1話 それは変わらない日常
「ふぅ……」
今日も千回の素振りを終えて一息つく。
アルクトの街から出て少しのところにある雑木林が俺の練習場所…ここで毎日とまではいかないが、週5、6日は来て素振りをしている。
日課というほどでもないが、継続しているからこそ街で行われた剣の大会でようやく優勝出来たのだと思っている。
だが、どうせそれも小さな街の、本当の強者も出ないお遊び程度の大会での話。強い奴は自警団に入るし、自警団に居る奴は規定で大会には出られない。ましてや、剣以外を使う奴には参加資格もない。
そんなごっこ遊びの延長、上から順番に時間さえかければ誰でもいつから優勝出来る戯事と割り切っているからこそ、自警団からの誘いも無い事も割り切れた。かなしくなんてないやい。
むしろ、自警団なんて必要かと思える強者たちが近くに居るので入る理由がないなとも思う。ただ1人だけ守れれば良い。
その1人というのが…
「ラグー。ご飯出来たよー」
いつも頃合いを見計らって声を掛けてくる幼なじみの少女、リリア。
彼女は宿屋の娘であり、両親を失った俺に対して甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている。そんな妹のような大切な存在だ。
「ああ、ありがとう。片付けて行くよ」
鋼の剣を鞘に戻し、置いてあったタオルで汗を拭ってリリアの方に近づく。
「わざわざ、革の鎧まで着込んでしなくてもこの辺は安全なのに…いつも真面目だよね、ラグは」
「油断大敵って奴だろ。街の中だって盗賊やら諍いやら安全ってわけじゃないのに」
「まあ、そうだね…うちはお父さんもお母さんも強いし、ラグたちも用心棒してくれてるし…」
用心棒してるつもりはないんだけども、リリアが安心して暮らせているのなら強くは言うまい。
それに、ただ飯食いの役立たずよりはマシだ。リリアの両親からも一応は頼りにされているのなら用心棒くらいは買って出ても良い。もっとも、リリアの両親の方が何倍も強いが。
それ以上におそらく強いもう1人の用心棒(仮)だって居るのだから、俺の出来る事なんて本当に限られている。
それでもまあ、あの時よりはマシだと思う。
「ラグ、それよりご飯食べたらお風呂入らないとだね。結構汗びっしょりだよ?」
「ああ…最近暑くなってきたからな。いくら木陰あるっていってもな…」
「街中ですれば良いのに…」
リリアはそう言うけど、家には安全に剣を振れるスペースは無いし、出来るところは必然的に自警団の連中が牛耳ってるので絡まれる。
普段から宿屋の看板娘たちにくっついているクソ野郎とか因縁つけられているのに、ロクな事にならない。
街の剣闘大会でやっと優勝したにも関わらず、未だに入団の声が掛からないのも、そういうやっかみがあるからだと思う。
それに気付いたら、自警団に入って街を守るなんて意味のない事だと思えた。実際、自警団なんてのが街をうろつくゴロツキと大差ない気もしてきた。
だから、ここで素振りを続けている。体が鈍らないように…
「まあ、色々あるんだよ。色々…」
「うん…ラグの事情は分かってるよ。そろそろ私も覚悟決めないとね…とりあえず、一緒にお風呂入って考えようね?」
「…いや、入らないから」
確かにそっちの色々もあるし、俺だってそろそろ覚悟決めなきゃいけないのは分かってる。そうした後に街から出なきゃいけないくらいは考えてる。
でも、それは俺の独断って訳にもいかないし…
今考えても仕方ない事だ。とりあえず、もう一方の当事者と相談しないと。
「うーん…7年2ヶ月と4日ぶりに入れると思ったのに…」
「適当言うなよ…ほら、帰るぞ」
「うん」
いつものように、リリアに左手を差し出す。それをいつものように握るリリア…あの時から、何も変わらない温もりだった。
✳︎
アルクトの街は5年前の災禍によって半分くらいが焼け落ちた。
戦後の復興によって新たに街を囲うように高い壁が建てられ、南北に門を設置する事で防衛力を高めた。
とはいえ、街であるにも関わらず領主も騎士団の分隊も災禍以降新しく配属される事なく今日まで至る。
そんなので良いのかとも思うけど、何とかやれているのだから大丈夫なんだろう。
最も、その裏側にはある人物の存在が大いに関わっているというのは、この街の住人…いや、国の大多数が分かりきっている事だ。
大通りに面した我が家に戻って荷物を置き、向かいの宿屋へと向かう。ちなみにリリアとは門に入ってから別れた。いつものように買い出しの手伝いだ…
本来なら手伝うのだが、ここ最近は俺が付いて行くと値切れないと断られている。揶揄われた上に通常価格で買わされたんじゃ割に合わないとか。
そんな節約術(?)も身につけているイムルート家の看板娘はさておき、朝食兼留守番をするとしますか。
扉を開けて中に入ると、少し暗がりの食事処には1人を除いて誰も居ない。宿のチェックアウトの時間も併設するギルドの忙しい時間帯も過ぎているから残っているはずもないか。
「ラグナ、おはよう。スープ温め直す?」
「おはよう…スープはこのままでいいや」
「そう…」
ミルウェイ唯一の長期滞在客…という体裁である彼女、スノスノ・ツェッペリン。その向かいに座る。既に食事も用意されており、互いにここが定位置でもある。
彼女は先の大戦の英雄であり、この街の救世主でもある。と言ったら怒られるけど…
3年前、災禍でズタボロになったこの街へ訪れたスノスノは戦勝の報酬で得た大金を復興資金として惜しみもなく提供し、街を囲う壁を作り上げた。
先に言ったその人物こそ彼女であり、街の世話役みたいな扱いされている。名実共に偉いのだ。
そんな天上人なはずの彼女にどういうわけか俺は認められている。この街を救った英雄なのだと…
それは、リリアの母親であるサミルさんたちの入れ知恵であり、サミルさんこそが本当のこの街の英雄なのだが…
スノスノもサミルさんもそれを否定する。
片や、ただの復讐者であると…
片や、大切な人を守れなかった愚者であると…
その気持ちを知っているのは俺を含めて極僅かだ。
だからこそ、英雄スノスノ・ツェッペリンではなく1つ年上のただの女の子として接する事が出来る。だからこそ普通に振る舞えるのだろう。
それだけじゃないんだけども…
「ラグナ…そんなに私の顔を見てどう……もしかして、溜まってる?」
「朝から何言ってるんだ、お前は」
「誘ってるだけ」
一夜の過ち…とは言いたくないけど、俺とスノスノはそういう関係になった事がある。リリアが居るにも関わらず。
そんな歪な関係が一年以上続いているのだが、そろそろ覚悟決めないとっていうのが今抱えている問題だ。
「……なあ、スノスノ。ちょっと真剣な話していいか?」
「…ラグナ。私は横恋慕の泥棒猫でいいっていつも言ってる。お互いに思い合ってるのも分かってる。2番目でいいとも言ってる」
「いや、そうなんだけどさ…周りの目とかあるだろ。それを気にすると、この街を出なきゃいけない事になるだろうし…」
「そういう目で見る街の連中が?」
それ、冗談に聞こえない。スノスノとサミルさんが本気で睨んだら間違いなくそうなる……とすると、あまり心配しなくていいのか。
何か、悩んでるのがバカみたいに思えてきた。