どうか安らかに
だいぶ更新が遅くなってしまいましたm(_ _)m
巨大な鉤爪を振りかざすムールシュトへと肉薄しつつAKMをフルオートでぶっ放す。大口径の7.62mm弾が変質した『ノワール』の装甲を穿ち貫き、着実なダメージを与えていく。
やはり7.62mm弾は偉大だ。昨今の主流となっている5.56mm弾も優秀ではあるものの、ストッピングパワーにおいては此方が遥かに優秀である。命中精度を取るか威力を取るかという問答は遥か昔の大戦期から続けられているが、俺は威力を重視すべきだと思ってしまう。命中精度は射手の技量や銃の性能である程度補えるが、威力やストッピングパワーに関しては使用する弾薬がものを言うからだ。
特に俺達が戦うのは人間よりも巨大かつ堅牢なアナライザーが中心となる。より大口径の弾薬を選ぶのは自明の理と言えるだろう。
そんな大火力が保証された弾薬をばら撒きつつ、少しづつムールシュトへと近づいて行く。一気に接近するのもいいが、あの歪な鉤爪の力がどの程度のものかを測りきれていない以上、安直な突撃は愚策となる。
現状フルオートで放ち続けてはいるが、黒い濁流の侵蝕された部分には傷をつける程度に留まっている。残念ながらAKMでは威力不足のようだ。
「レイピア2、牽制を頼む。」
『オッケー!──ほらほら、こっちだよっ!』
アンジェが弾幕を張りつつグルグルとムールシュトの周囲を走り回る。そんなアンジェを鬱陶しく感じたのか、ムールシュトの攻撃先が俺からアンジェへと移ったのが感じ取れた。
俺はその隙にAKMをウェポンハンガーに格納し、ここまで出番の無かった新兵器『RPG-7』を引っ張り出した。まぁ兵器のルーツ自体は新兵器という程でも無いが、サイズアップによって火力が爆上がりしてるので新兵器と言っても特に問題はないだろう。
RPG-7を肩に担ぎグリップをしっかり握りしめて照準を合わせる。装甲のみの部分を狙っても良いが、今はまずあの異形の腕をどうにかしなきゃならない…コイツが通じるか、試してみるとしよう。
「──レイピア2、タイミングは合わせる。」
『りょーかいだよっ!』
アンジェが弾幕を頭部のみに集中砲火しつつブースターで急加速して後退する───よし、射線が開けた。
『今だよっ!』
「──Fire!」
発射器のトリガーを引き、弾頭を発射する。サイズアップで共に大型化された弾頭が勢いよく発射され、ムールシュト目掛けてすっ飛んで行く。勢いそのままにムールシュトの変質した右腕に着弾、起爆する。
周囲が爆音と熱風に埋め尽くされる。爆裂した弾頭がムールシュトに猛威を振るい、着弾地点の黒い右腕を木っ端微塵に吹き飛ばした……というよりその右腕が繋がっている本体ごと吹き飛ばした。
アナライザー1機に対して過剰とも言える火力である事は確かなのだが、想定外の状況である以上火力はあるに越した事はないのである。現に砂煙の晴れた先には肩口から思い切り抉られた『ノワール』が鎮座しており、RPGの火力が通用している事を指し示していた。
しかしながら終了のゴングは鳴らないらしく、抉られた肩口からまたもや黒い濁流が溢れ出てくる。その濁流は流動しつつ形を変え、先程よりも大型な右腕を形作っていく。より大型な、腕というよりは刃にも似たそれは刃と逆側に大型の棘のようなセレーションを形どっており、無骨な剣というには禍々しさに溢れているものであった。
GAaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!
凶暴化したムールシュトがより機体に濁流を纏わせながら咆哮を上げる。その叫びはどこか悲痛で、まるで殺せと言わんばかりの──
その時、俺はある既視感を見出した。
悲痛な叫び。
凶暴化。
体の変質。
今回はアナライザーが変質しているものの、恐らくは中でムールシュトも変質していると予想される。
……俺はこの現象を知っている。
強制的に身体を変質させられ、言葉すら発せぬ狂気に満ちた怪物へと成り果てるあの姿を、俺は知っている。
アザーライト投与による肉体の変質だ。
思い出すのは星界教事件……聖職者を騙る狂信者がその信仰の為にと数々の子供達を犠牲にした忌むべき最悪の事件。あの時は投与されたアザーライトのエネルギー暴走によって身体が変質し化け物へとその姿を変えていた為、アナライザーを使用せざるを得ない程強力な力を持っていた。
今回も幾つかの差異は見られるものの、共通点が数多く見られている。考えたくはないが、ムールシュトは革命派連中にアザーライトを投与され、肉体・精神共に変質させられている可能性があるという事だ。
だから叫びが悲痛なものとなる。殺してくれと、もう終わらせてくれと、自らでその生を終える事ができなくなったムールシュトが、僅かに残った意識を振り絞った結果なのだ。
叫び散らすムールシュトが此方へと刃の様な腕を振り上げつつ突進して来る。恐らくもう、まともな思考すら出来ないのだろう、彼の流麗な剣技は見る影もなく、ただ振り回して斬撃を散らすのみとなってしまっている。
「……レイピア2、終わらせるぞ。」
『──分かった。』
此方の雰囲気を感じとったのか、アンジェの放つ雰囲気が真剣なものへと変わる。普段は明るい彼女であっても、きちんと切り替えが出来るというのが、彼女の長所であると言えるだろう。
そんな彼女の雰囲気を感じ取ったのか、ムールシュトが肥大化した鉤爪をアンジェへと向かって振りかざす。彼女の機体は速度重視の軽量機体であり、直撃すれば彼女の命が危ない。
そう思い立つが早いか、身体が先に動いていた。
アンジェへと向けられたムールシュトの放つ斬撃を咄嗟に小盾で受け止める。しかしながら想定よりも腕が肥大化していた為か受け止めきれず、胸部装甲に亀裂が入る。慌ててムールシュトを蹴り飛ばしつつ距離を取り、機体の損害状況を確認する。……どうやら機体に数ヶ所の小さな穴があいたようだが、戦闘に支障はない筈だ。
『メルトっ!?ごめんっ、私のせいでっ!』
「大丈夫だ気にするな、今はムールシュトに集中っ!!!」
機体に空いた小さな穴からドス黒い煙が入ってきて煙たいが、四の五の言っている場合ではない。
『……っ、了解!』
再び襲い来る斬撃を回避しつつRPG-7に新しい弾頭を装填する。さっきは腕を狙ったが、今度は胸部装甲──つまるところコックピットを狙って撃つ。死の痛みを長引かせない為に、せめて一瞬で、楽にしてやらねば。
照準器を覗き込み、レティクルを胸部に合わせて引き金を引く。猛烈なバックブラストと共に弾頭が発射され、まっすぐコックピットのある機体胸部へと飛び去って行く。
弾頭はそのまま吸い込まれるように着弾し、ムールシュトを爆炎で包み込んだ。増量された爆薬が『ノワール』の装甲を抉りつつ破壊し、内部に隠されたコックピットへと道を開く。そしてその爆炎がコックピットを粉砕するのは一瞬の事であった。
『ノワール』が燃え盛りつつ、膝から崩れ落ちていく。濁流の発生元であるムールシュトが命を落としたからなのだろう……黒い刃の様な腕も、ボロボロと崩れ去っていっていた。
「……さようなら、ムールシュト。どうか、安らかに…。」
燃え盛る機体を見つめつつ、俺は静かに黙祷するのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
メルト達がムールシュトと戦闘していた時と同時刻、ヘンリクはあの白い機体と接戦を繰り広げていた。
ヘンリクは両手に持った直剣による剣戟を、不明機体は一定距離を維持しつつのアサルトライフルによる銃撃を持ってして相対していた。不明機体の持つアサルトライフルは恐らく、フランス製ブルパップ式アサルトライフルの『FA-MAS』だろう……短い銃身による取り回しの良さが強みのアサルトライフルだからこそ、直剣の間合いを避ける機動を取れるという訳だ。
「貴殿は何者だ?これ程の実力者が、無名という訳が無い筈だ……ムールシュトに同行している事から察するに、所属はフランスなのだろう?」
戦闘を継続しつつ、不明機体の情報を探る。自惚れかもしれんが、この私の剣を回避し続けられる者は、一定以上の実力者と言っても差し支えは無い筈だ。フランスの実力者ともなれば、情報を探っておくに越した事はない。
不明機体が大きく距離を取り、銃を下ろして静止する。ヘンリクも出方を伺いつつ一度剣を下げた。
『──如何にも、私はフランス軍所属です。』
不明機体から発せられたのは男性の声──それもある程度の若さと重圧を伴う声質であった。恐らくは30代後半……いや、もう少し上くらいだろうか。
『この際です、一度名乗っておきましょう……私はフランス陸軍参謀本部直轄部隊隊長"ウィズダム・リィンツェン"……この精鋭部隊のトップです。まぁ、これから死に逝く者に聞かせる価値はないかもしれませんがね。』
「ふむ……参謀本部の直轄部隊だったか。では、貴殿を倒せば戦力を大きく削げると言う訳だ。」
剣をウィズダムに向けつつ、私はそう言い放った。
『……面白い、やれるものならやってみなさい!!』
ブースターを高出力で吹かせて肉薄しつつFA-MASを連射するウィズダム。その弾道を見切るかのように剣で銃弾を弾き、間合いを詰めつつ剣を振るう。
FA-MASの先に取り付けられた銃剣と私の剣が火花を散らし、銃と剣とは思えない程激しい近接戦を繰り広げる。金属同士のぶつかり合う音が絶え間なく響き渡り、他者の介入を許さない程の剣戟の応酬がなされていた。
左手の剣で銃剣をカチ上げつつ右手の剣で刺突を放つのに対し、カチ上げられた銃をくるりと一回転させて再び銃口をヘンリクへと向け銃弾を放つウィズダム。私の剣技は常人では捌き切れないものなのだが、技量とセンスで捌いているウィズダムの強さは、常人の域ではないという事なのだろう。
長らく膠着状態にあった戦闘であったが、ウィズダムが何かを受信したことでその動きが止まった。様子を伺いつつ剣を構えていたものの、それ以上この場での戦闘は勃発する事は無かった。
『……残念ながらここまでの様です。其方の兵士は随分と兵器に恵まれているようだ。』
「…兵器のみではないがね。」
彼等の強さは機体の性能から来るものだけでは無いのだからな。勘違いして貰っては困る。
『…………まぁいいでしょう、データは取れました。私はこれで失礼致します。』
そう言ってウィズダムは高く跳躍し、ブースターを吹かせて猛スピードで撤退して行った。追撃しても構わんが、下手な深追いは下策だろう……後始末もあるからな。
各機の無事を確認しつつ、他のメンバーの元へ合流する。考えねばならない事は多々あるが、ひとまずこの攻勢は成功と言えるだろう。
残党の処理を手早く済ませ、輸送機にて拠点へと帰還した。戦団初の大攻勢が成功したのは喜ばしい事と言えるだろう。攻勢であれば出る可能性もあった戦死者も、この攻勢では生じなかった。死者は敵兵のみである。
本来であれば、勝利に沸き立つ処ではあるのだろう。
私も、彼等への労いの言葉を考えていた。
──メルト君が倒れたとの報せを聞くまでは。
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