暗雲
お待たせしました((*_ _))ペコリ
猛烈なマズルフラッシュと共に放たれる数発の弾丸。
的確にレイダーの眉間を貫いたそれは、穿たれたレイダーを機能不全に陥らせるには十分な威力を持っていた。
「合流地点は……この辺か。」
補給の為に走行したルートを逆走し、殿を務めるジャックがいる場所へと合流する。
比較的拓けているこの場所で、ジャックは自らの相棒『ヴィーゲンリート』を片手に無双しまくっていた。
獰猛な14.5mm<B>弾による射撃は一度に複数のレイダーを纏めて穿ち貫き、その確固たる破壊力によって集まってくるレイダー達は見るも無惨な姿へと変貌して行った。
リロードの合間を隙と捉えたとある個体がジャックに接近を試みるも、ハンドガンであるジェリコ941を素早く引き抜き、西部劇に出てくるガンマンさながらの早撃ちで見事ヘッドショットを成し遂げていた。
そうこうしている内にリロードが終わり、また先程の様な惨劇に見舞われるレイダー達。最早蹂躙とも呼べる光景に、メルトは開いた口が塞がらなかった。
「まじなんだこれ。」
『ア?……なんだメルトか。危ねぇ危ねぇ、危うくジェリコの餌食にするとこだったぜ。』
「洒落にならんから止めてくれ。」
『ククッ…まあいいさ。さてと、合流したっつー事は補給済んでんだろ?だったらそろそろお開きにするかね。──ランス1よりアイギス、応答してくれ。』
『──こちらアイギス。ランス1、どうされました?』
『こちらは合流も済んで、補給も終えている。潮時だ、航空支援を要請する。』
『──ランス1の要請を受託、航空機部隊をさせます。』
『助かるよ、そいじゃあな。』
航空支援というのは、地上で戦闘する部隊が要請出来る切り札の様なものだ。航空機の部隊が上空から爆撃及び機関砲を発砲し、敵地上部隊に大きな損害を与える強力な切り札。それが航空支援だ。
もちろん、支援要請から攻撃開始までにはタイムラグが生じる他、軍隊であれば各部署の許可が必要になる為、タイミングが非常に重要になってくるのも事実だ。
しかし防衛部隊では無人機の運用を積極的に行っており、オペレーターへの要請だけで無人航空部隊の支援を受けられる様になっている。
うちの部隊で運用されている無人航空機は無人爆撃機の『SKB-28』とその爆撃機の護衛等で運用される無人戦闘機『SKF-37』の2種類で、SKB-28はシャベルの様な薄く角張ったアメリカ製ステルス爆撃機B-2のようなシルエットであるのに対し、SKF-37はスラリとしたシルエットにカナード翼が取り付けられた、ルータンバリ・イージーの様なシルエットを持つ機体である。
航空支援部隊はSKB-28が4機とSKF-37が4機の計8機で構成され、迅速かつ的確な航空支援を敢行する事が出来る様になっている。また撃墜されたとしても替えが利く他、人的資源の損失が0であるという点においても、優秀な航空戦力であると言える。
『アイギスよりランス隊、航空支援部隊が出撃、到着まで残り240秒。』
『「了解」』
到着までは、可能な限り敵さんを食い止めておくとしよう。
AKMのマガジンを交換してコッキングレバーを引き、狙いを定めてヘッドショットをかます。どうせ航空支援で木っ端微塵にされるのだ、接近してくる奴にのみ対処すればいい。
『──航空支援部隊到着まで、残り30秒。』
『そろそろか……メルト、少し退くぞ。』
「了解。」
この場に居たら俺達も爆撃に巻き込まれてしまう。味方の爆撃で死ぬなど、不名誉にも程がある。
『航空支援部隊、爆撃開始──着弾まで、残り15秒。衝撃に備えて下さい。』
岩陰に身を隠し、爆撃の影響を受けないように退避する。爆撃はもう間もなくだ。
『───5、4、3、2、1──弾着、今。』
カウントの終了と共に、岩陰の向こうから激しい爆撃音が鳴り響いた。
爆撃の中心に居た個体なのか、酷い損壊で機能停止したレイダーがこちらへと吹き飛んでくる。付近に削れた岩壁が散乱し、衝撃によって立ち昇った土煙が辺りを覆い尽くす。
『ヒュウ〜♪』とジャックが口笛を吹きつつ、その様子を眺めている。確かにここまで派手にやれば、いっそ清々しい様にも感じるものだ。
『ランス1よりアイギス、航空支援の効果は絶大──支援、感謝するぜ。』
『こちらアイギス。それは良かったです、御武運を。』
『んじゃ、行きますかね』
「分かった、次はどこに──」
『ンぁ?おい、メルト、どうした?』
「あそこに、何かいる。」
『は?』
俺達のいる場所を見下ろせる一際高い岩山。そこに揺らめく黒い影。
一見するとレイダーなのだが、何かこう、自分の中に湧き出て来る違和感を、俺は隠せずにいた。
『なんだァ、あれ──ッ!!来るぞ!!』
「っ!!」
レイダーと思しき黒い影は高く跳躍し、こちらへと急降下しながら接近してくる。付近の岩壁を蹴りつつ減速し、俺達の前へと着地した。
接近した事で風貌がハッキリとしたが、コイツは俺達の想像するレイダーとはまた別の、異質な存在だった。
基本的なレイダー同様、機械のボディを持つコイツは身体中から謎の黒いケーブルが伸びており、その先端は蛇の様な頭部が接続されている。
機体色は赤黒く、恐らくカメラアイであろう頭部のモノアイは鮮血の様に赤い光を放っている。
手には身の丈程の大きなツヴァイヘンダーの様な大剣を持っており、その大剣もまた、赤黒く染められている物だった。
「なんだコイツは…!?」
『分からねぇ…構えろメルト!仕掛けてくるぞ!!』
ジャックの警告とほぼ同タイミングで、正体不明のレイダーが大剣を大きく横に薙いだ。
ブワッと突風が吹き荒れたかと思うと、俺達の前方の地面が深く抉られ、亀裂が生じていた。
『ッ!!なんつー威力だ……』
「警告。」
『「!!!」』
唐突にレイダーが言葉を発する。声質は女性の様だったが、まさか搭乗してる奴の…?
「侵攻、阻む者、邪魔。障害は、排除。──排除、執行。」
「来るっ!!」
俺はAKMをウェポンハンガーに預け、ブレードメイスを引き抜く。正体不明機の振り下ろした大剣を回避しつつ、不明機の横っ腹をブレードメイスで殴り付ける。
ガギッ!という金属のぶつかり、擦れ合う音と共にブレードメイスが静止する。見るとブレードメイスの刀身は不明機には届いておらず、不明機の持つ大剣によって阻まれていた。
振り下ろした直後のあの一瞬で、此方の攻撃に合わせて大剣を引き戻しやがった。
すぐさま地面を蹴って離脱し、距離を取る。
『ククッ、無茶するじゃねぇか、メルト。だが気をつけろ、コイツはヤベェ……』
「分かってる……反応速度が尋常じゃない。」
「再度、警告。邪魔は、排除。例外は無い。」
そう言って不明機は大剣を薙ぐ。またもや突風が吹き荒び、地面に亀裂が走る。その隙を狙ってジャックがAKMで弾幕を張るも、手に持つ大剣によって全て弾かれてしまった。
俺もブレードメイスで殴り掛かるが、先程と同様に大剣によって阻まれてしまった。
『クソッタレ、埒があかねぇ。』
「………ジャック。」
『アン?』
「俺に考えがある。」
俺はジャックに自分が立案した策を伝え、ジャックはその策に対して一瞬の戸惑いを感じながらも、「他にいい案もねぇしな。」と最終的には納得してくれた。
「それじゃあ、やろうか。」
『突拍子もねぇ案だが……嫌いじゃねぇ。』
お互いに得物を構え、俺は不明機に向かって突撃を仕掛けた。
なんの飾りっ気もない、単調かつ直線的な突撃。迎撃態勢に入っている相手に対しては悪手でしか無い単調な攻撃を、メルトは敢えて仕掛けた。
ブレードメイスを振りかぶり、勢いのまま横薙ぎに振り抜く。ブオンッと風を鈍く切り裂く音と共に刀身が不明機に迫るも、先程と同様に大剣によって防がれて仕舞う。
だが、メルトの策の本命はブレードメイスでは無い。
握り締めていたブレードメイスから手を離し、肘部にあるブースターからバックブラストを噴射、高密度の空気の噴射による推進力を利用して不明機の首元へと腕を滑り込ませる。
そのまま両腕でホールドし、機体ごと不明機の背後へと回り込む。首元をホールドしている左腕はそのままに、自由の利く右腕でツヴァイヘンダーを持つ不明機の右腕を押さえつける。
「──!───邪魔─」
不明機も無抵抗では居られないのか、物凄い力で拘束を振り払おうとする。アナライザーの出力を上げているにも関わらずこの馬鹿力だ、あまり長くは保たないだろう。
だが、それでいい。
一瞬でいい。
この一瞬を、俺に意識を向けていればいい。
腕を押さえつけていた右腕が振り払われ、此方に大剣を振り回してくる不明機。例え力の入り難い乱雑な抵抗であっても、ツヴァイヘンダーの質量攻撃は身動きの取れない俺にとって十分脅威であった。
流石の試作機でも大剣の質量攻撃には勝てないらしく、腕部の装甲が切り裂かれ、肘から下の腕部フレームが甲高い金属音を立てつつ切断されてしまった。
残る片腕も振り払われ、またも切断されそうになるその刹那──俺は脚部のブースターを全開で噴かせ、大剣の腹を思い切り蹴り飛ばした。
剣という武器種は総じて側面からの衝撃に弱く、どれだけ力を込めていても横からの衝撃が加わる事で容易く剣先が左右にブレてしまう。
勿論の事、素早く振り下ろされる剣の横っ腹を蹴りつけるのはかなりのリスクを伴う。タイミングを間違えれば、そのまま真っ二つである。
だが、振り回すのみで余り勢いの乗らない大剣の横っ腹を蹴るのは、拘束を振り解いて無力化しようという意識に囚われた不明機の意表を突くには十分であった。
案の定大きく剣先が横に逸れ、アナライザーの左腕を切り落とす筈だった大剣はそのまま地面に深々と亀裂を生み、静止した。
すぐさま引き抜こうとする不明機だったが、その腕が大剣を持ち上げる事は終ぞ無かった。
ズダンという荒々しい音と共に弾け飛ぶ不明機の右腕。驚いた様子で振り向いた目線の先には、相棒のライフル『ヴィーゲンリート』を構えるジャックの機体がそこにはあった。
『ったく……無茶しやがるぜ。』
「─損害──腕部破損──継戦───続行困難」
機械的な口調でそう言いつつ、不明機はもう片方の腕で大剣を引き抜き此方へと向き直る。
「──次──必ず─殺す──今回は──ここまで─」
そう言って不明機は跳躍し、付近の岩山へと飛び移る。片腕を喪失した事で不安定な挙動をしてはいるものの、まだ余力がある様に感じられた。
『ケッ、ビビって逃げんのか?』
ジャックが煽る様に問い掛けるが、その声色には余り余裕が無いように感じられた。
「──我らに──感情は──無い───我らは─終焉を与えし者──『深淵』─故に──下克上は──認めない。」
深淵……。
それがコイツらの名であり、俺達を脅かす者達の名なのか。
「故に──殺す──貴様等は─等しく──皆殺しにする──」
不明機は踵を返し、最後にこう述べた。
「──貴様等は─この我──始まりの使徒──が末席──『イヴォア』が殺す─覚えておけ」
言い終えた後、不明機……もといイヴォアは、岩山を飛び移りながら姿を消した。
『始まりの使徒か……。聞いたことネェな。』
「俺もだ。」
『…………まぁ、脅威は去ったんだ。仕事に戻るか。』
それもそうだ。イヴォアという脅威は去っても、まだ他のレイダー達は攻勢を続行しているのだ。
コイツらを蹴散らさない限り、俺達に平穏は訪れない。
『ランス1よりアイギス、応答してくれ。』
『──はい、こちらアイギス。ご無事ですか?』
『俺達は無事──っと、メルトの機体は損害有りだったか……まぁ、ともかく無事だぜ。』
『えっと……メルトさん、大丈夫です?』
「あぁ、片腕は損失したけど、まだ動けるよ。」
『片腕……機体とはいえ、ゾッとしますよ…。』
それもそうだな。
アナライザーの腕で良かった、というべきか。
…………ヴァネッサには忘れずに報告しよう。怖いし。
『コホンッ、ともかく!無事で良かったです。状況的に介入する手段もありませんでしたから……』
『いや、的確な判断だったゼ?あの場で状況報告求められるよか遥かに良い。』
ジャックの言うことは最もだ。予測不能な攻撃が飛び交う中、無線で集中を乱されるなんざ堪ったもんじゃない。
『……ありがとうございます。──気を取り直して、各戦線の状況をお伝えします。メイス隊管轄のポイントαは無事制圧を完了しています。カトラス隊管轄のポイントγは数が多いのもあり、未だ掃討中とのことです。サーベル隊管轄のポイントβは既に制圧が完了しているようで、サーベル1は他エリアの掃討に加勢するとの事です。』
サーベル1──ヘンリクか。
およそ一人とは思えない戦力だな……もはやよく分からん。
『了解。俺達も他のポイントの支援に向かう。』
『了解しました。……メルトさんはどうします?』
「……どうしようか。」
俺の機体は無事とは言い難い。右腕は肘から下が欠損しているし、至近距離で大剣の衝撃波を受けたせいなのか、装甲に何ヶ所か亀裂が入っている。
『一度撤退して、体勢を整えてはどうでしょう?』
「そうだな、そうするよ。」
無理は良くないからな。
「それじゃ、俺は一度帰投する。」
『クク…後は任せな。』
「頼んだ──ランス2、帰投する。」
ジャックに後を任せ、片腕の欠損により安定感に難のある機体を制御しながら、俺は拠点へとブースターを噴かすのだった。
お読み頂きありがとうございます。
リアルの方が中々忙しく、やりたい事と執筆に挟まれつつ書いております笑
気長に見て貰えると幸いです。 布都御魂




