鈍色の空
太古の戦争は、陸の上での戦いだった。
だがいつしか空も、海も、戦争の空気に染まっていった。
いつしか空は、鈍色に染まった。
いつしか海は、オイルに塗れた。
そしてこの異空間も、戦争の狂気に染まりつつあった。
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「共産主義者共に動きが見られている…近いうちに攻勢に出るようだ。」
ヘンリクが片手にコーヒーカップを持ちながらブリーフィングを開始する。
「……いよいよか。」
俺達が軍備を整え、樹脂人形部隊や多脚戦車の増産が安定化したこのタイミングで、奴らは動き出した。
「連中は戦車群と歩兵群による陸上部隊を戦線中央に展開、その上空に航空戦力が展開しているという情報を入手した。……どっから引っ張って来たのかは分からんが、連中の運用する機体は『ラファール』だそうだ。なぜ足の付きやすいラファールを供与したのかは全くもって分からんが……やる事は変わらん。」
『ラファール』はフランス製のマルチロール機で、上から見れば三角形に見えるような独特の主翼配置に、特徴的なカナード翼が取り付けられた少々独特な戦闘機である。
もっともヨーロッパ諸国では共同開発の『ユーロファイタータイフーン』等の優秀な戦闘機が存在する他、『ラファール』自体の性能が突出して高い訳では無いのもあり、あまり脅威とは言えないだろう。
だがそれは現代の最新式戦闘機との戦闘に限った話ではあるし、たとえ旧型の機体でも最新式戦闘機を落とす事が不可能と言う訳では無いのだから油断は禁物だ。
「今回の任務は作戦領域に侵入した敵航空隊の撃滅及び地上部隊の殲滅だ。敵の航空戦力は此方の樹脂人形航空隊が運用する戦闘機が迎撃に当たる。よって我々は地上戦力を殲滅し、空と陸両方の優勢を確保する事が目的となる。場合によっては対空戦闘も視野にいれて行動するように。」
対空戦闘か……ミサイルでも積んでいくとしよう。
「尚、今回は長期戦になる可能性が極めて高い。よって補給部隊による前線補給を、補給部隊編成によって用意してある。必要な物資は遠慮なく補給するといい。」
映し出されたホログラムの情報には、樹脂人形と人間の混成部隊による補給部隊が設立されており、中には技術者の面々も参加しているようだ。
「アタシからも一つ。今回の作戦に、航空母艦型多脚戦車『MFT-CV-1』を投入するよ。無人機だから有人程の人間味ある動きは出来ないが、編隊飛行なら十八番だ。数は4機しかないが、各機体に20機づつ無人機を搭載してある……他の航空隊と合わせりゃ十分な数になるさね。」
そしてヴァネッサに続き、モーリスも補足を入れる。
「ちなみに海軍で運用される航空母艦に倣って、航空母艦型に関しては今後『隻』で数える事に決定したぞ!……まぁ、無人機とごっちゃになるからな。んでもって、航空母艦型にはそれぞれ『名前』が付けられる……一応確認しておいてくれ。」
各メンバーの目の前に表示された情報タブを見てみる。
航空母艦型多脚戦車のネームシップ──船じゃないけど──となる一番艦はこの戦団の名前から取った"フォートレス"を与えられている。そして後続の姉妹機として二番艦"バックラー"、三番艦"シルダリス"、四番艦"プロテクツ"が就役している。
陸上で、基地からでなく前線からの場所を選ぶ必要性がない航空隊投入は非常に強力なカードとなり得るだろう。
「また本作戦よりメルト君はアナライザー出撃が可能となる。よって、タッグ分けを戻す事とする。」
という事はここからまたジャックと共に戦うと言う訳だ。
「ブリーフィングは以上となる……各員、出撃準備に当たれ。」
「「「「「「「了解」」」」」」」
久々のアナライザーでの戦闘だ……腕がなる。
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「コネクション」
【メインシステム─起動─接続開始─接続完了─ユーザー認証──メルト─認証完了──ビジョンシステム─起動─FCS─起動──全システム─オールグリーン】
コックピットのモニターに光が灯り、同時に数々の計器にも青や緑のランプが灯る。
アナライザー特有のキィィンという音と共に、俺の乗るアナライザーが目覚める。
前々回の戦闘にて土手っ腹に大穴を穿たれ、無理をしまくって至る所にヒビが生まれていた俺のアナライザー『SB-1』は、我らが戦団の誇る整備スタッフ兼技術部によって新たなる機体へと生まれ変わっていた。
元は大手アナライザー製造企業『サクセス・コーポレーション』製の試作機であった『SB-1』。これをシステムはそのままに装甲や駆動部、ブースター、武装といったあらゆる部分を改造し、更に新機構を盛り込みまくった最早新型機といっても過言ではない機体である。
ちなみに勝手に改造して良かったのかを技術部に聞いてみると、「企業側が参考にしたいからジャンジャンやって良いよ!って言うから大丈夫だ。」と言っていた。まあ、あの企業は超優良企業かつ超フランクな企業だからな…。世間からの信用も厚く、社員への給料や福利厚生は相当な手厚さなんだそうだ。
そんなこんなで改造され生み出された新型機は、はっきり言って異質だった。
元の『SB-1』の面影を残す頭部には角ばった追加装甲が両頬に追加され、より凛々しい顔立ちへと変化している。胴体にはより強固かつ再生能力を持つ新素材タザナイトを含む素材を組み合わせた複合装甲へと換装され、コックピット付近のスペースには装甲修復用のタザナイト板が搭載されている。
腕部には追加装甲に加え、両腕共に新しく武装が追加された。従来の肘部バックブラストは取り外され、右腕には新たに展開式破砕槌『オリオン』が、左腕には拡張式複合装甲盾『アテナ』が搭載されている。
どちらも神々の名を冠した新型武装であり、『オリオン』は右腕の尺骨側に搭載された長細い格納機構に収納されており、展開時には指先側の部分を軸に180°弧を描き、その後持ち手下部の部分が90°掌側に折れ曲がる事でメイスのグリップを右手で掴む事が出来る仕様となっている。グリップ下部は固定されたままなので手を離してもメイスを紛失する恐れは無い。
メイス自体は非常にスラリとしており、先端部が八角柱状の打撃部となっている。一見すぐに折れてしまいそうなこのメイスは想像を超える程頑丈であり、頑丈な装甲に覆われた主力戦車を一撃で粉砕出来る程の強度を持っている。
そして左腕の盾はというと、通常時は小型の紡錘形バックラーといった風貌であるものの、拡張機構を展開する事でその面積を機体の3分の2程までに拡張する事の出来る代物となっている。
もちろん非常に頑丈な作りとなっている為、120mmクラスの戦車砲の直撃を受けても貫通を一切許さない強度を誇っている。
ここ迄でも随分改造されたものであるが、改造部はまだ他にもあり、胴体から伸びる脚部には追加装甲と強化フレームが増設され、背面部には新規格の高性能ブースターが新たに搭載されている。脚部のフレームに関しては、搭載したブースターの出力に耐え得る強度が必要となった為に増設されたものだ。
ここまでの改造がなされた『SB-1』は既に既存の規格とは別物になってしまっている為、この機体には新たに機体名が与えられた。
ヘンリクの機体『アロンダイト』やジャックの機体『クラウ・ソラス』の様に、俺用に設計された新機体に与えられる固有の名前。
前にヘンリクに名前を考えておけと言われてから、色々と文献を漁りつつ選んだ俺の相棒の名前。
新型機『デュランダル』
これが、俺の機体の名前だ。
英雄ローランが用いた聖剣の名であり、彼が敵の手にこの剣が渡ってしまうのを恐れて岩に叩きつけ折ろうとしたが、聖剣は一向に折れなかったという逸話は有名な話だ。
強く、硬く、そして不屈。
あの日戦場で槍に貫かれ、大破したあの時…。
たとえボロボロであろうと立ち上がり、敵に立ち向かおうとするその姿は、この名を冠すに相応しいと言えるだろう。
「さて、行くか。」
機体を動かし、ガレージの入り口付近に設置されているカタパルトに搭乗する。
既に武装は搭載しており、いつも通りのAKMやMP-443、ミサイルポッドが搭載されている。
また今回からブレードメイスに変わり、新しい近接武器が用意されている。この機体の装甲にも使用されているタザナイト複合金属を精錬し、ツー・ハンデット・ソードの形状をベースに鍛造された新設計の両手剣となっている。柄の内部にはタザナイトの棒が仕込まれており、このタザナイトを自動消費する事で剣が半永久的に運用出来るという仕組みになっている。
なおタザナイトが切れた場合を考慮し、柄頭の部分を捻って引く事でボルトアクションライフルの様にタザナイト棒を交換出来る仕様である。
剣の名称は『エターナル』
永遠、か……悪くない。
エターナルを握りしめ、ガレージのランプが点灯するのを待つ。
『ランス2、出撃を許可する。速やかに出撃せよ!繰り返す、速やかに出撃せよ!……幸運を!』
「……ランス2、出撃。」
ランプが青く点灯し、カタパルトが起動する。
機体が前へ前へと押し出され、カタパルトから離れると同時にブースターを点火する。
これまでよりも高出力となったブースターによって機体が急加速し、遥か前方にいるジャックのもとへと瞬く間に追いつく。
「早すぎんだろ……」
『ヒャハハ!!いーじゃねぇかメルト!!早ぇ合流だなぁ!!』
「あぁ、全くだ…!」
早いとは言いつつも、ジャックの乗る『クラウ・ソラス』も十分な速度を出している。
『クラウ・ソラス』は高火力兵器の運用に特化した機体であり、彼が愛用している対物ライフル『ヴィーゲンリート』の他にも、大型ミサイルポッドや大口径砲を足を止めずに運用する事が可能な仕様となっている。
反動制御に関しては一級品であり、機関銃程度の反動であれば片手で運用出来る程の性能を誇っている。
俺の『デュランダル』で前衛を務め、ジャックの『クラウ・ソラス』で遠距離やその他局面をカバーするといった戦術を取る事で、より盤石な戦闘を継続出来るという算段である。
ブースターを吹かせ、空を駆ける。
目標は、共産主義者共の集う戦場。
戦場の空は鈍色に濁っている。
戦争が続く限り、この世界に青空はないのだから。




