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姉から逃げて、青春を追って。  作者: ねねころ
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第五話  合宿の始まり



 高校生活開始から5日、早くもため息が溢れた。


 「なんだよ。まだ始まったばっかりだろ」


 学校から帰ると当然のように私の部屋に通され、当然のようにベッドの上に寝転び、当然のようにポッキーを齧りながらスマホを操作する隣人の姿があった。


 「女子高生の部屋とかベッドとか、なんかもっとこう、気を遣ったりできないの?君は」


 重たい鞄を床に置いて、私の分と思われるオレンジジュースの入った手付かずのコップを手に取る。


 輝は私の質問には答えずに、やれやれと首をすくめた。


 「教科書なんて学校に置いてこいよ。まだテストも何もないだろ。中学の時もそうだったよな」


 「家で勉強するからいいの!」


 横目で私を睨みながら、露骨にため息を吐く。


 「それはやらないやつのセリフだな。まあ、せいぜい頑張れよ」


 以前は毎日のように顔を合わせていたが、別の高校に進学してからはまともに話もできていなかった。


 久しぶりの再会だというのに、輝の憎らしさは相変わらずだった。


 「はあ…で、どうなの?君の楽しい学校生活についてひけらかしに来たんじゃないの?」


 重たい鞄から教科書とノートを引っ張り出し、無心で積み重ねていく。輝との会話に集中力などいらないのだ。


 「ああ、憧れの峰星高校がどんなところか知りたいってこと?正直なところ清都の方が広いし売店もでかいし新しいし、快適だと思う」


 嫌味満載の憎らしい返事が返ってくることを想定して身構えていたが、拍子抜けした。


 確かに公立高校と私立高校ではそもそも設備や校風は比較しづらいような気もする。


 「強いて言うなら勉強に対して真剣な奴が圧倒的に多い。新入生代表の挨拶してる時に感じる敵対心剥き出しの視線が痛かったな」


 こんな弱気な発言も輝にしては珍しい。


 それだけ峰星の生徒はレベルが高いということなのだろう。


 「晴花のことは聞かなくてもなんとなく想像はつくな。双子の洗礼はどうだった?」


 「ははっ、最悪だよ。入学式の在校生代表挨拶がまさかの明葉でさ。そこで私の名前とクラスを出したんだよ?信じられないよね。もう今までも数々の信じられない行いがあったからもはや慣れてきてるけど、やっぱり信じられない…」


 輝が肩を小刻みに震わせて必死に笑いを堪えている。


 私が被害報告をするたびに見るお馴染みの光景である。


 「それは災難だな。いやあ、本当に舞台が高校に移っただけで変わらず楽しませてもらえそうだな。それで、教室に戻ったら双子について質問攻めにあって大変だったと」


 「はいはい、その通りです。なんでうちの双子はどこでもこんなに有名なの?あの2人は一体何してるの?入学式に出席していた3年生なんて明葉だけなんだよ?みんな陽乃のことは前から知ってたってことじゃん…もう謎すぎるよ」


 明葉と陽乃、個人の評判もさることながら、やはり双子としての評判を耳にすることが圧倒的に多い。


 これも双子の宿命なのかもしれないが、彼女らは認知度に関して頭一つ抜けていることは間違いない。


 「晴花は双子に興味が無さすぎるんだよ。双子が隣に住んでるおかげで俺まで有名になってる気がするわ」


 「いや、それは普通に輝が頭いいからなんじゃないの?」


 輝は分かってますと言わんばかりに口の端を持ち上げ、残っていた飲み物を一気に飲み干した。


 満足そうな笑顔で、部屋を出る前にこちらを振り返る。


 「まあ何にせよこれからも双子の妨害は確実に起こる。教室にいる間も気を抜くなよ。いるかもしれないからな。双子のスパイが」





 清都高校の恒例行事のひとつとして、毎年新入生合宿が開催される。


 清都はスポーツが盛んで、いわゆる強豪校の中に名を連ねるだけあって、郊外に設備の整った大きな合宿所があるのだ。


 中心地に位置する学校から出発し、もうすぐ1時間半。


 バスの中から窓の外を見ると、緑が生い茂っている。


 森の中の坂道をぐるぐると登っているせいで、俯き加減で目を閉じていたらだんだんと気持ちが悪くなってきた。


 視線を感じて顔を上げると、前方の席から後ろを振り返ったまま、なぜか目を閉じて固まっている池内小夏の姿があった。


 おそらく顔を上げた私と視線が合わないように咄嗟に目を閉じたのだろうが、あからさますぎて、そんなことをするなら多少感じが悪くても目が合った後にすぐ前に向き直って欲しいと思うくらいの不自然さだ。


 そうこうしているうちにバスは速度を落とし、合宿所の敷地内に入ったようだった。


 右手にはテニスコート、陸上競技用のグラウンド、左手にはサッカー部用と思しき芝のフィールドが見える。


 双子から聞いてはいたが、想像以上に広い。


 「森宮、大丈夫か?」


 ぼんやりと外を眺めていると、隣の席に座る吉倉伊吹が声をかけてきた。


 バス乗車から1時間半、到着寸前に初めて会話をした。突然のことすぎて、上手く発声できずにいると、その様子をさらに不審に思ったのか、自分の鞄からペットボトルの水と薬の入った袋を取り出した。


 「顔面蒼白だぞ。こっちは酔ってからでも効く酔い止め、強めの頭痛にはこっち、腹痛にはこっち」


 なんて用意のいい青年なんだろう。

おまけに社交性抜群、みんなの輪の中心にいるようなタイプで、しかしその割にバスの中では騒がず静かに爆睡をキメたあたりもかなり高評価だ。


 「えっと…すみません、じゃあ酔い止めを…」


 もらった水で酔い止めを口の中に流し込み、口直しにと差し出された小さなチョコレート菓子をゆっくり咀嚼した。


 「薬、あんまり効かなかったらまた言って。他にも何種類かあるから。それと合宿所にも保健室あるから、寝るんだったら使わせてもらえよ」


 「は、はい。ありがとうございます」


 みっともないところを見られてしまった恥ずかしさと、体調が悪いことに気付いてくれた嬉しさで、まともに目を見てお礼も言えない。

ひとりぼっちを極めるとこんな挙動になってしまうのだ。


 大型のバスが何台も並んで止まり、ぞろぞろと生徒が降りていく。


 笑顔の女子たちが、お気に入りの制服のスカートを揺らしながら走っていく。


 まだ高校生活が始まって1週間。手の届くところにそのきらきらは存在する。



**



 合宿所はちょっとしたホテルなんじゃないかと思うほど綺麗で快適な場所だった。


 吉倉くんにもらった薬が効いてくれたおかげで、到着早々保健室に駆け込むこともなく、周囲に遅れを取らずに合宿初日を過ごすことができそうだ。


 合宿所にある教室で、いつもの並びで皆が着席すると、及川先生がプリントを配り始める。


 続けて黒板にお世辞にも綺麗とは言えない字で“委員決め“と書いた。


 「バスでの移動、お疲れさまでした。のんびりしていただきたいところなのですが、あまり時間がありませんのでさくっと委員を決めてもらいます。このHRが終わってからは合宿所内でも各委員が各々の担当分野で率先して行動してください。生憎ですが、楽しいだけの合宿ではないということですね」


 周囲のクラスメイトから不満の声が漏れる。


 私も委員会活動はとても苦手だ。


 こういった委員は大抵男子1人、女子1人でペアになることが多い。

また双子目当ての男子にいいように使われそうになるに違いない。


 「なんとか委員を逃れられないかと考えている人もいるかもしれませんが、残念ながらそれは難しいですね。10の常置、4の臨時、1の特別委員会があるので、このクラスの人数、30人全員になんらかの役割が割り振られます。僕もここに赴任した当初は驚きましたよ。委員会の数が多いもので」


 委員会についても事前に双子から説明を受けていた。


 業務内容からして、おすすめは常置委員会の中では会計、特別委員会では先生補佐だと聞いている。


 「それでは一通りプリントに目を通していただいて、5分後に立候補制で委員を決定します。周りの人と相談しても構いません」


 手元のプリントには、各委員会の説明と委員の主な仕事が書かれている。


 改めて双子に勧められた2つの委員の説明を読むと、会計委員についてはクラスごとに振り分けられる予算をイベント等で使用する際の管理と書かれており、なるほどあまり人を率いて何かをするようなものではないことがわかる。


 一方特別委員会の先生補佐なる委員は、それは単に先生の仕事の雑用係であって、敢えて委員会を組織する必要があるのか謎だった。

主な役割として、“先生を助けること”とだけ書かれている。


 教室内ではどの委員に立候補するのか相談する声で溢れている。


 こんな時こそ隣の席が女子であれば、話すきっかけができたのにと思うとやるせない。


 悶々としているうちに、本日何度目かの視線を感じて、顔は上げずに視線だけをそちらに向ける。


 予想はしていたが、やはり池内小夏がこちらをじっと見つめていた。


 目があったことに気がついた彼女が、意を決したように表情を引き締め、席を立ち上がった。


 こちらに向かって歩いてくる池内小夏の姿に若干身構える。


 私の目の前でぴたりと止まった彼女が口を開きかけたところで、及川先生の声が飛んできた。


 「はい。みなさん相談はそこまで。各自席に戻ってください」


 金魚のように口をパクパクさせたあと、肩を落とした池内小夏がとぼとぼと席に戻って行った。


 ここまできたら私も何か声をかけようと思っていたが、やはり長年のぼっち生活が足を引っ張り咄嗟に動くことができない。


 「それでは学級委員から決めましょう。立候補する人は挙手してください」


 いかにも陽キャラ最前線の男女がハキハキ明るく手をあげている様子を横目で見ながら、私の頭の中では会計と先生補佐がぐるぐると回っていた。


 どちらにすべきか決めかねていると、及川先生が口を開いた。


 「あ、言い忘れていましたが、先生補佐に関して僕はそれなりに働いていただこうと思っています。楽そうだと思われては困るので、きちんと考えて立候補してくださいね」


 爽やかな声音とは裏腹に言葉には棘がある。

 

 先生の言葉を合図にすぐに教室が騒がしくなる。


 先生補佐に立候補しようとしていたクラスメイトたちが、慌てて別の委員を検討する様はなんだか面白い。


 なんだか面白いのだが、この様子はまるっきり自分にも当てはまっていた。


 「それでは次、会計委員に立候補する人は挙手してください」


 会計の二文字に咄嗟に手を挙げる。


 あ、もうだめだ。ここで会計委員になることができなければ…


 固く閉じていた目を恐る恐る開けると、ざっと8人近くが挙手していた。


 終わった。


 希望の委員になることができずに結局激務の委員に抜擢され、のろのろと動く私にイライラするクラスメイトたちの姿が容易に想像できる。


 「会計委員は随分人気なようですね。それでは会計委員候補の方は窓側に集まって誰が委員になるか相談してください。どうしてもまとまらない時は言ってくださいね」


 窓側に集まった候補者の中には見知った顔があった。


 クラスメイトだから当然と言われればそれまでだが、いつも俯き加減で過ごしている私でさえ見たことがあるのだから、個人的にかなり印象深いメンバーだ。


 「おー!会計人気だな。さくっと話して決めちゃおうぜ」


 常備薬たくさんの気遣いボーイ、吉倉くん。


 「私は絶対会計がいいので、よろしくお願いします!おそらく森宮さんも絶対会計委員になりたいんですよね?そうですよね?」


 あれだけ口を開かずにいたのに少人数になると勢いよく話し始めた陽乃ファン、池内小夏。


 クラスメイトはこの2人くらいしか覚えていないという貴重な2人が偶然にも会計委員に立候補していた。


 なんとなく知っている2人のうちどちらかと同じ委員になれるのであれば、少しは落ち着いて委員会活動も出来るはずだ。


 だからなんとしてでも会計委員に落ち着きたい。


 落ち着きたいのだけれど、あいにく話し合いは大の苦手だ。


 もう話し合いには参戦できないのでなるようになれと言いたいところだが、ここで粘らなければ華の高校生活も駄目になってしまう気がする。


 意を決して拳を握り締め、いざ、会計委員争奪戦へー!

 合宿編まだまだ続きます!


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