『海』
「ご苦労だったね、アンタ達。」
ブリーフィングルームを兼任するリビングにて、先刻作戦を遂行したゴーストチームとヴァネッサによるデブリーフィング兼次なる作戦への会議が行われていた。
「アンタ達が前線司令部を徹底的に潰したお陰で、アチラさんの司令系統は大混乱のオンパレードだ。散発的な侵攻は鳴りを潜めたし、国境の中央戦線にいた敵戦力は散り散りに撤退を始める始末だ。」
狙い通り、敵戦力は大きく瓦解したという感じか。まぁ、指揮官のいない元民兵の革命派など烏合の衆にも等しい。それに彼等も人間だ……指示が得られず自らが死ぬ可能性が高まったと悟ったのであれば、撤退するのは自明の理であろう。
「現在、殿を務めている敵戦力の掃討を国境警備隊が遂行しているところだ。まぁ指揮系統が現場指揮官レベルである以上、早い段階で掃討が完了する筈さね。」
「……ではここからはどう動く?」
ヴィンセントがコーヒーを啜りながら尋ねる。
「それはコイツを見ながら話そうかね。」
そう言ってヴァネッサが端末を操作すると、テーブル中央のレンズが稼働し立体映像を映し出す。
「アタシ等のいるここエリア021は、基本的に陸地がメインの異空間だ。原生林や湿地帯はあるものの大部分を砂漠地帯が占め、代わりにアザーライトなんかの鉱山資源が豊富な大地……それが此処だ。」
映し出された地形図を見ても分かる通り、切り立った崖や岩山が殆どの砂漠地帯が広がる、地球でいう中東地域に多く見られる地形となっている。
「そんな砂漠だらけの半不毛の地と化したこのエリア021に、『海』がある事が調査隊の調査結果によって明らかになった。」
「海…!?この異空間にか?」
流石に驚きを隠せなかった。なんせ、此処に来てから目にしたのは精々湿地帯や原生林にポツンとある小さな湖程度であり、長年ここに居るヴァネッサが『海』と表現するレベルの水源が、このエリア021に有るという事になるのだから。
「しかも中々面白いのがねぇ…この『海』が、他のエリアにもどうやら通じているらしいのさ。」
「……!!」
「気付いたみたいだね。他のエリアに通じている一般的な海と同程度の広さと深度を持つこの『海』がどういう存在なのか。」
地球において、人は無謀にも広大な海へと挑んだ。だからこそ水産資源を豊富に入手し、水運業や海底資源の着手にも取り組む事が出来た。
そして人類が辿った海への軌跡は、そういった産業だけには留まらなかった。『海』という存在は、この現代においては戦場である。
諸説はあるものの、地球において最初の大規模な海戦は紀元前480年に勃発したギリシャ海軍とペルシア海軍とで巻き起こった『サラミスの海戦』であると言われている。
その当時はガレー船であり、櫂を用いて大海原を漕ぎ戦士達が戦うといった言わば『原始的』な戦いだった。だが、時代が進むにつれて武器は剣から銃や大砲に、そして現在ではミサイルやレールガンといった近代的な兵器へと取って変わられていった。
より遠距離から、強力かつ防御困難な一撃をぶちかます現代の海戦。そしてその海戦を行う最低限の条件は『現代の艦船が航行可能な広さ及び深さ』がある事だ。
「海は、陸地とは比べ物にならない規模の兵器を運用する事のできる、戦場として最適な場所なのさ。まだ戦場の空気に染まっていない異空間の海を戦場とするのは、些か心苦しいものだけどさ……今は戦時中なのさ。世界が狂ってるなら、私達もそれに染まるしかない……分かるだろう?」
まあその通りだろう……戦争という狂った事をこの世界が巻き起こしているのだから、それに従うしかないのだ。
「……話を戻そうかね。現在、技術部の人員を含む先遣隊がエリア021の海岸に軍港を建設している。上手くいけば1週間程度で軍港として最低限機能するようになるだろうさ。」
相変わらず変態的な速度で建設を進める技術部に関しては最早誰もツッコまない。……俺もツッコむのはやめた。
「軍港が完成するのは分かったけどさ、肝心の艦艇はどうするんだ?」
軍港があっても船が無いんじゃ、単なる広い基地でしか無くなってしまう……それじゃ意味がない。
「軍港に建設する造船所で急ピッチで建造する形にはなるんだが……満足な数は揃わないだろうねぇ。」
いくら技術部の面子でも、数日で艦艇を何十隻も揃えるのは流石に無謀だったようだ。まぁ設計そのものは単純な砦とは訳が違うのだ、当然と言えば当然である。
皆で頭を抱えていると、リビングのドアが開いてヘンリクが室内へと入ってきた。
「戻ったぞ。」
「おやお帰り……なんだい、その書類の束は?」
よく見るとヘンリクは手に紐で縛られた週間漫画雑誌くらいの厚さがある紙束を持っていた。
「ふっ……まずはこれを読んでみるといい。この書類の価値がよく分かるだろうさ。」
そう言ってヘンリクが置いた1枚の書類へと目を向ける。そこに書いてあったのは──
「オイオイ……アンタまさか………」
「あぁ…この書類は、アメリカ軍でとっくに退役した旧式の艦艇をごっそり買い取ってきた証明書だ。」
スッとヘンリクが並べた数枚の書類には、ヘンリクが買い取ったであろう旧式の艦艇達の名がずらりと並んでいた。リストの中にはアザーライト系燃料を採用した当時の新型艦船達が数多く記載されており、中には当時は新しくとも時代の流れによって旧式となったアザーライト式艦船黎明期の艦艇も見受けられた。
特に驚いたのは、アメリカで初のアザーライト系燃料を採用し、世界で初めての航海を行った新時代艦船の出発点ともいえるアザーライト式正規空母『ダイヤモンド・ミネラル級』の3番艦『トパーズ・ミネラル』の名も記載されていた事だ。
『ダイヤモンド・ミネラル級』は鉱物の名を冠したアザーライト系燃料を新規採用した世界初のアザーライト式空母であり、その全長はアメリカの『ニミッツ級原子力空母』にも匹敵する330mを誇る大型空母だ。
原子力空母等によって培われた技術を元に1から設計され、速力32ktを叩き出す高性能さを保ちつつ原子力というハイリスク・ハイリターンな素材から脱却した新時代の空母なのだが、技術の進歩によって次級の空母に取って変わられてしまった時代の流れを感じさせる哀愁漂う空母となってしまったのは有名な話である。
しかしながらその技術は他国と比べれば遥かに高水準であり、アザーライト式を採用した艦艇を運用出来るという事がどれ程のアドバンテージになるのかは言うまでもないだろう。
「ブラウン大統領と会う用事があったのでね……試しに聞いてみれば旧式になった艦艇を格安で譲ってくれたのだよ。『今ここで渋って後に不利益を被るなら、思い切って行動した方がアメリカの為になる』と、大統領は仰っていた……本当に、出来た御仁だよ。」
まあその決断もあって、こうして様々な艦艇が異空間の軍港に集結するという訳なのだ……大統領には頭が上がらないな。
「この異空間へと繋がる海洋ゲートから軍港予定地はの移送が始まっている。数日以内には、移送が完了する見込みだそうだ。」
「そいつは良かった……なら、本題に入ろうか。」
ヴァネッサが此方へと向き直り言葉を続ける。
「新設される軍港に多数の軍艦が移送されるとなれば、それを秘密裏にやるというのはまぁ困難だ。当然、それを阻止しようと奴らが仕掛けて来るのが目に見えている。」
放っとけば移送された軍艦達がそのまま革命派の連中に向かって来るのだ……放置は出来ないだろう。
「ゴーストチーム、アンタ達には建設中の軍港及び移送され停留している軍艦の防衛をしてもらう。後程モーリスとアンジェも合流させるから、先んじてゴーストチームで現地入りしな。」
「……予想戦力は」
「地形の都合上、アナライザーと航空戦力がメインになるだろうさ。こっちも航空母艦型多脚戦車『フォートレス』を配備するから、敵航空戦力に関しては基本的にそっちに任せな。アンタ達はアナライザー中心で対処するんだ。」
「「「了解」」」
前回はアナライザーに乗れなかったからな…腕がなる。
「此処から距離はそう遠くない、移動もアナライザーで十分だ。準備整えて、向かってくる羽虫を追っ払ってやりな!!」
防衛戦か……元防衛部隊の底力、見せてやる。
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今回の作戦が防衛戦というのもあり、アナライザーに装備する兵器は持久戦に対応した装備にしようと思う。
いつものAKMは当然持って行くとして、今回はもう1つメインウェポンを持って行くとしよう。
という事で今回俺が選んだのは、前回運用してから気に入り始めたドイツ製汎用機関銃の『MG42』である。恐るべき連射力で展開される弾幕で世界各国を恐れ慄かせたドイツの傑作銃である。
今回は技術部から貰った冷却性能の高いバレルに換装して、より継戦能力を高めた改造型にしてある。これならば向かってくる革命派の連中を穴だらけにしてやれるだろう。
あとは専用大剣の『エターナル』とサイドウェポンの『MP-443』くらいだ。機動力を重視する愛機『デュランダル』には、このくらいが丁度良いのである。ミサイルを搭載する事も考えたが、嵩張るのとロックオンをする時間が惜しかったのもあり、代わりに追加弾薬を増やす事で火力を底上げしておいた。
準備も終えた事だし、移動を開始するとしよう。
「コネクション」
【メインシステム─起動─接続開始─接続完了─ユーザー認証──メルト─認証完了──ビジョンシステム─起動─FCS─起動──全システム─オールグリーン】
モニターや計器が一斉に光り始め、愛機が目覚める。システムに問題は見られない……準備完了だ。
カタパルトに接続し、出撃開始の合図を待つ。暫くしてスタッフ達の避難も終わり、ガレージのゲートが開かれた。
『整備班よりゴースト3、出撃を許可する。繰り返す、出撃を許可する。』
ランプが青色に点灯し、出撃開始を告げる。
「──ゴースト3、出撃。」
カタパルトが甲高い音を立てつつ起動し、機体を前へ前へと押し出し始める。勢いが乗った所で空中に射出され、同時にブースターを一斉点火する。
強化されたブースターの推進力によって機体が加速し、前方を飛行するヴィンセント達の機体が徐々に近づいて来るのが見て取れた。
2人と合流し、建設途中の軍港付近に着地する。拠点となるのもあって、思った以上に近かった。早速システムにアクセスしてレーダーを展開、軍港周辺の索敵に入った。
「ゴースト1より各位、現在敵戦力は見られない。」
「こちらゴースト2、同じくダ。」
「こちらゴースト3、同じく見られない。」
まだ来ていないだけマシだが、その分気は抜けない。この軍港には建造に関わる一般人も多く居る。彼等を守る為にも、しっかりと警備しなければ。
マップと連動したレーダーを見つめつつ、周囲の様子を探っていると、ふと赤い光点がマップの端に写ったのが見えた。────敵だ。
「ゴースト3より各位、エリア022方面より敵戦力の反応を確認!」
「──ゴースト1より各位、戦闘態勢に移れ。」
抱えていた『MG42』を構えつつ、侵攻方面へと向き直る。今も徐々に光点の数が増えつつある──持久戦になるに違いないな。
だがその為の準備は済ませてあるのだ、あとは迎え撃つのみである。
「さぁ来いクソッタレ共、こっから先は一歩も通さんぞ。」
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