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姉から逃げて、青春を追って。  作者: ねねころ
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第四話 波乱の入学式


 森宮晴花、15歳。

 今日から晴れて高校一年生です。


 青春を謳歌するために、当面の目標はたくさん友達を作ることです。

 そのために今日は特別に姉にメイクもしてもらいました。

 

 それなのに、一体どうしてこんな状況になっているのでしょうか。





 教室の窓際の席に俯きがちに座ったままで、前後と右隣をちらちら盗み見る。

 

前の席には眼鏡をかけた大人しそうな男子、後ろにはすでに友達を作ったのか、談笑する声が大きめの男子、右隣には机に突っ伏した明るい髪色の男子。


 そう。私の席は前後と隣を男子に囲まれてしまったのだ。


 座席は出席番号順で並んでいるため不可抗力だが、出鼻をくじかれた悲しさが募る。


 ああ、何事も最初が肝心。女子の友達作りなんて、初動が遅ければあっという間に取り残されてひとりぼっちになってしまう。


 二つ前の席に座る女の子に話しかけてみようかどうか、そわそわと迷っているうちに教室前方のドアが開いて、先生が入ってきた。

 

 先生の姿を認めると、談笑していた数人の生徒たちが自然と席についた。


 「みなさん、入学おめでとうございます。はじめまして。このクラスの担任の及川志音です」


 及川先生はさらさらとした黒髪、背は高く、声は柔らかい。


 そして大きめの目が少し中性的な印象を与える、可愛い系の爽やか好青年と評されるような相貌だ。


 ルックスと相反して、黒板に書かれた先生の字はお世辞にも綺麗とは言えないものだった。


 「僕の名前を見ると、担当科目は音楽なのではないかと思う人も多いと思いますが、残念ながら数学です。年齢は28歳、趣味はスポーツ観戦です。これから1年間、よろしくお願いします」


 女子の黄色い声がちらほら聞こえる中、先生はにっこり微笑んだ。


 「それでは順番に自己紹介をしてもらいます。まず出席番号1番の相沢さんから」


 自己紹介は昔から苦手だ。


 自分の出席番号はいつも後ろの方だから、自己紹介に使えるありきたりなフレーズは自分の順番に回るまでに出切った上、散々使いまわされるので、悪目立ちしないような趣味や特技をなんとかこの足りない頭から捻り出さなければならない。


 そして大抵、何を喋ろうか悩んでいるうちにどんどん順番は進み、やっと自分の番だと思った頃には今までのクラスメイトの自己紹介が一切頭に残っていないことに気がつくのだ。


 「次は園田さん…ですが、そろそろホールに移動しましょう。入学式までもう少しなので」


 先生の言葉が途切れてすぐにホールに集合するようにと校内放送が流れた。


 廊下に並ぶクラスメイトの中にはすでに何組かのグループができているのがわかり、中学時代の嫌な記憶が蘇る。


 また、同じようなことになるかもしれない。理想の高校生活を夢見て、期待と共に家を飛び出してきた、あの勢いは今はもうない。


 このままではいけないと分かっているのに、話しかける勇気が出ないまま、入学式が始まった。

 


**



 私立清都高校は1学年7クラス、3学年で21クラスを擁する比較的生徒数の多い学校で、学校の敷地も広く、特に運動部の成績が優秀であることが知られている。


 最寄駅から歩いて5分、道中におしゃれなカフェや、本屋、学校の周辺には帰り道にぶらりと寄り道してしまいそうな魅惑的なスポットが多数存在する。


 そして、何よりも人気なのが制服である。ショート丈の少し明るめの青いブレザーに、濃い水色のチェックスカートとパンツ、学年ごとに異なる色のシャツ、そしてリボンとネクタイを選べるところも高評価なのだとか。制服を目当てに入学する女子も少なくない。

 

 特進科ではなく普通科であればそれほど高い学力も求められないので、制服のために受験する猛者たちのおかげで周辺の高校に比べると、普通科の倍率も高い。


 第二希望の高校だったとはいえ、誇れない訳ではないのだ。


 単純だけれど、制服をひらひらと揺らす、笑顔の女子たちを見ていると、清都高校でよかったのかもしれないと思えてくる。


 新入生代表の挨拶が終わり、在校生の代表者が登壇する。


 周囲から聞こえてくる楽しげなひそひそ話に耳を傾けながら、ぼんやりとステージを見ていた。


 「新入生のみなさん、入学おめでとうございます」


 ステージ上の人物が口を開いた途端、マイクを通した声が空気を揺らした瞬間、私は一点に釘付けになった。


 聞き慣れた、聞き慣れすぎた声が脳内にふわふわと漂う。


 「生徒会副会長の森宮明葉です。心温まる歓迎の挨拶は校長先生にお任せします。貴重なお時間を頂いているので、手短にですが、これからの高校生活を楽しみにしている新入生のみなさんに、夏休みまでのイベントとスケジュールをお伝えします」


 壇上にいるのは、今朝、ぼさぼさの頭で起きてきて、起き抜けの鼻声でいってらっしゃいと告げたはずの、双子の姉である。


 整えられた髪、ぱっちり二重のまん丸の目、高すぎない芯の通った声、見慣れた顔、聞き慣れた声でも、たくさんの視線を浴びて堂々とステージに立つその姿は、普段の彼女とおよそ同一人物とは思えないほどの輝きだった。


 「まず、入学式の1週間後に新入生合宿があります。今日を除けば初めての大きな行事ですね。宿泊先は清都高校の合宿所ですが、想像よりも快適だと思うので、楽しみにしていてください。この3泊4日を上手く利用して、クラスメイトと親睦を深めてくださいね。清都高校についても、合宿のオリエンテーションでよくよく説明があると思うので、そちらもしっかり学んできてください」


 いつものとんでもない悪戯と、非常にめんどくさい絡み方を思うと、目の前のハキハキと喋る明葉の姿がだんだんと妙なものに思えてきた。いっそ気持ち悪いくらいだ。


 壇上に明葉が現れてから、避けられないとわかってはいたが、やはり何度もこちらに視線を送ってくる。


 最初こそ明葉が生徒会副会長を務めていることや、先輩然とした姿に意識を持っていかれていたが、状況に慣れてくるといつもの双子の姿がぼんやりと浮かび上がってくるようだった。


 そう。いつ何時、油断してはならない。


 伏せた目をステージに向けたとき、運悪く明葉と視線がかち合った。


 「最後に…私の親愛なる妹も、新入生としてこの制服に袖を通すことができました。1年A組、森宮晴花をみなさんどうぞよろしくお願いします。以上です」


 明葉の粘着質な視線に絡まれたまま、私も目を逸らせずにいた。言葉を発することも、指先一つ動かすこともできない。


 悪魔の双子が絶対に何かしでかすことを忘れていたわけではないのだ。


 ただ、受験の妨害工作からしばらく時間も開き、今朝の陽乃の身支度の魔法のように、心浮き立つ出来事で警戒心が緩くなってしまっていた。


 明葉の視線の先を辿り、私の周囲がざわざわし始める。


 幸いなことに私はまだクラスメイトに対して自己紹介をしていない。今はなんとかやり過ごすことができる。


 ふう、と一息吐いて、やっと目を閉じることができた。


 こうしてまた、双子との戦いのゴングが鳴ったのである。



***



 教室に戻って着席した途端、後ろの席の男子に声をかけられた。


 「もしかして、あんたが森宮晴花?」


 「えっ…そうですけど…」


 ホールでは誰かに声をかけられることはなく切り抜けられたと思ったが、やはり甘かった。


 「お姉さん、すごい有名人だよな!俺は入学前から知ってるよ」


 「え、そうなんですか…?」


 後ろの席の男子の、明るくよく通る声が教室に響き渡る。


 ざわざわとクラスメイトの話し声が大きくなって、あっという間に囲まれてしまった。


 この光景は初めてではない。中学校でも同じことがあった。


 こうやって、最初はみんな私に群がってくるけれど、それは私に関心があるからではない。双子に興味があるだけだ。


 「え!あの双子の妹なんだ?!」


 「言われるまで気付かなかった!!そうなんだ〜」


 分かってる。意外だよね。私は別段可愛いわけではないし。


 双子の話題になると、いつも自分が値踏みされているような気がして萎縮してしまう。


 「お姉さんたち彼氏いるの?」


 「あのっ!」


 「全国模試1位取ったことあるって本当?」


 「ちょっと!」


 私がこうして質問攻めに遭うことも双子にとっては容易に想像できるはずなのに、入学式でわざわざ妹の存在とご丁寧にクラスまで明かすとは、いつものことながら何を考えているのか理解不能だ。

 

 「ねえ!」


 そもそも私は双子のプライベートには抜群に疎い。2人の個人的な質問に答えられるはずがー


 「陽乃さんのスリーサイズを教えてほしいのっ!!」


 目の前には男子の波を掻い潜って、いつの間に私の正面を陣取っていたのか、今話題のプロデュース番組に登場しそうな髪型とメイクの、背の小さな女の子がいた。


 今の質問は本当にこの子の口から出たものなのだろうか。


 視覚と聴覚の情報がなかなか合致せず、口を開くまで数秒を要した。


 「しっ…知りません…!」


 やっと言葉を絞り出したところで、タイミングよくチャイムが鳴った。



****



 ホームルームが終わって、下校時刻になっても案の定双子人気のせいで席を動けず、やっと解放されたと思った頃には、時計は午後2時を回っていた。


 今頃とっくに家に到着し、昼食を食べ終え、私が声をかけ、そして私に声をかけてきた女子たちの顔と名前と連絡先を嬉々として双子に報告してやろうとにやにやしているはずだったのに、現実は空腹な上に、女子に話しかけることもできず、唯一話しかけてきた女子はなんだかすごい人だった。


 1日の疲れに呆然としていると、誰もいない教室にお腹の音が響き渡り、同時に教室前方のドアが開いた。


 「あら〜晴花、おつかれさま!!まだ帰ってなかったの?お腹空いてると思って、パン買ってきたよ〜!」


 私の好物のメロンパンをゆらゆらと揺らしながら、なぜかご機嫌な陽乃が私の隣の席に腰掛けた。


 思わず誰のせいでこんなことになったと思ってるんだと文句が口をついて出そうになったが、なんとか飲み込んだ。


 「明葉、生徒会副会長だったんだね」


 明らかに面白そうな笑顔で、陽乃が頷く。


 「あれ?晴花に言ってなかったっけ?そうだよ〜。知らなかったならサプライズになったね〜」


 陽乃が袋から出したメロンパンを一口大にちぎって、私の眼前に差し出す。私も反射的に口を開ける。空腹には何も敵わない。


 「明葉がさ、挨拶の時にみんなの前で私のクラスと名前を話したの。わざわざ!!ほんと何なの!」


 これは遠回しに陽乃への質問だ。明葉の作戦を陽乃が知らないはずがない。


 次々と口の中に広がる甘さに気持ちが負けそうになるけれど、今後のためにもここはしっかり追求しておかなければ。


 「ほう。明葉がそんなことを。それは多分、晴花のことが大好きだからだよね〜。自慢の妹をよろしくお願いしますって、言わずにはいられなかったんだろうね〜!」


 予想してはいたが、簡単には口を割らないようだ。


 陽乃はいつもこの掴みどころのなさで面倒ごとをのらりくらりとかわしている。


 「はいはい。もういいや。ねえ、陽乃はどうなの?清都高校ライフは」


 メロンパンの最後の一口を飲み込んで、何の気無しに質問する。

 

 「もちろん、とーっても楽しいよ」


 底意地悪くにやにやしていた表情が、ほんの一瞬、微妙に歪んだ気がした。


 質問を続けることを制されたような、少しの沈黙の後、陽乃が立ち上がった。


 「あ、今学校出たらちょうど電車に間に合うよ〜。行こう、晴花」


 陽乃の態度にわずかな違和感を覚えながら、それでも疲れた体は正直で、電車に乗るなりすぐに睡魔に襲われてしまった。


 こうして波乱の入学式は幕を閉じたのである。

次回、新入生合宿です!

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