2.拾われた者
遠くで声が聞こえる。
呼んでいる?それとも叫んでいる?
何を言っているのかは聞き取れない。
───ぁ、近づいて来た。
「おい坊主!大丈夫か!?」
見ず知らずの子供に声を掛けるとは、
なかなか優しい御仁なようだ。
「待ってろ、すぐ助けてやる!──おいっ!誰か担架持ってこい!!」
あぁ、意識が遠のく。
最後にいい人に出会えた。
こんな最後なら、悪くない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
──────っ?
ここ、は?
布張りの天井……テント、か?
っ、というかここは何処だ?
俺は何故、こんな所に────
「お、坊主!目覚めたんだな!!」
「───ぁ、誰、だ?」
驚く程掠れた声だったが、何とか声を絞り出した。
「無理して喋んなくていいぜ。俺はゴルドー、しがない工作官だ。」
工作官。確かアザーへと派遣される、工作隊の隊員の名だったか。
「助け、て、くれ、て、あり、が、と……」
俺は掠れる声で礼を言った。
「っハッハッハ!!!礼なんざいらねぇよ!倒れてる奴を放置なんか出来っかよ!」
……よく笑う御仁だ。
だが、そこに悪意は感じられなかった。
「さて、お前さんはここが何処かも分からんだろ?教えといてやる……ここはアメリカから行けるアザー、エリア021のアザーライト採掘プラントだ。最近採掘が始まったばっかのプラントだが、まあ、そこそこ広いんだぜ?」
採掘プラント。アザーライトを採掘する為の採掘基地の様な物だ。
「しっかしよぉ、坊主、お前さんはなんであんな何もねぇ場所でぶっ倒れてたんだ?」
「……分から、ない。」
何も、分からない。
知識が無い訳じゃない。
記憶が、無いのだ。
だからプラントや工作隊の事は理解できた。
「……記憶喪失か?まいったなこりゃ……。」
ゴルドーが眉を顰める。
「まあ、記憶が戻るまで、ここにいろよ。一人分くらいなら飯も用意出来るからな。記憶ねぇままじゃおちおち別れられねぇよ。」
俺は無言で頷いた。
俺の様子を見たゴルドーは表情を柔らかくすると、
「動けるか?気分転換にこの採掘プラントを案内してやるよ。」
気分転換か……悪くない。
俺はゴルドーの差し出した手を取ってベッドから起き、
傍らに置いてあった自分の物と思われる上着を羽織ってテントの外へと出たのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「どうだ坊主?まあまあデケェだろ?」
ゴルドーはニコニコしながら俺に施設を紹介してくれる。
工作隊司令部、食堂、倉庫、野戦病院、居住区……と様々なエリアが存在した。中でも目を惹かれたのは、
「お、アナライザーが気になんのか?」
アナライザーと呼ばれる人型兵器の格納庫だった。
俺はゴルドーの言葉に頷く。
「ウチにあるのは護衛用の『W-6』と旧式の『Q-65』だな。無骨だが、カッコイイだろ?」
───アナライザーの話をするゴルドーは楽しそうだ。
『W-6』というのはアメリカのアナライザーを建造する企業、「ウェストインダストリー」が製造するアナライザーの名称だ。
正方形を少し弄ったような頭部に所々に曲面のあるスラリとした胴体の機体の横には、この機体用の装備と思われるストーナー63───アメリカ製のアサルトライフルで、機関銃としても扱える銃───を大型化した様なライフルが置いてあった。
角張った見た目の無骨なアナライザーは、何度も使われているのか所々に塗装が塗り直されている箇所が見受けられる。それはつまり、このエリア021でも戦闘があったという事に他ならない。
隣にある『Q-65』はまだアナライザーの総数が少ない頃に作られた旧式の機体で、奥行きのある長方形の頭部と接合用のボルトが目立つ古びた機体だ。整備はされている様だが、いくつか装甲に傷が見られた。
隣にはショーシャ機関銃───フランス製の軽機関銃で、半月型のマガジンが特徴的───が大型化された様な機関銃が置いてあった。
……ショーシャ機関銃は信頼性の低い兵器として知られているが、あれは大丈夫なのだろうか……。
「…………興味あるなら、乗ってみるか?」
「───!」
「目ぇ見りゃわかる、興味が尽きねぇって顔してやがる……乗るか?」
「─の、る!!」俺は何度も頷きながら答えた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「───っと、操作説明はこんなもんだな。」
俺はゴルドーから『Q-65』の簡単な操作説明を受けた。
アナライザーを動かすには専用のヘルメットを装着する必要がある。このヘルメットが脳波を読み取り、その動きを機体につたえるという画期的な手法だ。細かい事は知らないが、どうやらこの技術の中にもアザーライトは含まれているらしい。…………万能な事だ。
強化ガラス製のフェイスガードが付いたヘルメットを被り、起動句を唱える。
「…………コネクション」
【メインシステム─起動──接続開始───接続完了───ビジョンシステム──起動──FCS──起動────全システム──オールグリーン】
ヘルメットの中に機械的な音声が流れる。どうやら接続は問題なく完了した様だ。
「よーし!坊主!!試しに前に進んでみろぉー!」
ゴルドーが下で叫んでいる。よし、やってみるか。
意識の中で前に進むと、機体の足が前に進んだ。そのまま軽く旋回し、機体の動作をチェックする。
旧式のメインシステムであるせいなのか、意識に機体が追いつくまで少しラグがあるものの、動かす分には何ら問題ない。
「うっし!!問題なく動かせてるな!!んじゃ、一度降りてくれ!!最近使ってないから整備しとか──」
ゴルドーの声を遮る様に、近くで爆音が鳴り響いた。
なんだ……何が起こった!?
ふと目線を下に向けると、他の仲間に介抱されるゴルドーの姿が目に映った。思わず叫びそうになったその時、採掘プラントの入り口付近の広場に、1機のアナライザーが立っているのが見え──いや、違う。あれは──
─────レイダーだ
レイダーは、襲撃者の名称として広く浸透している名だ。割とまんまな名前なのはよくある話だが、そんな事はどうでもいい。
───あいつが、ゴルドーに怪我をさせた
その事実が、俺の中に眠る火種に火をつけた。
格納庫にあるストーナー63を掴み、左手でハンドガードを掴みながらフルオートで5.56mm✕45<B>弾──銃サイズに合わせて大型化してるので実質的には違うが、名称が分かり難くなるので最後に<B(Big)>をつけて表示している──を叩きこんだ。
銃の使い方は、何故か身体と脳が覚えていた。……記憶のある俺は、一体何者なんだ……?
そんな疑問を抱くのも束の間、直ぐに戦闘へと意識を戻す。レイダーは左腕のフレームがズタズタになっており、尚且つ胸部の装甲も半壊しているものの、未だ動ける様で手に持つ銃──アメリカ製のM3サブマシンガンのような金属製の簡素な見た目の銃──の銃口を此方に向けて引き金を引いた。
小規模な弾幕が張られ『Q-65』の装甲が次々と剥がれ落ちていく。ヘルメットの中に警報が鳴り響き、損傷の具合が画面に表示される。
─────どうやら肩の装甲が損傷した様だ。
だが、まだ動ける。
この程度で、止められると思うなよ。
俺は機体で思い切り前に踏み込み、レイダーに急接近を掛ける。旧式の機体が若干の悲鳴を上げるがそんなのはどうでもいい。この機体のFCSで確実に命中させられる距離まで接近し、ライフルの銃口を向ける。
もちろん、此方の攻撃が届くという事は此方より高性能なレイダーの銃撃は勿論、射程圏内だ。だが、そんな事はどうでもいい。案の定、弾幕が張られるがそれを左腕を盾にして致命傷を回避する。さっきから警報が鳴り響いてうるさいが、そんなものは無視だ。
───唐突に、弾幕が止んだ。
──────弾切れだ。
弾幕が無いのならば、あとするべき事は一つである。左手でハンドガードを握り、レイダーの頭部にヘッドショットを御見舞いする。
レイダーの機体がグラッと揺れ、そのまま後ろ向きに倒れ込んだ。
────此方の勝ちなようだ。
俺は安堵の混じった溜息をついたのだった。
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