平穏の影に
人々が行き交い、露店では値切り交渉をする人も見られる喧騒に包まれた街、商業区。
先日の大規模侵攻からほんの数日で、商業区はいつも通りの日常を取り戻した。
外出制限が解除され、多くの人々がこの商業区を巡り歩き、自分が求める商品を買い求めに来る。そんな商業区の巡回任務に、俺はやって来ていた。
他のメンバーはモーリスを除いて拠点で何かしらの用事に勤しんでおり、手の空いた俺達が巡回任務を引き受けたという感じである。
とは言え商業区もそこそこ広い為、手分けして巡回しているのもあってモーリスとは別行動である。一応連絡用の片耳用ヘッドセットを着けているので、何かあれば連絡を取り合えるようにはなっている。それに伴ってコールサインも貸与されており、今回の任務ではモーリスが『ウルフ1』、俺が『ウルフ2』となる。
また今回の任務が街中での巡回というのもあり、装備は可能な限り軽装備な物となっている。メインアームは腰に下げているハンドガンの『マカロフPM』である。これは初めて商業区に訪れた際に購入した、俺の愛用品の一つだ。サイドアームには防衛部隊の倉庫から借用したコンバットナイフを採用している。あとは念の為、着ている上着の下に防弾チョッキを着用しているくらいで、本当に必要最低限の装備となっている。
露店を横目に見つつ商業区を巡回して行く。時折子供達が棒キャンディーを片手に──よく見るとピクルス味って書いてある……なんだあれ──楽しそうに走り回っているのが見えたりと、街中はとても賑やかだ。
しばらく街を巡回していると、少し先の広場が何やら騒がしい様に感じられた。催し物でもしているのかと、俺もそちらへと歩みを進める。
「───神は見ておられる!!!我々の行いの全てをだ!!!かの襲撃の使徒は、神が我々に遣わした聖なる使徒なのだ!!我々は行いを悔い改めなければならない!!!」
───宗教家の演説か。
あの手の演説は、所属する宗派が有利になるように捏造した事実を偉そうに捲し立てるものが多いのだが……どうやらあの演説もそれに該当するようだ。
しかしまあ……神の使徒ねぇ…。
始まりの使徒だのなんだの名乗ってはいるが、結局の所只の侵略者だ。神だの宗教だのはなんの関係もない。
もしその神が関係しているのであれば、その神への信仰を広めようとする宗教は真っ先に潰されるだろう。
時代は移り変わり、宗教が大きな権力を持つ時代は終わっているのだ。信仰の自由とは、人々の平穏と安寧を維持する為に与えられるものと、長い時を経て改正された各国の憲法に記載されている。
ふと、演説する宗教家の足元を見ると、何やら檻の様な物が見えた。少し注視していると──中で何かが動いている。
「我々は神の代弁者であり、遣いの者である!!よってここに!!!我らの神の神々しい御神体を!!!諸君等に崇める機会を与えようではないか!!」
──何やらきな臭い。
何時でも動ける様にしつつ、移動経路を確保する。
その時、檻の中にいる何かが鮮明に見えた。
中にいるのは──子供だ。
ボロボロの服を着た、痩せこけた子供。その子供に宗教家の男が近づき、口を開けさせて何かを飲み込ませようとする。
男が持つ鈍色かつ所々からエメラルドグリーンの光が漏れでる小さな石。あれは──アザーライト!?
人類が求める新たなる鉱山資源。異空間でしか採掘され無い、一般市民が所持する事はまず有り得ない政府管轄の重要資源。一般的な石炭や石油を用いたエネルギー産生よりも遥かに大きなエネルギー産生力を持つ新たなる産業革命の火種。
それを、この男は手にしている。
しかも、それを飲み込ませようとしている。
「っ!!!」
咄嗟に駆け出すが時既に遅く、男は子供にアザーライトを飲み込ませてしまった。
「ぁ!?ぐっ?!?ぁぁぉぁぁ!?!!?」
飲み込んだ子供が苦しみ始め、その痩せ細った身体が徐々に肥大化していく。
「さあご覧あれ!!!神より賜った聖石による、我らが神の眷属の御姿を!!!!」
宗教家が喧しく叫んでいるが、そんなことはどうでもいい。
みるみる肥大化した子供の背丈は2mを超え、身体中から異常発達した骨が突き出ていた。
アザーライトという過剰エネルギーの塊を摂取する事による異常発達。数年前、アザーライトの研究段階で何を思ったかこの石を舐めた研究者がこの症状を発症し、研究者一名が死亡している。その時は身体中の骨が異常発達して突き出る事による出血多量で死亡しているが、今回は訳が違う。
異常発達に適応するかの様に身体が肥大化し、それでも尚収まりきらない骨が突き出ている。ここまでのレベルだと、もう元には戻れない。
「皆さん!落ち着いて避難して下さい!!!とにかくこの場所から離れて!!!」
声を張り上げて叫ぶが、付近の人々は混乱から抜け出ていないのか、悲鳴をあげながら一目散に逃げ出して行った。
本来ならば誘導に徹するが、今はそれどころじゃ無い。
「あぁ!!神々しい!!!これが我らが神の──ぶげっらあっぁ!?!?!」
先程から喧しく叫び続けていた宗教家の男が、肥大化した子供に殴り殺される。辺りに血が飛び散り、肉片が広場の噴水へと音を立てて沈んでいく。
──このままでは民間人に被害が出る。
やるしかない、そう腹を括り腰のホルスターからマカロフPMを引き抜く。セイフティを解除しつつ、身に着けたヘッドセットを起動、回線を緊急回線──防衛部隊の本部に繋がる緊急時用の回線だ──に設定する。
「ウルフ2より防衛部隊各員に緊急連絡!!!商業区西部エリア噴水広場にて事件発生!!!アザーライト関係事件であり、事件首謀者は死亡!被害者になった身元不明の子供が異常発達を維持した状態で凶暴化している模様!!」
『こちらウルフ1、すぐそちらへと向かう!持ちこたえろよ!!』
『こちらヴァネッサ!ウルフ2、聞こえてるかい?』
「こちらウルフ2、聞こえている!」
『良く聞きな!被害者には可哀想だが、民間人に対する条件付きの発砲許可を発令するよ。標的はもちろん、その暴走してる元子供だ。条件は発砲をその子供に限定する事。いいね!?』
罪の無い子供を殺せ、という事になるのか…。
だが、このままではこの子は他の無実の民間人を殺害するという罪──あの宗教家はどうでもいい──を背負ってしまうのだ。あの子の為にも、やるしかない。
「司令を受託。これより、作戦を開始する!」
マカロフのグリップを握り締め、俺はそう叫んだ。
覚悟は、出来ている。
凶暴化した子供──便宜上、暴徒と呼称する──が肥大化した腕を振り上げ、此方に向かって振り下ろしてくる。恐らく正常な思考が不可能なのだろう、近くにいる生物を見境なく攻撃している様だ。
振り下ろされる腕を回避しつつ、照準を合わせて引き金を引く。9mm弾が銃口から射出され、真っ直ぐに暴徒の頭部へと飛び込んで行く。
弾丸は命中したものの、やはり身体構造が異常をきたしているのか、9mm弾程度では効果が無いようだ。
攻撃を受けた事でさらに興奮状態に陥ったのか、荒々しく腕を振り回し、近くの石畳を粉々に砕いてしまう。このままでは付近の建物にまで被害が及んでしまうが、今の装備では止める手立てが無い。
牽制がてらにもう何発か引き金を引き、注意を此方に引き付けておく。
「──こちらウルフ1!無事か!!メルト!!!」
モーリスが合流してくれたようだ。
「俺は無事だが拳銃が効かない!!何かいい手は無いか!?」
「だったらコイツだ!!──くらえっ!!!」
モーリスが手にした少しばかり大きなフレアガン──信号弾を発射したりするのに使う拳銃だ──の引き金を引くと、銃口から勢い良く白い網が飛び出した。
──ネットランチャーか!!
「ひとまずコイツで時間を稼ぐしかねぇ!!」
ネットに覆われた暴徒が腕を振り回して暴れるも、突き出た骨にネットが絡まり身動きを制限してしまう。だが、その拘束をも引き千切ろうとしているのか、腕をを思い切り左右に開こうと藻掻いている。あまり猶予は無いみたいだな…。
「増援はまだか…!?」
『──サーベル1よりウルフ隊、無事かね?』
「この声は──ヘンリクか!」
『無事な様で何よりだ。さて、これからそちらへと着地する──巻き込まれ無いようにしたまえ。』
着地?………………まさか!?
「モーリス!!退避っ!!!!」
「お!?お、おぉ!!!!」
ヘンリクの奴、アナライザーで降り立つ気だ!!!
そんな思考も束の間、先程俺達がいた所には白銀のフレームに身を包んだアナライザーが、土煙を立てて降り立っていた。
『サーベル1、現着。君に罪はないが───許せ。』
そう言うや否や、ヘンリクはアナライザーの半分程度の背丈しか無い暴徒の首を、手に持つ剣で一刀の元に切り落とした。
抵抗する暇も無く暴徒の首は地面へと落ち、残る身体も地面へと倒れ伏した。
剣を鞘に納めた後、胸部のコックピットから昇降ワイヤーでヘンリクが降りてくる。
「やあ二人とも、無事かね。」
「無事だ。……ヘンリクに踏まれそうだった事以外は」
危うく死ぬかと思ったぞ、マジで。
「はははっ、それはすまない。以後気をつけるとしよう。」
そうしてくれ、頼むから。
「さて……まずはメルト君、よくやってくれた。君の迅速な対応のお陰で、被害の拡大を防ぐ事が出来た。」
「……………。」
「……君の言いたい事はよく分かる。だが、君の判断は決して間違っていない。安心したまえ、私も同じ気持ちだ。」
「………すまない。」
もう少し早く動いていれば、助けられたかもしれない。そんな考えばかりが過る。
「メルト、お前は良くやってる方だぞ…。あの状況で動ける奴は多くねぇ。あの子の為にも、しっかりしとけ。」
「そう…だよな…。」
失った命は戻らない。不変であり、覆す事の出来ない事実だ。
「ひとまず戻ろう。後の事は駐屯部隊に引き継ぐ。───引き上げるぞ。」
「「了解。」」
前を向かなければ。
あの子の為にも。
そして、あの子の様な目にあう子を、
これ以上出さない為に。
何時もよりも苦い感情の中、俺は拠点へと帰るのであった。
念の為書いておくと、この物語はフィクションです。
あまり深く捉えずにお読み下さいm(_ _)m




