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 ペンションに戻る途中、坂の上からの町の景観に見とれた。夏の宵、その蒼く暗い空気の底に、照明が灯された建物が並んでいるわけだ。それなりに風情がある。

 俺は文芸作品を極めて知って、いねーのだが、「梶井基次郎」の表した世界に似ているかな、と思ったりしたもんだよ。なんたって温泉だし。

 誤解されてイチャモンつけられたら困るんで正確に書くが、なにも鄙びた木造旅館が建ち並んでいるわけじゃない。今は昔ではないのだ。近代的な鉄筋コンクリの建物が、ズラズラっと並んでいる。照明だって昔の儚い黄色ではなしに、目にギラつく白色蛍光灯だよ。第一、俺が泊まっているところだって旅館ではなくペンションだ。ペペン! 全然文芸作品の響きと違う。

 でもいいんだ。こんなときは想像して勝手に作っちゃえばいい。基次郎ごっこしたらいいのさ。


『時どき私はそんな路を歩きながら、ふと、其処が京都ではなくて京都から何百里も離れた仙台とか長崎とか――そのような(まち)へ今自分が来ているのだ――という錯覚を起こそうと努める。私は、出来ることなら京都から逃出して誰一人知らないような市へ行ってしまいたかった。第一に安静。がらんとした旅館の一室。清浄な蒲団。匂いのいい蚊帳と糊のよくきいた浴衣。其処で一月ほど何も思わず横になりたい。(ねが)わくば此処が何時の間にかその市になっているのだったら。――錯覚がようやく成功しはじめると私はそれへ想像の絵具を塗りつけてゆく。何のことはない、私の錯覚と壊れかかった街との二重写しである。そして私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ。』 (『檸檬』)


一人佇む俺:「……」

俺の魂の叫び:(……クゥゥゥッ! 俺ってヤベェぜ!)


 嗚呼、この草津山特有の情緒に浸りつつ吾、帰り道をそぞろに歩いてゐると、前方から、恐らくはこれから湯に入るつもりなのだらう、逞しくも上半身裸の青年の一団が、賑やかに談笑をかわしつつ此方に向かってやって来るのであった。よくよく見ると此がみな白人、即ち外国人である。彼等は吾を認めると、各々片手をあげて陽気にデカイ声で挨拶を寄越してすれ違って行くのであった――。


「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」


 嗚呼、吾も当然挨拶をお返しすべきなのであろうか……?


「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」「コンバンワー!」


 嗚呼、こんな格好の、バカ陽気な連中は、アメリカ人にまず間違いナシなんである。

「……」

 嗚呼、草津山温泉……。

 なんちゅーか、おお、ざっつわんだーかんとりー! あいえむべりーはっぴー、おーいえー、さんきゅーべりまっち!

 なのでありました。



<了>


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