3話 それはあの日の誓い
side:スノスノ
私は部屋に戻り、久方ぶりに杖と魔導書を手に取る。
5年前、この街は蹂躙された。焼かれ壊され奪われた…ただただ一部の魔族の憂さ晴らしという理由で。
その結果、ラグナと同じように武器を持って戦う術を手にした人は多い。剣闘大会を行い、有志を集め自警団を組織するくらいには悔いを持っている。
それでも、5年だ。たった5年の付け焼き刃…ましてや対人しか知らないのではやはり心許ない。
更に言えば…ラグナほど勇気のある奴らなんてただの1人も居ない。
5年前に魔族の前に立ち塞がり、リリアを守ったラグナ…同じ行為をした人たちは犠牲者に成り果てたという。サミルがいうにはラグナとその人たちこそ真の英雄という…
そして、今回の騒動。探知魔法で見る内で、きちんと立ち向かえているのはサミルたちと郊外の連中くらい。
勿論、それ以外の連中が無能とは言わない。避難誘導している人はいる。けれど、その人たちの中に自警団は含まれていない。所詮は烏合の衆…
そんな混沌とした所へ、ラグナを連れて行くのかと自らに問い掛ける。
ラグナは強い。分かってる…それでも、強くても死ぬ時は呆気なく死ぬ。
そんな事はさせない…させないけれど、もしそんな事になれば今度こそ、私は………
「……違うわね…」
ラグナだけじゃない。リリアもサミルもイリアスも……
もう、とっくの昔から大切なんだ。
✳︎
side:ラグナ
一旦装備を整える為と部屋へと戻ったスノスノ。まあ、それは必要だから当然として…
未だにブルブル震えているリリア…何とかしなきゃいけないなぁ…
イリアスさんも戻ってきそうにないし、声を掛ける。
「リリア、あの時よりは怖くないからな。サミルさんもイリアスさんもきっと戦ってる。スノスノだって居るし、俺だってあの時みたいに震えてばかりじゃない」
「ラグぅ…それと虫とは別だよぉ〜」
「いや、別じゃないと思うけど…」
単に虫が嫌なだけかい…スノスノの話、半分も聞いてない。街を滅ぼせる程の群勢が来ようとしているわけだし。
まあ、あの時よりはリリアも大人にはなった。羽虫を斬り、黒い虫はフライパンで叩き潰し…虫に対しての殺意だけは俺より上じゃね?
ましてや、サミルさんとイリアスさんの子どもだぞ。潜在能力は俺より遥かに上じゃね?
とは思うが、あくまでもそれは一般的な虫のサイズに対しての話。人の背丈ほどある魔物には別だろう。
「リリアは隠れてていい。イリアスさんもすぐ戻ってくる。この街には僧侶も居ないし、回復魔法を使えるのはゴスディルを使えるイリアスさんだけだ。きっとここは救護所みたいになる」
「う、うん……あの時もそうだったけど…」
「リリアはその手伝いをしてくれ。頼む」
伝説の手甲・神拳ゴスディルもディアボロスと同じく使用者を選ぶ武器で、光と闇の属性を持っており光属性の回復魔法が使える代物だ。
サミルさんとイリアスさんが居てくれたからこそ、あの時も街は救われた。
もっと早く助けてくれていればと言う人もいる。だけど、俺にはそんな気持ちは無い…知っているから。
父さんと母さんが死んだ事で後悔しているのはあの2人だ。きっと今だってその後悔を抱えたまま戦ってる。
だから…
「ラグ、それはダメだよ。お父さんはきっと逃げない。届けないと」
リリアはそう言って、飾ってあったゴスディルを手に取る。
「お父さんはお酒飲むといつも言ってるんだよ。『親友たちを助けられなかった』って…あの時、ラグのお父さんとお母さんに回復魔法をかけ続けてた姿は私も覚えてる。だから、私も一緒に行くよ」
「…でも、それは…」
「危ないのも分かってる。虫が嫌な私が足手まといなのも…それでも、これは必要な事だし、ラグが守ってくれるでしょう?」
ゴスディルを持ち運び出来るのはリリアだけだ。ディアボロスはスノスノや俺も何とか持てるが、戦い方の違いからか血縁からかゴスディルには認められている気がしない。
それに、イリアスさんが戻ってくるよりも届けた方が早いのも事実だ。スノスノなら居場所だって分かるだろうし…
「…分かった。でも、届けるまでだぞ。その後は物陰に隠れるとかイリアスさんの側にいるとかして安全に居られる場所に留まるんだぞ?」
「ラグは?」
「俺はスノスノと一緒にサミルさんにディアボロスを届ける」
そう告げるとリリアは俺の服の裾を握ってくる。声にならない訴え…「傍に居て」だろうか、あるいは「死なないで」だろうか。
気持ちは分かる。分かるけど…
「そこで『俺は死なない』とか『帰ってきたら伝えたい事がある』とか言わせるつもり…それ、死亡フラグよ?」
いつの間にか部屋から戻ってきていたスノスノがそんな横槍を入れてくる…死亡フラグって何ぞ?
スノスノ曰く、先の戦争でそんな事言った連中は大抵戦死したのだとか…しかも、真っ先に。生き残るつもり無いじゃん、それ。
いつかイリアスさんが言ってくれた言葉を思い出す…「臆病くらいで良いんだよ」と、あの時何も出来なかったと悔やんでいた俺に告げてくれた一言。
もしあの時、何か行動していたらきっと俺もリリアも生きてはいなかっただろう。
けど、今回は違う。行動しなければサミルさんやイリアスさんが危ないのは分かってる……あの人たちなら素手でもどうにかしそうだとは思うけれど。
それでも…
「行こう。2人が待ってる」
「うんっ」
「そうね。安心しなさい、私があなたたちを守るわ」
スノスノ、それも死亡フラグじゃね?
そう思いつつも、ミルウェイを出る。すると、上空には多くの昆虫型魔物が飛び交っていた。
「ラグぅ…」
「これはリリアじゃなくても嫌になる光景だな…」
「そうね…虫嫌いになるには十分だわ」
街中まで降りてきていないのが幸いだった。おそらく、呼び寄せられたものの本能的に降りるのを躊躇しているんだろう…
とはいえ、その本能がいつまでも続くとも思えない。むしろ、中には無謀にも降りてきて戦ってるのもいるはずだ。
あるいは既に……
「はぁ…仕方ないわね。《赤き焔の古よ、悪きを喰らう聖霊よ。その姿を甦らして我の前に顕現せん…フレイム・ドラグーン×8》」
スノスノが得意の火炎攻撃高等魔法を繰り出す。それも8匹同時に竜の姿をした火炎魔法だ。ちょっとやり過ぎだとは思うが非常事態なので良いか。
魔導師という称号は伊達じゃない…名前とは裏腹に火炎魔法が得意なのはどうかとも思わなくもないけれど。
それでも、世界を救った英雄の力ほど頼りになるものはない。
火炎竜が空を駆け、次々と昆虫型魔物を飲み込んでいく姿はただただ圧巻だ。亡骸が街に落ちてこないように焼き尽くすつまりなんだろう。
が…
「あの時より酷い光景になったと思うのは俺だけだろうか…」
「ラグ、同意見だよ…」
スノスノやりすぎ…それが俺とリリアの意見だった。
とはいえ、そんな事を言っている場合じゃない。今はとにかく急がないと。