、メルト君…特に、心の方は。」


「……もう大丈夫です。折り合いを、つけました。」


「そうですか……君は、強いのですね。」


メルトは意識の奥底で、負の意識との戦いに勝ったんだな……だからこそ、こうして帰ってきた。


「……強くはない、ですよ。俺は───」




ムールシュトの声を、無視出来なかった。




ムールシュトの嘆きから、目を背けられなかった。




でも、それでも。




きちんと向き合ったからこそ、前を向けた。




兵士である以上、人を殺す事になる。





兵士であったからこそ、前線で救えた命もある。





でもそれは、他の人でも同じ事だ。





死をもってして、人間は平等になる。





そして死をもって、人生を終える。





でも、俺達はまだ生きている。





今を生きる者の人生を、死者に対する罪悪感で塗り潰すのは、死んでいった者達への冒涜だと、俺は思う。





自分勝手でも良い……だって、戦争という人生を掛けたレースで、俺はムールシュトに勝ったのだから。





だったら、ムールシュトを踏み越えた者として、しっかりと前を向き続けよう。





そして向き合い続ける意志を、灯し続けよう。





───それが、アイツへ弔いになると、思うから。





「──俺は、弱いですよ。だからこそ、仲間に頼りつつ、生きていこうと決めているんです。それが、俺なりのケジメだから。」


メルトはハッキリとそう言い切った。心の中で様々な葛藤を遂げた上で、俺達と共に戦う事を選んでくれた。


それが、堪らなく嬉しかった。


「……ん………あっ!?メルト!!目を覚ましたんだ!!!」


メルトに突っ伏していたアンジェが目を覚まし、メルトに抱き着きながら帰還を喜ぶ。


「良かっだぁーーー、良かっだよぉぉぉ……。」


「ははっ、心配掛けてごめんな。」


泣きじゃくるアンジェを、メルトが宥める。病室で大声を出すアンジェに対しノーザックが何も言わないのは、彼なりの気遣いなのだろう……良い奴だな。


「……メルト君、ある程度落ち着いたら退院前の検診をしましょう。では、また後程。」


そう言って、ノーザックは退室して行った。…空気読みも完璧なようだ。ちなみにヴィンセントはずっと泣いている……いつもの冷静さはどうした。


永遠に泣くヴィンセントとアンジェはともかく。


「……色々言いたい事はあるが、とりあえず──」




「おかえり、メルト。」




「あぁ……ただいま。」










オレたちの側に帰って来てくれて、ありがとう。














お読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m

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