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姉から逃げて、青春を追って。  作者: ねねころ
3/6

第三話  青春の計画

 


 まだまだ寒い3月の夜、双子は再び向かい合っていた。


 満足そうに笑みを浮かべる明葉とは対照的に、陽乃の表情は曇っていた。


 「まさか晴花があそこまでロマンチストだとは思わなかったよ〜!!こんな分厚い資料まで作っちゃって…こういうところはほんと明葉にそっくりだよ」


 2人の目の前には晴花の妄想が暴走してできた山積みの青春謳歌計画プレゼン資料が置かれている。


 「いやーこれは流石晴花の一言に尽きるよ。私たちが今日まで大事に大事に守ってきた晴花だからこそこんなに純粋で面白い話になるわけで。対策するのが楽しみだなー!!」


 「まあそこは私も同意できるけどさ〜」





 街に出かけた後、帰宅してすぐに晴花のプレゼンは始まった。


 目の前に用意された分厚い紙束に嫌な予感をひしひしと感じながら、恐る恐る視線を上げた陽乃の目を、やる気に満ちたキラキラ輝く晴花の瞳が見つめる。


 「はい!それではこれより私の理想の高校生活についてプレゼンを始めます!まずはお手元の資料をご覧ください」

 かわいいイラストが描かれた表紙を捲る。


 「細かい願望が多すぎて決められなかったので、存分に青春するための大きな目標を厳選して7つに絞りました!では順番に見ていきましょう!」


 「おー!!」

 「お、おー!」


 ここ最近、受験の緊張とストレスで険しい表情ばかりだった晴花の顔が悩みが全てなくなったかのように生き生きとしている。


 「目標1!友達を作る!!」


 思い返せば晴花の中学3年間は隣に戸田輝がいたせいで仲の良い友人が出来なかった。


 やることなすことなんでも1番になるような万能イケメンがその気もないのに隣に張り付いている日常に晴花自身も慣れてしまって、この男が元凶だと気付かずにいたのだが、間違いなく輝のせいだった。


 「これはうちの可愛い晴花ならすぐ達成できるね!」


 事情を把握している双子は輝のいない学生生活はさぞ楽しかろうと内心付け加える。


 「そうかな?やっぱり何事も友達がいないと始まらないよね。できるだけ早く仲良くなりたいし…だから入学式はかなり重大なイベントだよ。第一印象が大切だからね」


 言葉にこそしないが、双子の頭の中では晴花の周りに悪い虫がつかないように打つべき手が何パターンも生成されていた。


 「目標2!学校行事を全力で楽しむ!ちなみにまだどんな行事があるのか詳しくは知らない!!」


 「あ、本命校じゃなかったから何にも知らないわけね〜。一般的な行事は一通りやるよ〜」


 「学園祭、体育祭、球技大会は毎年確実にやるね。いつも陽乃は大忙しだよね」


 中学生時代の晴花は仲の良い友人がいなかったため、学校行事そのものが憂鬱だった。


 特に1年生のときはどうしても目立ってしまうイケメンに加えてどうしても目立ってしまう双子のせいで身動きが取れずにいた。


 「目標3!放課後を充実させる!これは部活やバイトのことです!あと学校帰りにそのまま友達とクレープ食べに行きたい」


 晴花のあまりにも愛らしい願望に頭を撫でたい衝動を抑えながら明葉がにっこり微笑む。


 「それはお姉ちゃんたちと一緒に行くのじゃだめなの?誰よりも先に制服を着た晴花と放課後デートしたいんだけど」


 「え、別にいいけど…それは私の青春に含まれてはいないよ。もうただの日常に分類されるよ」


 こういう時の妹はどこまでも正直だ。眉を下げた明葉が尚も小さく「それでもいい」と呟いた。


 「目標4は、まあいいとして…目標5!学年で成績上位に入る!」


 「お?今までの目標と毛色が違うね〜!晴花なのに現実的というか、現実的だけど実現できなさそうというか…」


 「ちょっと失礼なこと言ったよね?」


 虚空を見つめる陽乃に晴花がすかさず突っ込む。


 「私は明葉と陽乃みたいに何でも卒なくこなせるタイプじゃないけど、努力して結果が残せる勉強はちゃんとしたいというか、まあ、どんなイベントもテストの結果が悪かったり補習があったりすると全力で楽しめなくなっちゃうからさ…」


 成績で悩んだことなど皆無の双子にとって晴花の発想は感動的だった。


 「えらいよ晴花!!お姉ちゃん感激!いつでも勉強教えるから何でも聞いてね」


 「うわ、生まれて初めて明葉がまともなこと言ってくれた気がする。まあ、ありがとう」


 「くー!素直じゃない!でもそれが良い!」


 双子に感謝することがまず無いので、ありがとうの一言が恥ずかしい晴花であった。


 「こほん。では気を取り直して次!目標6!可愛くなる!」

 今度は陽乃が目を輝かせた。


 「え〜!もうこれ以上可愛くなっちゃったら私たち困るけど、ここはぜひ私に頼ってほしいかな〜!また4月から晴花のヘアアレンジができると思うと腕が鳴るよ〜!!」


 幼稚園の頃から晴花のヘアアレンジは陽乃が担当していた。


 小学生の頃には美容師である叔母に弟子入りして、数日間ヘアサロンに入り浸ったこともあった。


 「可愛くなる努力の仕方というか、そういったものが全然分からなくて…まあ、うん。陽乃の力を借りることになるかも」


 「あ〜やだ。鼻血出たかも。晴花のデレは破壊力が違うのよね〜」


 晴花がふうと一息ついて、資料のページをめくった。


 「この流れで何となくお分かりかと思いますが、最後の目標は、彼氏を作ることです…!」


 双子が笑顔のままで動きを止める。


 晴花はというと恥ずかしさを誤魔化すために普段の倍のスピードで理想の彼氏像について喋り続けていた。


 「ああ、彼氏ね」

 「そうだよね、彼死ね」


 「ん?なんか物騒な気配がするんだけど」


 陽乃の笑顔はよくみると全く目が笑っていない。


 愛する妹の青春を応援したい気持ちはもちろんあるが、何と言ってもこの双子、今の今まで晴花を独占したいという欲望に一度も打ち勝てたことがない。


 晴花に彼氏ができるなんて、考えただけで血の気が引いていく。

 

 「この目標については、まあ、できればって感じ!そんな感じだから!はい!以上で終わり!!恥ずかしくなってきた!お風呂入ってくる!!」


 恥ずかしさのあまり双子の放つ殺気には全く気が付かず、晴花は

バタバタと部屋を出て行った。



**



 そして、晴花の理想の高校生活・目標7の存在を受けて、双子は緊急会議を開いたのである。


 「可愛らしい晴花の可愛らしい目標達成のために協力してあげたいのは山々だけど、彼氏だけはねえ…」


 「私は友達の時点でかなりふるいにかけるつもりだよ。晴花にバレたら嫌われちゃうかもしれないけど、輝が側にいない分、私が気にかけておかないとだなー」


 「そこはほどほどにしてよ〜。晴花のことだからいい子と友達になれるよ、きっと」


 いつにもなくやる気の明葉とは反対に、陽乃はぼんやりと遠くを見つめていた。


 晴花の「可愛くなりたい」という願望を真っ向から聞いたのは初めてだった。その言葉に喜びと、同時に戸惑いを感じていることに、自分でもよく分からない気持ちになる。


 「う〜ん…どうしたものかなあ」


 そんな陽乃の気持ちを知る由もない明葉は、せっせと晴花の防衛プランを練っているのであった。



***



 朝目が覚めると、いつもと同じ天井がなんだか色づいて見える。


 体を起こして伸びをひとつ、カーテンを開けると眩しい朝の光に包まれる。


 そう、今日は特別。待ちに待った高校生活の始まりなのだ。


 壁にかけられた真新しい制服に腕を通す。慣れないリボンを丁寧に結んで、鏡の前で深呼吸する。


 何もかもが新鮮で、ワクワクして、ドキドキして、言葉にできないほどの高揚感が体の底から湧き上がってくる。


 鏡の中の制服姿の自分を見つめていると、ドアをノックする音が響いた。


 「晴花〜!おはよ〜。ヘアセットと、ちょっとだけ、メイクもしようよ〜」


 間延びした陽乃の声が、ドア越しに聞こえる。


 「やる!!今行く!」


 急いでドアを開けると、自分の身支度を終えた陽乃がポーチとヘアアイロンを手に、にっこり微笑んでいた。


 「今日はお姉ちゃん、とっても気合が入っています」


 陽乃は顔の角度を傾けて、丁寧に巻いた長い髪をふんわりと揺らした。


 見慣れた陽乃の制服姿も、髪型のせいか一気に大人っぽさを感じる。普段は意地の悪い悪戯ばかりしてくる小悪魔も、今日はなんだかちゃんとした“お姉ちゃん”に見えるから不思議だ。


 「なんか陽乃が先輩っぽくて、変な感じ」


 「え〜ばっちり先輩だよ〜!お姉ちゃんもいいけど、先輩って呼んでくれてもいいんだよ??」


 「げー!!陽乃はやっぱり陽乃だよ。絶対先輩なんて呼ばない。ついでに言うけどお姉ちゃんとも呼ばないからね」


 リビングの椅子に座って、鏡の中の陽乃に向かって苦い顔をする。


 陽乃は「そう言わずに〜」といつもの調子で笑った。


 慣れた手つきでするりとヘアアイロンを髪に通し、主張しすぎないワンカールを毛先に作っていく。


 陽乃はいつも私に魔法をかけてくれる。落ち込んだ時、勇気を出したい時、泣きたい時でさえ、陽乃の魔法にかかった自分を見れば、自然と前を向けるのだ。


 「はい。完成〜!」


 ツヤツヤの髪と、ほんのりオレンジのリップ。


 やっぱり自然と笑顔になる。


 「すごい!ありがとう、陽乃!!」


 「晴花はもともと可愛いからね〜。そんなに派手にしなくてもとっても綺麗だよ〜!」


 立ち上がって鞄を手に取り、もう一度鏡を見る。


 そこにはワクワクを抑えられない自分が幸せそうな表情で映っていた。


 「あー!もう落ち着いていられないから先に家出るね!陽乃はゆっくり来て!ヘアメイクありがとう!いってきます!」


 玄関で靴を履いていると、頭上から明葉のまだ眠そうな声が降ってくる。


「おはよ、え、もう行くの?早くない?」


「じっとしてられなくて!今日から死ぬほど学校生活楽しむから!じゃあね!」


 もうとっくに不安は胸の中から姿を消していて、期待でいっぱいになっていた。


 ドアを開ければ、新しい世界が広がっている。



***



「陽乃おはよ。晴花、随分と浮かれてたね。ほんのりだけどメイクもしちゃってさー。あれは入学式からモテちゃうかもよ?」


 明葉が口を尖らせる。


「ふふふ。大丈夫だよ〜。男受けがあんまり良くないオレンジリップにしておきましたから」


 「なるほど、さすが陽乃」


 朝日よりも眩しい晴花の制服姿を思い浮かべながら、明葉はトーストに齧り付いた。


いよいよ入学式です!

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