ピースフル、再び
灰色の空が広がる戦場に、一筋の光が煌めく。
それは彼方から流れる流星に非ず、
それは天より轟く雷鳴に非ず。
目を疑わざるを得ないその光の筋は、一人の戦士が戦場に描く煌めきであった。
両手に持つ直剣を縦横無尽に薙ぎ払い、目の前に立ち塞がる革命派のアナライザー達を尽く一掃する。
それは彼が研鑽に研鑽を積み重ねてきた、日々の鍛錬の賜物であった。
彼の剣に、特異な何かは存在しない。
ただひたすらに速く、
ただひたすらに鋭く、
そういった剣を振るう上での基礎的な技術を極める事で、彼はそれを『技』として昇華してきた。
ヘンリクの剣は止まる事を知らず。
ただただ、目の前の敵を斬り伏せるのみ。
彼の剣が静寂を迎えるのは、敵が全て斬り尽くされた時に他ならないのだ。
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「やっぱ何度見ても人間技じゃねぇな、あれ。」
後方でヘンリクの戦闘を見ていたモーリスがぼやく。随分と酷い言い様ではあるが、俺も同意見なので特にツッコむ事はしなかった。事実、ヘンリクの剣技が人間技では無いので、モーリスの言う事はあながち間違いではないのだ。
ひと休みしつつ話している内に、どんどん敵の数が減っていく。両側には『アルゲマインA6』や『ノワールM』が山のように積み上げられており、戦車や装甲車といったアナライザーよりも小型の兵器群は吹き飛ばされてひっくり返っているというなんとも情けない姿を晒していた。
レーダーを見ると知らぬ内に敵の数が半数を切っており、一騎当千とはこの事だと仲間ながらに痛感するハメになった。
『このままじゃヘンリクに手柄を全部持ってかれちまうね……アイツ、不明機体を相手にするの忘れてんじゃないだろうねぇ?』
…ヘンリクならワンチャンあり得るから笑えない。
『──失礼な、きちんと覚えているとも。』
あ、聞いてたんだ。
『聞こえてんなら丁度いいさね、ヘンリク!一度後退しな!航空隊の爆撃が来るよっ!!』
ヴァネッサがヘンリクに後退するように呼び掛ける。そうか、爆撃……え、爆撃?
「ヴァネッサ、爆撃って?」
『ん?…あぁ、戦団本部の滑走路から飛び立った航空隊が、やっとこさ到着するのさね。てな訳で爆撃されたくなかったら敵中に飛び込むんじゃないよ?』
いかねぇよ……誰が好き好んで爆撃されにいくかってんだ…。
「……ちなみに爆撃の規模は?」
『そうさねぇ…GEB-50無誘導爆弾を大量に投下──『ちょっと失礼しますね?』……どうしたんだいトリシャ?』
トリシャが通信に割り込むなんて珍しいな…。
『爆撃の件なんですが、私からお願いして使用する爆弾を変えて貰いまして……今回の爆撃には『ピースフル・ミサイル』を使用します♪』
「「「「「「「……は????」」」」」」」
今なんて…?
ピースフル・ミサイルはまず炸薬たっぷりのミサイルが着弾、そして中から無数のテルミットグレネードが起爆、そしてナパームグレネードが起爆した後、最後に濃縮爆薬が辺り一面を更地どころかクレーター塗れにするヴァネッサが主導で開発した恐ろしい代物である。
ロマン兵器であるが故に大量生産はされていなかったらしいが……まだ在庫あったんかい。
………てかそれ使うの!?
『そちらに、『ケルビー』も確認されておりますよね?先日、メルトさんにランスチャージをやった、あの『ケルビー』が。』
「は、はい……お、お、おりますが…。」
トリシャの謎の圧に、珍しくヴァネッサが気圧されている。……怖ぇ。
『あら♪それは良かったです。……私、怒ってるんですよ……前回は隊長がぜーんぶやっちゃいましたから……今度は私の番ですっ♪』
何故だろう……声は明るいのにすげぇ怖い。
でも、そうか……俺の為に怒ってくれているんだな…。ほんと……俺は良い仲間に巡り会えたな。
………でも怖い。
『という訳で、アヴェンジャー隊のみなさーん!やっちゃって下さーい♪』
凄く可愛らしい声で、革命派連中に死刑宣告を下すトリシャ。
その時上空から甲高い音が鳴り響き始め、4機の『PWS-37』が俺達のいる場所の上空へと向かって来た。恐らくあれがトリシャの言うアヴェンジャー隊なのだろう……ん?待てよ……4機?
カメラをズームさせて此方へと向かってくる航空機をよく見てみると、4機とも胴体下部にやたら大きなミサイルを一つだけ懸架した状態で飛んでいるのが確認できた。
おいまてよ、まさか───
ピースフル・ミサイルを4発も撃ち込む気か!?!?
「ヘンリーーーークっ!!!!!逃げろぉぉぉぉぉ!!!!!」
俺達も叫ぶと同時に拠点から脱出し、距離を取る。
「む?─────うぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?」
非常に珍しいヘンリクが雄叫びを上げる姿が見れたが、正直それどころじゃない!
「っ!──『アテナ』急速展開!!」
左腕の拡張式複合装甲盾『アテナ』を展開し、衝撃に備える。連れていた輸送ドローンの『INABA』や仲間達を盾の後ろに下がらせ、対衝撃姿勢を取る。ヘンリクも持ち前の機動力でなんとか間に合ったようで、俺の後ろへと入っていった。
そして次の瞬間───大地が爆ぜた。
ドゴォォォォォォォォンという猛烈な爆音と共に大地が爆ぜ、物凄く大きな煙が辺り一面を覆い隠す。熱風が辺りに吹き荒れ、計器が外気温の急激な上昇を告げようとアラートを鳴らす。
暫くして衝撃波が止み、煙が徐々に薄れていく。
煙が消えた先には、何も残っていなかった。
辛うじてアナライザーの残骸と思しき金属の破片が散らばっているのが確認できるが、もはやその程度の代物しか残っていない程、もはや芸術的なレベルで何も残っていない。革命派が拠点としていた大規模拠点が、革命派連中の主力部隊諸共、消し炭となった。
本国で未だ革命を続けている連中はびっくりだろう。まさかあの大部隊と大規模拠点が、4発のミサイルによって消し炭になるとは、きっと想像すらできない筈だ。
『ヤック、デカルチャー……。』
モーリス、何故今それを言う…状況的にはあってるけども。
…………どーすんの、これ…。
『うふふふふふふっ、お仕置きですっ♪』
「「「「「「「アッ、ハイ……。」」」」」」」
この場の全員の心が一つになった瞬間であった。絶対に、トリシャを怒らせてはいけない…。
若干の気まずい空気の中、ヘンリクが咳払いをしてから話を切り出した。
「んんっ…さ、さて……残党の掃討を開始すると──」
──その時だった。
───キィィィィィィィィィィン!!
唐突に、甲高い音を立てて何かが接近して来るのを察知した。その方向を見ると、あの白い機体と『ノワール』と思しき機体が並んで此方へと向かって来ているようだった。
白い機体と並んで向かってくるのは恐らく──
「──来たか、ムールシュト…!」
先日の戦いで俺に敗れ、不明機体のサポートによって戦線を離脱して行ったムールシュトが、再び現れたのである。隣の奴は俺を狙撃しやがった白い不明機体で間違いないとみえる。
『……不明機体は私に任せ給え。』
ヘンリクが剣を抜きつつ前に出る。
「了解──ムールシュトは俺がやる。」
ウェポンラックから出番が無かったRPG-7を引っ張り出す。アナライザーと言えど、この火力は通用する筈だ。
にしても……ムールシュトの機体、恐らくは先程まで戦っていた『ノワールM』の本国仕様だろう。たしか本国で使用される『ノワール』は機体に青い塗装がされているらしいが、ムールシュトの機体にも青い塗装がなされている。
十中八九、あの機体は『ノワール』なのだろう。
だが、『ノワール』は量産機体の筈……ムールシュトの挙動に追いつけるのか…?いや、四の五の考えてても仕方ない、分からないなら思い切って攻勢に出るのも戦術の内だ。
大剣を振りかざし、大地を蹴ってムールシュトに肉薄する。重心を深く下ろしつつ尖先を下げ、カチ上げるように大剣を斜め下から斜め上に振り抜く。かなりの急接近だったのだが、ムールシュトは反応し手に持つサーベルで大剣を防いでくる。
仕方なく大剣を一度引き、尖先をムールシュトに向けた状態で1歩踏み出し、ブースターも併用した高速の突きを繰り出してみる。この急激な挙動には対応しきれなかったようで、『ノワール』の右肩を吹き飛ばす事に成功した。
片腕を吹き飛ばす事は出来たのだが……何か様子がおかしい。あの喧しい声で騒ぐムールシュトが、先程から一切声を発していないのだ。戦場で何度か出会った身としては、ムールシュトが静かというのは正直違和感でしかない。
「お前、本当にムールシュトか…?」
そう疑問を投げかけつつも、ムールシュトと切り結ぶ。大剣のグリップから片手を離し、左手で縦に一回転させつつ尖先を再び向け、もう一度両手持ちで鋭い突きをブチかます。
流石に同じ轍は踏まないようで今度は躱されてしまったものの、回避により生じた重心のブレという隙を利用してブースター加速を乗せたショルダータックルをお見舞いする。
回避行動、それも身体を少しばかり後ろに逸らす回避はムールシュトの機体の重心を不安定なものにしており、咄嗟に行ったショルダータックルがムールシュトを吹き飛ばすのに十分であったようで、『ノワール』が突き飛ばされて仰向けに倒れていくのが見えた。
倒れた拍子に関節が限界を迎えたのか、右腕のパーツが丸々外れ、ムールシュトの乗る『ノワール』は片腕が無い状態になっていた。
(倒し、きれるか…?)
そう考えるのも無理は無かった。ただでさえ専用機に比べて性能の劣る汎用機である上に片腕を損失しているのだ。勝負あったと考えるのが妥当だろう──
──そう、思った矢先だった。
パーツが外れた肩口から、黒い濁流が溢れだしたのは。
「─っ!?」
咄嗟に距離を取り、濁流に飲み込まれないよう退避する。何なんだ…あれは何なんだ!?
「っ……落ち着け、慌てても何も変わらんっ…!」
自分に言い聞かせるように呟きつつ、大剣をしまってAKMを引き抜く。状況が未知数な以上、不用意に近づく訳にはいかないからだ。
「レイピア1より各位に緊急通達!ムールシュト機と思われる敵機より謎の濁流が発生!不用意な接近に注意されたし!繰り返す!不用意な接近に注意されたし!!」
『──メルト、ねぇ……何あれ…?』
近くで爆撃で生き残った残党を掃討していたアンジェが、恐る恐るといった声色で問いかけてくる。まぁ確かに、あれは意味が分から───
「──は?」
そこに広がる光景は、常軌を逸したものだった。
黒い濁流が『ノワール』の肩口を包みこみ、何かを形作っている。まるで生き物のように蠢くそれは次第に別の何かへと姿を変えていった。
無いはずの腕が生えていた。
意味が、分からなかった。
損失した腕のあった場所に真っ黒な機械の腕が生えていたのだ。
しかもよく見るとその腕も蠢き続けており、まるであの濁流から成ったものであるということを体現しているかのようであった。
漆黒に染まった腕には鱗の様な装甲が幾つも並び、手の部分にはおよそアナライザーの物とは思えない程巨大かつ鋭利な鉤爪が備わっていた。装甲の隙間から漏れる光は赤みを帯びており、カメラ越しでさえ禍々しさを感じてしまう程であった。
異形と化した『ノワール』の機械的な目が赤く光り、そして機械から発せられたとは思えない声で、アナライザーが吼えた。
──GAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!
猛獣の雄叫びにも似た、それでいて嘆き悲しむ者の慟哭にも似た人ならざる者の叫び。本来発せられる筈のないアナライザーからの慟哭は、専用ヘルメットを介した操縦者が発した悲鳴なのかもしれない。もし、それが事実なのだとすれば──
──この操縦は、ムールシュトの意思ではない…?
真偽の程は分からない。だが、この状況で黙って見ていられる程、俺は人間として終わっているつもりはない…!
「レイピア2、仕留めるぞ。」
『──おっけー、もう楽にしてあげよっ!』
彼の安否は不明なままではあるが……あれ程の慟哭を空へ向かって吼えていた者が、正気である筈が無い。
ここらが潮時なのだ……彼との戦いを終わらせよう。
念の為『アテナ』を展開しつつAKMの銃口を向ける。隣ではアンジェが両手に持ったCBJ-MSを構え、俺の横に並び立っている。
──準備は整った。
俺はAKMのグリップを握り締め、高らかに叫んだ。
「──戦闘、開始っ!!」
──終わらせるぞ、ムールシュト…!




