狂戦士、再び
銃弾と装甲は、常にしのぎを削り合っていた。
銃弾を貫通させない為に装甲が厚くなり、厚くなった装甲を貫通する為に銃弾が強化される。
時に複合装甲になったり、時に銃弾がミサイルになったりと形を変えつつもその本質は変わらなかった。
その競争は素材や重量といった問題が限界をむかえるまで止まらず、アザーライトやタザナイト等の新素材はその限界を迎えようとする競争を更に長引かせる。
今俺が撃っているこの7.92mm<B>弾も、より大型のアナライザーを想定し大型化された物であり、銃弾と装甲の全面競争の一部となっている。
本来であれば列強国の新型アナライザーをブチ抜く為に改良されたそれは、それよりも遥かに旧式である革命派のアナライザーを意図も簡単にブチ抜いた。彼等の乗る旧式のアナライザーは、ドイツがアナライザー製造の黎明期に開発した『メンシュパンツァーA2』という黒い装甲に白い十字が特徴的な旧型機である。
構造が単純な分、大量生産が可能という強みがあり、一時期は世界中にこの『メンシュパンツァーA2』が輸出されていた程だ。しかしながら構造の単純さが原因で性能が著しく低く、兵器というよりは運搬作業や災害救助といった後方支援に回されていた代物だ。
そんな戦闘向きでないアナライザーに銃火器を持たせ、戦場にて運用できているという点に関しては評価するが、やはり向き不向きは無視できない問題である。だから数というアドバンテージ以外はこちらのアナライザーの障害にはならないのである。
まぁこの機体に様々な国が助けられたのも事実なのであまり悪口は言いたくないのだが、そう思ってしまうのも仕方ない程に性能が低いのも事実なのだ。
そんな事を戦闘中に考える余裕がある程、性能に差があるのだが、数が多いのもまた確かだ。油断せず、1機残らず撃ち落としてやるとしよう。
「ゴースト3より各位、敵戦力後方より更なる増援の反応を確認、警戒されたし。」
「こちらゴースト1、了解した……次々湧いてくるな、全く。」
「それだけ敵さんも本気なんでしょうゼ。」
まぁこの軍港が完成すれば、『海』という戦略的に重要なエリアを喪失する事に他ならないのだ……必死にもなるだろう。──最も、邪魔はさせんが。
『MG42』の引き金を短く引き、短めの弾幕をお見舞いする。少し引いただけでもこの連射力なのだから、思い切り引いた時の火力は想像を絶する物となる。だがフルオートの多用は銃身の赤熱化を招く為、多用は厳禁だ。短めに引いて、バースト射撃のように銃弾を放つのが継続戦闘のコツなのだ。
最初に攻めてきた旧型アナライザーはそろそろ殲滅できた頃だろう……まぁ後方から次々と来るんだけども。
切り立った崖を越えて飛来した革命派の『ユーロファイター・タイフーン』が此方へとミサイルを放とうと必死にロックオンをしているものの、航空母艦型多脚戦車『フォートレス』より展開された無人戦闘機によって志半ばで撃破されていた。
まぁ片や民兵・義勇兵上がりの革命派が乗る戦闘機、片や最新のアビオニクスを搭載した無人戦闘機だ。戦闘経験と戦闘データ量を比較しても、その差は歴然である。
活躍する無人航空隊を眺めながらアナライザー達に風穴を開けていると、レーダーを端に急速接近する反応が現れた。
──随分と早い……新型機か?
「ゴースト3より各位、敵戦力後方より不明な戦力が急速接近中!」
マップの赤い光点が俺達のいる軍港付近まで到達すると同時に、その正体不明の何かが地上へと降り立つ。虎のような柄があしらわれたオレンジ基調のやけに派手な機体で、間違いなく量産に向いた機体ではない。
新型機という見立ては当たっていたようだが、この機体の情報がなさ過ぎる……だが、次の瞬間この機体が何なのかを理解する。
『会いたかったぜぇぇぇメルトォ!!!!!!!』
───この声は…!
「この声……ムールシュトか!?」
撤退戦の際に出会ったフランス軍所属の『英雄の中の英雄』、鋼の狂戦士の異名を持つ『ムールシュト・パリジャン』が、謎の新型機を操り此方へと肉薄して来ているのである。
『覚えててくれて嬉しいぜぇ!!あん時の続きといこうやぁ!!!!!』
相変わらずやかましいなコイツ…。
ムールシュトは手に持ったやたら長いシミターを振りかざし、此方へと振り下ろして来る。なんとか反応して左腕の拡張式複合装甲盾『アテナ』を展開前の小盾状態で突き出す事で攻撃を防ぐ。
ガチャガチャと火花が飛び散り、シミターと盾の鍔迫り合いという奇妙な構図のまま拮抗状態に入る。この『デュランダル』は新型機である為出力もかなり高い筈なのだが、ムールシュト側のアナライザーはそれを上回る出力を有しているらしく、徐々に此方が押され気味になっていく。
小盾でシミターを押し返す勢いを利用して後方へと跳躍し距離を取った後、『MG42』で弾幕を張る。普段なら短時間のフルオート射撃に留めるが、コイツ相手にそんな悠長な事はしてられない。
フルオートで弾幕を張り続け、濃密な銃弾の幕をムールシュトに浴びせる。先程まで相手していた旧型のアナライザー達であれば過剰な程のオーバーキルになる程の火力なのだが、よりにもよってコイツは弾幕の中を突っ切って来やがった。
「嘘だろおいっ!」
咄嗟に『MG42』で振り下ろされるシミターを受け止めたものの、やたら切れ味の良い刀身によってバレルジャケットごとぶった斬られてしまった。仕方なく『MG42』を投棄し、代わりに専用大剣の『エターナル』を引き抜く。
銃という遠距離戦闘のアドバンテージを捨てる事にはなるが、ヒトラーの電動ノコギリに正面から突っ込んでくる奴に銃なんか使っている場合じゃない。
グリップを両手で握り、機体の重心を下げつつ横薙ぎに大剣を振るう。勢い良く振りぬかれたその刀身をムールシュトは紙一重で回避し、軸にした右脚をうまく利用してシミターを振るってくる。
一度大剣から右手を離し、フリーになった右手を使ってシミターの横っ腹を弾き飛ばす。俗に言うパリィだ。
再びグリップを握り直し、左下から斜めに大剣を振り抜くが、残念ながらムールシュトの胸部装甲に傷を付けるのみだった。あの状況からの回避とか、どうなってやがる……!
『ヒュゥ!今のは危なかったぜぇ……やるなぁ!!』
「思い切り回避しといて良く言うぜ…」
反応速度どうなってんだ、まじで。
『もっと殺りあいてぇとこだがよぉ、早く終わらせろって上官がうるせぇんだわ。つーわけで、』
ムールシュトが再びシミターを構え直す。
『──死んでくれや。』
言うが早いか、勢い良く地を蹴って此方へと踏み込んで来るムールシュト。曲剣という斬る事に特化した片刃の剣を突進の勢いを利用して振り抜き、咄嗟に突き出した大剣と豪快な火花を散らす。
まるで流れる水の様に、されど力強い猛虎の様な一撃を放ってくるムールシュトは、まさに英雄の中の英雄に相応しい実力であった。
しかしながら此方も引き下がる事は出来ない。敗北は、後ろで必死に作業を続ける戦団員や買い取った多数の艦船を海の藻屑にするのと同義だからだ。
『エターナル』を下段に構え、思い切り刀身を振り抜いて斬撃を放つ。地面との接触による発生した摩擦を利用して刀身を急加速させる事による豪速の一撃。それを大質量の大剣でやるものだからその威力は絶大なものへと化す。
地面を抉る様に振り抜かれた刀身はシミターを振り抜いた直後の無防備なムールシュトを直撃し、轟音と共に遥か後方の岩山へと吹き飛ばした。
巻き上がった土煙が晴れた先には、岩山に叩き付けられ胸部装甲に大きな切断跡を残したムールシュトの機体があった。胸部に描かれた虎の顔がモチーフの装飾は斜めに切り裂かれ、切断面からはコックピットが覗いている状況であった。
『──ゴホッ───や、やるじゃ──ねぇか─今の─は──痛かったぜ──』
ノイズがまじる途切れ途切れの声が、ムールシュトの機体から聞こえてくる。この状態で生きているとは……随分としぶといな…。
『───だが──まだ─動ける─』
「─っ!?」
明らかに満身創痍なムールシュトの機体は、その傷跡を意に介さず起きあがり、此方へと刀身の折れたシミターを構えて静止する。
『──続きと───行こうぜ!!』
「………狂戦士め」
先程よりは速度が落ちているものの、風を裂くようにシミターを振り回すムールシュトの連撃を捌き、一歩ずつ、着実に攻撃を加えていく。
相手は手負いだ…。だからこそ、油断できない。
──獣は、死ぬ直前に此方の喉笛を喰い破りに来るのだから。
大剣でシミターを弾き飛ばし、がら空きの胴体に向かって遠心力を乗せた渾身の一撃をお見舞いする。無防備となった胴体に大剣の刀身が吸い込まれていき、その質量を遺憾なく発揮してムールシュトの機体を上下にブッた斬る。
切断面からスパークが走りつつ、機体上部が宙を舞う。
『──あぁ───負けちまったなぁ────』
胴体と脚部が両断された機体が地面へと崩れ落ち、その機能を停止する。斬り裂かれた部分はコックピットであり、操縦者の生存は絶望的だろう。
だが相手はフランスの英雄の中の英雄。運良く生き残っている可能性もある。
そう考え、コックピットのある胸部装甲に向けて大剣を突き刺そうとしたその時───
『そこまでだ』
──俺の機体に何かが突き刺さった。
「─っ!な、なんだ!?」
突き刺さった衝撃で痛めた身体をなんとか動かして、状況を確認する。が、その瞬間突き刺さった金属の筒の様な物が破裂し、白いスパークが『デュランダル』を包みこんだ。
【──システム──ダウン───】
スパークによってシステムがダウンし、機体の操縦が効かなくなった事で身動きが取れなくなる。
「………機体が…!」
計器やレバーも反応が無い……完全にシステムがダウンしてやがる。生きているのは──メインカメラくらいか。
辛うじて生きていたメインカメラで周囲を見回すと、遥か後方の岩山の上に、真っ白に塗装された1機のアナライザーを発見した。手には1丁のライフルを持っており、コイツが俺を無力化した張本人だと理解する。
それを確認した直後、頭上にプロペラの回る音が鳴り響いたと思うと、1機のヘリがムールシュトの機体へと近付いて行く。
救援を頼もうにも、システムが死んでいるせいで通信が途絶している。そうこうしている内にやはり生き延びていたムールシュトが機体から這い上がり、降ろされた昇降ワイヤーを掴んでヘリに回収されていく。
全身血塗れのムールシュトは怪我人とは思えない程の声量で此方へと叫び、
「次は負けねぇかんなぁ!!!」
と言い残してヘリに回収されていった。
気付けば先程の白い機体の姿は無く、跡には行動不能の俺の機体と、真っ二つにされたムールシュトの機体が残されるのみだった。
周囲の敵影を確認してからシステムを再起動し、ヴィンセント達との通信を試みる。一瞬のノイズの後に通信が回復し、ヴィンセントとジャックの声が聞こえてくる。
『───ゴースト3!メルト君!!!無事か!?』
『おいメルトっ!!生きてるカ!?』
「……こちらゴースト3、ひとまずは無事だ。」
少しして、ヴィンセントの機体が此方へと駆け寄って来た。
『メルト君、何があった…?』
「……ムールシュトとの交戦の後、正体不明の白い機体によってシステムをやられまして……あと一歩の所で取り逃しました…すみません。」
『謝る必要は無い。……君が生きているならそれでいい。』
「………はい。」
悔しいが、今は耐えるしか無い。
『君がムールシュトを抑えてくれていたお陰で、侵攻して来る革命派連中は全て迎撃出来た。色々思う事はあるだろうが、ひとまず私達の勝利だ。』
勝利、か。
総括すれば勝利と言えるだろう。
だが、あと一歩の所でムールシュトを取り逃しているのが悔やまれる。
『……悔しいのは痛い程分かるがね…。だが、一度切り替えて周囲の索敵と帰投準備をしなさい。まだここが戦場である事は、忘れないようにな。』
……ヴィンセントが優しい声でそう告げる。奇襲とはいえ、逃したのは俺だ…。それを自覚しているからこそ、その優しい声が酷く、心に突き刺さった。
悔しい、な……
「……すみません、一度切り替えます。」
ヴィンセントの言う通り此処は戦場だ。……忘れる事は出来ないが、切り替える事は出来る。戦場に出るならば忘れてはならない心構えだ。
『……後で話は幾らでも聞く──行こう。』
「…了解。」
ヴィンセントと共に軍港付近の索敵とスキャンを行い、敵が潜伏していないかを念入りに確認する。付近には旧型機の『メンシュパンツァーA2』の残骸が転がるのみで、残敵は居ないようだった。
『よし……ゴースト隊、帰還するぞ。』
『了解』
「…了解」
機体が、夕焼けに染まる空を突き進んで基地へと向かって進んで行く。
なんとも言えない、苦く、重い感情を抱きながら。
──短い筈の帰路が、どうしようもなく長く感じた。
「……………。」
この感情の居場所が、俺には分からなかった。
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