表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉から逃げて、青春を追って。  作者: ねねころ
6/6

第六話  疑惑の目



 森宮家の一室では、今日も今日とて密やかに双子会議が開催されていた。


 しかし、向かい合う2人の表情はいつにもなく真剣で、漂う空気もピリリと張り詰めている。


 「こればっかりは晴花の意志だから私たちができることなんて限られてると思うよ〜」


 気だるそうに伸びをしながら陽乃がちらりと明葉を一瞥する。


 「もちろんそんなことは分かってるけど、少しでも確率を上げるように手を尽くそうと思って。陽乃が諦めてもこっちは遠慮なく動かせてもらうよ」


 「明葉のしたいようにすれば〜?どのみち晴花の性格を考えると極力目立たない楽な仕事を選ぶはずだから、会計委員になると思うけどね」


 顔を上げた明葉と見下ろすような陽乃の視線がぶつかり、火花を散らす。


 そう、本日の議題は『晴花の加入する委員会について』なのだ。


 両者共に自分の所属委員会に晴花を加入させたくて仕方がない。


 学年が違うと通常の学校生活ではほとんど接点を持つことができないが、委員会が同じとなれば話が変わってくる。絶対にこの機会を逃すわけにはいかない。


 「はぁ…陽乃の読みこそ違うんじゃない?晴花がクラスメイトがざわざわしてる中で意気揚々と立候補すると思う?流れ流れて流されて、1番最後の先生補佐を決めるところまで挙手できないはずだよ」


 いくつものプランを書き出した紙の束をトントンと机の上で整えてから、明葉が立ち上がった。


 ドアノブに手をかける前に、再び陽乃を一瞥する。


 「何?会議は終わりでしょ?早く出て行って」


 「はいはい。どっちが正しいかなんて明白なんだけどね。明日が楽しみだよ」


 ぱたりとドアが閉まるのとほとんど同時に、陽乃が見えなくなった明葉の背中めがけてスリッパを投げつけた。


 静かな夜に容赦なく響く音と、漂う殺気に自室で眠る晴花もうっすらと目を覚ます。


 「うっ…なに…さむい…」

 

 晴花は突如感じた寒気に身震いして、再び眠りの底へと落ちて行く。


 こうして双子の冷戦が幕を開けた。





 新入生合宿初日、私はいきなり窮地に立たされていた。


 焦って立候補した委員の倍率が運悪く他の委員よりも高く、おまけにじゃんけんではなく話し合いで委員になる人を決めなければならない。


 絶望だ。どう考えても自分に勝機などない。


 全てを諦め、薄ら笑いを浮かべて他の候補者たちの熱い会計委員への思いを聞き流していたかと思うと、みんなの視線がなんとなく私に集まり始め、温かい眼差しに包まれ、本当に訳の分からないうちに話し合いが終結した。


 「えっ?」


 何故か眼前には可愛らしくにこにこ微笑む池内小夏の姿があった。


 よく見ると本当にアイドルを目指しそうなくらいに可愛らしい顔立ちをしている。いや、今はそれどころではなくて…


 「森宮さん、どうしたの?会計委員、これから一緒に頑張ろうね!」


 「あっ、うん。よろしくお願いします」


 状況が飲み込めないまま、反射的に返した言葉は尻すぼみになり消えていく。


 上機嫌の池内小夏はスキップをしながら自分の席へ戻って行った。


 「いやー、まさかな。まさか森宮がそんなにお姉さんのことを慕っていたとはな。誰よりも情熱があるよ、それは。仕方ない仕方ない!俺の分まで会計委員、頑張ってくれよ!」


 常備薬の吉倉くんが、席に戻るなり後ろから話しかけてくる。


 「情熱?え、何ですか?」


 しばらく吉倉くんの言葉がぐるぐると頭の中を回り、やっと意味がわかった頃には、謎の焦りが湧き上がってきた。


 「情熱?!え?!もう一回状況説明してもらえますか?!」


 委員決めなどどうなでもなれと言わんばかりにうとうとし始めた吉倉くんの方を勢いよく振り返った。


 森宮晴花、今日一番の声量に驚いたのか、吉倉くんも顔を上げた。


 「お姉さんを追いかけてこの高校に入ったんだよな?あと一年しか一緒にいられない、それでも巡ってきた同じ委員になるというチャンス、もしここで同じ委員になることができないのなら、この辛さは言葉にできないって」


 再びフリーズしてしまいそうになるのをぐっと堪えた。

 

 待て待て待て。


 なんだそれは。身に覚えがなさすぎる。


 「えっと、それは私が言ったことなんですか?」


 そうなのだとしたら、何も覚えていない自分自身が恐ろしい。


 「森宮がそう言っていたって、池内が涙ながらに説明してたぞ」


 「え」


 ほとんど反射的に池内小夏の方に顔を向けると、私の視線に気がついた彼女は変わらずご機嫌な様子で、こちらに向けてひらひらと手を振ってきた。


 思い返せば、池内小夏は入学初日に陽乃のスリーサイズを尋ねてきた相当の変わり者だ。


 変わり者というか、ギリギリアウトな陽乃ファンというか、熱心なファンであることは間違い無いだろうから、陽乃に近付くために陽乃と同じ会計委員になりたかったのだろう。


 しかし、どうして私までも会計委員にする必要があったのだろうか。


 「森宮、大丈夫か?もしかしてあの話は池内の勘違いなのか?」


 「う、うん。まあ、そんな感じです…」


 勘違いも何も、私と池内小夏は会話らしい会話すらしたことがない。どれもこれも彼女の盛大な作り話だ。


 単純に陽乃と接点を持つために、私と友達になる必要があったのかもしれない。それなら合点がいく。


 自分を納得させかけたその時、ふと脳裏に輝の言葉が過った。


 「気を抜くなよ」


 「いるかもしれないからな。双子のスパイが」


 体の中を冷たいものが駆け巡る。思わず身震いした。


 「あの、池内さんってどんな人なんでしょうね」


 思考を整理するべく、吉倉くんに再び話しかける。


 「かなりモテるよ。可愛いからな」


 「私もそれは一目見ただけで分かりました。足も長くて身長も高いのに守ってあげたいオーラがしっかり出てますよね」


 いや、だから今はそれどころではなくて…


 「池内は中学一緒だったから、どんな奴か分かるよ」


 「え!!本当ですか?!」


 これは朗報だ。池内小夏スパイ疑惑が浮上した今、真偽のほどを見極めるために彼女のことを知らなければならない。


 双子と接点がありそうな時点ですでに黒に近いが、スパイの可能性をひっくるめても私に話しかけてくれた貴重な女子であることに変わりはない。


 正直なところ、もうスパイでも陽乃のストーカーでもなんでもいいから友達が欲しい。


 「俺と池内は同じバスケ部でさ。池内のあの長身からなんとなく想像できるだろ?ずば抜けたエースって訳ではないけど、ちゃんと活躍してたな。まあ、とにかく目立ってた」


 なんとなく歯切れが悪くなったような気がして、吉倉くんの表情を盗み見る。


 こちらを向かずに伏目がちで話を続ける様子を見ると、違和感が確信に変わっていった。


 底抜けに明るい彼は、きっと嘘が吐けない人だ。


 何かあったことを、何も無かったことに出来ない人だ。


 「バスケ部、だったんだ。姉も中学時代はバスケ部だったから、もしかしたら私もどこかで池内さんを見てるかも知れないです」


 「そうだよな。森宮の姉ちゃんはスポーツモンスター森宮陽乃なんて言われてるくらいだから、俺も知ってるよ。森宮は中学どうしてた?」


 憂いが消えた吉倉くんの瞳が、まっすぐ私を捉える。


 久しぶりにこんなに近くで人と視線を合わせた気がする。意識してしまうと、途端にたまらなくなった。


 「あ、えっと…私は中学は帰宅部で、すぐ家に帰ってました。陽乃に全部持ってかれて、運動はあんまり得意じゃなくて」


 「そっか。帰宅部いいなー。俺らは絶対どこか部活に入らないといけなかったからな。あ、ごめん森宮。俺、委員決めまだだった。ちょっと行ってくる」


 「あ、すみません…!」


 教室で、輝以外の人とこんなに会話が続くなんて、一体何年ぶりだろう。


 クラスメイトの輪の中に溶け込んでいく吉倉くんの姿を見送りながら、頬が緩むのを必死に堪えた。


 問題は解決していないけれど、気持ちは明るい。どれもこれも吉倉くんのおかげだ。


 池内小夏については、今後も要注意人物として細心の注意を払って接するように肝に銘じておこう。


 終業のチャイムが鳴り響き、長かった委員決めも幕を下ろした。



**



 合宿所のホールが騒がしくなったのは、合宿初日の全日程を終えて、残すは就寝のみとなった辺りからだ。


 移動や慣れない場所での授業と食事などで蓄積するはずの疲れをものともせず、男女のグループで歓談する者、売店で買ったお菓子を片手にゲームに勤しむ者、トレーニングルームでダンベルを持ち上げる者など、多くの生徒が思い思いに高校生活のスタートを楽しんでいるように見える。


 私はというと、広いホールの片隅にあるソファに座り、自販機で買った温かいお茶をちびちび飲んでいた。


 すみっこでひとりぽつんとお茶…ぼっちであれば納得のいく光景だが、今夜はそうではない。


 隣には天使のような微笑みを絶やすことなくこちらに向ける池内小夏、向かいには吉倉くん、そして吉倉くんの隣にはクラスメイトの小野くんが座っている。


 クラスの陽キャラとモテる女子と一度も話したことのない男子という緊張を超えて混乱してしまうようなメンバーである。


 「はあ、結局吉倉と体育祭実行委員かよ…俺は小夏ちゃんと一緒に委員会活動したかったんだけどなあ」


 どうやら小野くんは今まで接してこなかったタイプの人間のようだ。


たった数分同じ時を過ごしただけで、実際にわかることなんてほとんどないだろうが、モテる女子を追いかける、本能と欲望に忠実そうなタイプだとみた。


 双子と近づきたいと協力を持ちかけられることは何度もあったが、本人を前にしてストレートにアプローチするタイプはあまり見たことがない。


 「体育祭実行委員、小野くんにあってると思うよ!私は森宮さんと会計委員になりたかったから、ほんと今日は幸せな1日になったよ!」


 池内小夏の爽やかで可愛らしい笑顔が弾ける。


 小野くんも「それならよかったよ〜」としきりにうんうん頷いて、彼女の天使の笑みを前に早くも屈したようだった。


 「森宮、体調大丈夫か?無理に声かけて悪かったな」


 みんなと視線を合わせないまま俯き加減で会話を聞いていたので、心配されても無理はない。


 吉倉くんの困ったような表情を見て、慌てて首を振る。


 「私はただ慣れてなくて…!えっと…」


 中学生のときはいつも1人だったから、と続けようと口を開きかけたが、そんなことを言ってしまってはせっかく友達になれる流れなのに台無しにしてしまうかもしれない云々と頭の中で思考が巡り巡って、結局続く言葉を口にすることができなかった。


 「うんうん。まだまだ高校生活は始まったばかりだから私も慣れなくて大変だよ。吉倉なんてもうクラスの中心になりつつあるでしょ!ほんとにすごいよ〜!」


 「いやいやいや!俺もまだ緊張する場面たくさんあるから!それより池内、初日から3年生に声かけられたてたよな?さすがマドンナだわ」


 陽キャラ同士が謎の褒め合いを始めたようにも、なんとなく嫌味を言い合っているように見える。


 同じ中学校だっただけあって、2人の間の空気はなんとなく遠慮がないような気がする。


 「森宮さんは毎日家に帰ると美人の双子がいるんだよな?それは想像するだけで最高だなー…あっ!俺はもちろん小夏ちゃん一筋だけど!」


 確かに双子の顔は美人かもしれないが、やっていることは全く可愛くないどころか許されるかどうかもはやギリギリのことばかりである。よって総合的に見ると全然可愛くない。


 小野くんの言葉に苦笑いを浮かべてやんわり否定したところで、机の上に置いていたスマホが震えた。


 画面に大きく『陽乃』の文字が表示され、隣に座る池内小夏の目が鋭く光った。


 「森宮さん!気にしないで出ていいよ!ううん、出てもらってもいい?!お願いします!!」


 興奮気味の池内小夏に唆され、そしてその勢いに押され、通話の表示をタップする。


 『晴花〜!!声聞きたくて死にそうだったよ〜!いっぱい喋ってほしいからゆっくりお話ししよう〜』


 「ごめん、今クラスの人と話してて、また掛け直すから!じゃあね」


 通話を終えて恐る恐る隣の池内小夏の方へ振り向くと、彼女は目を輝かせてこちらを見つめていた。


 「森宮さん…本当にありがとう…まさか陽乃さんの声が聞けるなんて…興奮で今日は眠れないかもしれない!!」


 隣から感じる熱量と自分がグループで談笑しているという現実に耐えきれなくなって、勢いよく立ち上がった。


 驚いた顔の吉倉くんと小野くんに深々と頭を下げて、「ごめんなさい!!ちょっと用事があって!!」と早口で告げ、言い終わるかどうか怪しいタイミングでもう部屋に向かって走り出した。


 ああ、これじゃあ中学時代と何も変わらなくなってしまう。せっかく巡ってきたチャンスを無駄にしてしまった。

 

 後悔の波が次々と押し寄せてくるが、耐えられないものは仕方がない。


 急いで部屋に入ると、スマホの画面が光ったことに気がついた。


 「えっ」


 表示されたメッセージに思わず声が漏れる。


 『もう疲れただろうから電話しなくて大丈夫だよ〜!明日、私も合宿所に行くからね♡逃げちゃだめだよ〜!』


 なん…だと…?陽乃が合宿所に来るだと…?


 友達を作るチャンスも、双子の妨害がないからこそ巡ってきたようなもので、悪魔の双子がいない平和な日常に感動すら覚えていたところなのに、なぜ。


 自問自答も虚しく、どっと疲れが押し寄せてきた。


 扉を背にずるずるとその場に座り込む。


 スマホ越しに聞こえた嬉しそうな陽乃の声が頭の中に蘇って、ついでに誰もが見惚れる彼女の美しい笑顔も脳裏に浮かんできた。


 合宿編、次で終わりの予定です!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ