独立と発足
ワシントン上空を、1機のヘリが通過する。
アメリカ陸軍でも採用されている軽汎用ヘリの『UH-72』は防衛部隊でも人員の輸送や連絡任務において重宝されており、今現在ヘンリクが乗り込んでいるのもこのUH-72である。
行先はホワイトハウス。現在のアメリカ大統領『ジャック・ブラウン』大統領にアポを取り、先の防衛戦の最中に感じた事に関しての詳細を話し合う事になっている。
今のアメリカ大統領は歴代大統領の中でもかなり気さくな方だ。一般市民にも気軽に声を掛け、民からの声をよく聞く非常に出来た人物だ。
選挙の際の支持率が半端なく、本来敵対する筈の他の候補者にまで「自分よりあの人の方がよくね?」と言わせる程には凄い人だ。
かといって弱腰な訳では無く、自国が危機に晒されそうなら毅然と立ち向かい、政治的な圧力には一切屈せず、むしろ圧力を掛けて来た側を懐柔し取り込む程やり手の人物でもある。
そんなジャック大統領だからこそ、こうしてアポを取り話し合う場面を設けてもらえるのだから、非常にありがたい。
(大統領閣下がどのように動くかだな……願わくば、彼が冷静な思考をしてくれる事を…いや、大丈夫だろうな。)
国中から信頼される大統領への信頼を胸に、ヘンリク達を乗せるヘリはホワイトハウス付近のヘリポートへと向かうのであった。
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「やぁヘンリク君、久しぶりだね。」
およそ大統領とは思えないほど気さくに声を掛けてくるこの人物こそ、現アメリカ大統領であるジャック大統領である。
「お久しぶりです、大統領閣下。」
「相変わらず堅いねぇ…まあ君だしね。さて……」
パチンッとジャック大統領が指を鳴らすと、部屋から護衛や秘書官が全員退出して行った。今この部屋にいるのは、私と大統領の二人だけだ。
「人払い、ありがとうございます。」
「いいんだよ、事前に聞いていたしね。…それと、もう口調は緩めて大丈夫だよ。ここには、私達しかいないんだからね。」
「……助かるよ。昔からの友人とは言え、君は今や大統領だからな…。」
ヘンリクとジャック大統領。この二人は同じ学校に通う同級生だった。二人の仲は良く、よく二人でハンバーガーを買い食いする仲であった。公式の場では大統領とアメリカに所属する防衛部隊隊長であるが、こうして人払いをした後は、正式な場であれど口調は昔と変わらないものへと戻す約束を交わしていた。
「そうだね……それより、要件を聞こうじゃないか。私へのホットラインを使ってまでの要件だ、さぞ緊急事態なんだろう?」
「……あぁ、緊急事態だな。」
二人して真面目な雰囲気へと戻り、先の戦場で知り得た情報、敵戦力の規模、物量の多さといった様々な事に関してヘンリクは情報を告げる。
そして大戦が、巻き起こる可能性についても。
「……………………その話が事実であれば、世界大戦が巻き起こるという事になる…。」
「信じるか…?」
「もちろんだとも。君がそんな嘘をつく人間で無いことは、何十年も前から知っているよ。しかし……どうすべきかだな…。」
今回、革命派へと物資の供与を行ったフランスは、NATO加盟国でありEUの加盟国でもある。EUはともかく、NATOに関してはアメリカとの同盟関係という事になる。
フランスがどういうスタンスを取るつもりなのかは分からないが……NATO加盟国と、敵対する事には変わりない。
「……軍備強化………情報収集…………タイミングが重要だ……」
ブツブツと自分の中で必要事項を呟くブラウン大統領。
(始まったな……。)
これが彼が歴代大統領の中でも優秀であるとされる由縁、彼の能力の一角であった。彼は大統領でありながら情報戦を得意とする稀有な存在であった。
自分の中で様々な情報を一度に整理し、最適解を導く。脳内で並列思考を行い、今後のプランを練るその姿に、ヘンリクは頼もしさを感じた。
「…………………よし。」
覚悟を決めた表情で、ブラウン大統領が顔を上げる。
「決まったか…?」
「あぁ……ひとまず3iを動かす。」
「……!!」
3i。ブラウン大統領が発足させた、大統領直轄の諜報機関である。3iはinvisible・information・institutionの略で、直訳すると『見えない情報機関』となる。
ブラウン大統領の名により国内だけでなく国外でも情報収集をし、ブラウン大統領の情報戦力を盤石なものへと組み上げていく一部の人間しか知らない諜報機関が3iなのだ。
「既に情報を集めさせている……情報が集まり次第、議会を開き、行動に移すつもりだ。」
「そうか……。」
「……ヘンリク、頃合いではないかね?」
ブラウン大統領は、ヘンリクの目をじっと見つめつつ、言葉を続ける。
「以前より話していた、防衛部隊の所属。現状、防衛部隊の本部はアメリカ陸軍にあり、そちらとしても自由に動ける状態には無い…。違うかね?」
事実、防衛部隊はアメリカ陸軍所属の異空間駐屯部隊だ。異空間の採掘場を護る盾。しかしながら軍上層部の都合によっては物資の量が左右されてしまうという、辺境での任務を主とする防衛部隊にとって、あまり好ましくない状況であるのは確かだった。
先日のレイダー襲撃の際に戦力があまり送られず、在庫処分のような形で旧式兵力が送られて来たのもそれが原因である。
通常任務の範疇であれば然程問題ではないが、今は戦時中だ。世界大戦が勃発する前に、この問題は片付けて起きたかったのである。
「……そうだな。動くとすれば、今かもしれん。」
「防衛部隊の『独立計画』。防衛に特化せず、攻防どちらの戦力も拡充し、アメリカ軍とは別の『自由に動ける戦力』を構築する構想。各軍部の影響力や派閥に左右されず、応戦する戦力の拡充と軍事行動を行える。更に言うなれば、アメリカ軍としての所属でないのであれば、これまで以上に装備品の制約は無くなる。アメリカ以外の…他国製品を運用するのも、自由になる筈だ。」
軍というのは幾つもの司令系統に別れており、一つの戦力を動かすにも様々な部署を通す必要がある。とある部隊を動かす為に陸軍に要請をしても、陸軍内部の各部署に問い合わせがいき、そこから空いている部隊へと通達がいく手筈となる。どれだけ簡略化しようとも、情報が伝わり行動に移されるまでにどうしてもタイムラグが起きてしまう。
さらには兵力の増援を要請しその間戦線を維持しようにも、制限下にある戦力のみでは厳しいというのが現状であり、上層部の承認を待つその間に部隊が全滅してもおかしくはない。
前線に出る人間にとっては、そのタイムラグは致命的であり、早急に撤廃したい要素でもあるのだ。
そして、防衛部隊で採用する装備品……これも重要だ。ブラウン大統領の半端ない外交能力によって、これまで敵対していたロシア連邦とも和平する事ができている。流石に中東地域までは手が及びきっていないが、国連加盟国であり互いに理事国でもあったロシア連邦との和平交渉を進められた大統領の手腕は、流石という他ないだろう。
……まあ、ロシア連邦のトップが変わったのも、和平交渉の円滑化の要因でもあるのだが。
ともかく、そのお陰で俺やジャックはAKMを扱えるし、ソ連製の2A65を改造して多脚戦車に搭載できるという訳だ。
しかしながら、自国の部隊が国外の兵器を運用するというのは、上層部からすればあまり面白くないとも言える。十数年前まで敵国だった国の兵器であれば尚更だ。
「これまで何度も、軍部からは抗議文が上がって来ていてね……そちらへ届く前に何とか揉み消していたんだが……君なら、薄々気づいてはいたんだろう?」
「あぁ……全ての者がそうでは無かったが、一部将校からそういう発言をしていたというのは、親しい別の将校から聞いている。」
「彼等も別に悪い人間ではないんだけどね……愛国心故に、他国製品を運用する君達が、目についてしまうだけだからね…。」
そう考えてしまう気持ちも理解できるが、それが原因で防衛部隊本部を通して圧力を掛けられてはたまったものでは無い。
「………決めたよ、ジャック───いや、ブラウン大統領。」
「─!………聞こう。」
お互いが、これまで以上に真面目な雰囲気へと戻る。
今この場においては、昔からの友人同士で無く、大統領と防衛部隊隊長、の関係であった。
「……我々、アメリカ合衆国管轄異空間エリア021防衛部隊は──」
「アメリカ陸軍からの独立し、防衛部隊改め、機甲傭兵戦団"フォートレス"の編成を宣言する!!」
「─うむ!アメリカ合衆国大統領、ジャック・ブラウンの名において、その宣言を受託し、独立を容認するものとする!!」
軍としてで無く、傭兵組織としてアメリカ軍と戦線を共にする。ブラウン大統領との友好関係はそのままに、より迅速かつ自由に行動できる戦団として戦場へと舞い降りる。
パチンッと大統領が指を鳴らすと、秘書官が部屋の中へと入ってくる。
「ジェシカ秘書官、大統領令を出す準備を。……我々の祖国の安寧を守る為に、動くぞ。」
「…!!……かしこまりました。早急に準備に当たります。」
2052年8月3日、アメリカ合衆国大統領ジャック・ブラウンの名のもとに、一つの大統領令が発令された。
我が国の国益を守り続けたエリア021防衛部隊の独立を容認し、国益の守護をより良いものとするというものであった。
唐突な大統領令の発令に動揺が走るが、反対する者は一人もいなかった。民衆や政治家達は口を揃えて「彼が為す事だ、きっとまた素晴らしいものだろう」と信じてやまなかった。
盲目的にも見えるそれは、ブラウン大統領の積み上げてきた絶大な信頼とそれに付随する実績によるものだ。
大統領令の発令を以て、この日より防衛部隊は機甲傭兵戦団"フォートレス"として、世界各国の戦線に介入して行く事となる。その影響力がエリア021に留まらず全世界を巻き込んだものになるとは、この時代を生きる者達が知る由もなかった。
この大統領令と戦団の発足が後世において英断と呼ばれるか、はたまた愚行と呼ばれるのか。
それを知るのは、後世を生きる人々のみである。
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