第二話 悪魔の双子
波乱の合格発表から遡ること数ヶ月。
草木も眠る丑三つ時、悪魔のような笑顔で双子は対峙していた。
灯りを消した部屋の中、スマートフォンの画面だけが煌々と光っている。
「ついに明日、晴花の進路希望調査について先生との二者面談が行われます」
こほん、と咳払いをして、双子の姉が口を開いた。
「当の本人は未だ進学先を決めかねている様子ですね」
双子の妹が流れるように言葉を続ける。
姉はベッドから立ち上がると暗がりの中机の引き出しを開けて分厚い紙束を取り出した。
「先日担任の和美先生にプランAの通り晴花にお話ししていただくよう説得しておきました」
妹は小さく小さく拍手して感心感心と言わんばかりに姉の手を握った。
「さすが明葉。ぬかりない。それでは我々は、明日の晴花の帰宅を楽しみに待つだけですね」
「そうですね、陽乃。きっと新たな目標を見つけて晴々した気持ちで帰ってくるでしょう」
双子はうっとりとした表情で、もう一度悪魔のように笑った。
*
玄関のドアを開けると、案の定クラッカーの音が響いた。
第一志望校が不合格となり落ち込んでいるであろう妹に対する出迎えがクラッカーである。
「おかえり晴花!!おつかれさま!」
「春からお姉ちゃんたちと同じ高校に通えるね!!」
「ほんとによかった!おめでとう!」
「あ、第一志望校は残念だったね…!でも大丈夫!」
「春からも私たちと一緒だから絶対に楽しいよ〜!」
早口でコロコロ喋る双子にもちろん私はついて行くことができない。主役を完全に置き去りにして、勝手に祝宴が開かれる。
玄関で靴も脱げずに双子の喜びの声を浴びていると、リビングから母が小走りで駆け寄ってきた。
その心配そうな表情がぐるりと回って般若の面になり、双子の肩に手を置いたかと思うと、指先の圧力だけで二人を黙らせた。
やはり母に敵うものはこの家にはいない。
「晴花、温かいココア出来てるよ。録画してたドラマ観ながらゆっくりしよう」
そう、やはり母に敵うものいないのだ。優しい言葉にじんわりと心が温かくなる。
「お母さん、私まで私立に通うことになっちゃって、ごめんね」
俯く私の頭を母が優しく撫でる。
「なあに?そんなこと気にしてたの?大丈夫大丈夫!!晴花には言ってなかったけど、明葉は成績優秀者で学費免除、陽乃はスポーツ特待生で学費免除だから!」
「えっ?」
明葉が頭のいいことも陽乃が運動が得意なことも知っていたけれど、まさか私立高校の特待生になれるほどの実力を持っているとは知らなかった。
まさに空いた口が塞がらない。
そして一瞬遅れて自分が何の取り柄もない滑り止めで受験して普通科に合格した平々凡々な人間だと言われている気がして、劣等感にくらりと眩暈がする。
「お母さん、晴花にプレッシャーを感じてほしくなくて、ずっと黙ってたんだ。ごめんね。そして今晴花が考えてることも何となくだけどわかるよ」
呆然とする私に母が柔らかい声音で諭すように続ける。
「お母さんはね、お姉ちゃんたちのわがままに振り回されてもそれを許してくれる寛大な晴花が素敵だと思うよ。いくら勉強やスポーツができても、突拍子もないことをしたり、理解不能なことを言い出したり、自分たちの欲望のためなら手段を選ばずひと様にご迷惑をかけまくるような人たちよりも、全部平均点な晴花の方が立派だよ」
そんなことを言われても私の気持ちはとっても複雑だ。
母の言葉は慰めているようにも貶されているようにも聞こえたが、とりあえず「うん」とだけ返した。
「晴花、同じ高校に通えると思うとついつい嬉しくて舞い上がっちゃった…ごめんね」
陽乃が私の好物の唐揚げとエビフライを皿に取り分けながら、決まりが悪そうな顔をした。
「いいよ。もう今に始まったことじゃないし。流石に試験本番にペンケース開けた時は愕然としたけどね。あれはもう度が過ぎたいじめだよ?絶対に他の人にはやらないでね」
双子は顔を見合わせて、困ったような表情で「ごめん〜」と声を揃えたが、そのテンションから全く反省していないことがよく分かる。無論今更反省してほしいとすら思わない。
「もう同じ高校に通うことは仕方がないことだけど、今度こそ学校生活を満喫して青春を謳歌するんだから、明葉と陽乃は絶対に邪魔しないでね!!これまでみたいな妨害には屈しないからね!!」
椅子から立ち上がり、ダイニングテーブルに勢いよく両手をつくと、明葉がふふっと笑った。
「いいでしょう!受けて立つよ!!晴花を独占できるのは私たちだけなんだからね!その青春とやらにお姉ちゃんたちも混ぜておくれよ!」
「話が通じない…!邪魔しないでほしいの!放っておいてほしいの!!」
こんなやり取りを繰り広げていると、明葉が賢いことをすっかり忘れてしまう。もはや賢いという事実そのものを疑い出してしまう。
「ねえ、そもそも晴花が憧れる青春ってどんなものなの?」
不意に母が問いかける。
実は私の青春に対する理想はかなり高い。大好きな少女漫画とドラマと映画をベースに何度も妄想した口にするとかなりのボリュームになってしまう代物だ。
「一言では表せないんだけど、友達を作ったり、彼氏を作ったり、その友達と彼氏とたくさん遊んだり、喧嘩したり、仲直りしたりする感じで…もちろんイベントは全部楽しみ尽くして、少しの後悔も残さずに卒業することかな…」
話の途中で双子と母が遠い目をしていることに気がついたけれど、触れないことにする。
「なるほど。とにかく遊びたいのはわかったけど、もうちょっと具体的にわかりやすく知りたいな。明日までにプレゼンできるようにしておくように!」
今日の明葉は特別に面倒くさい。しかし、これからの高校生活を新たに夢想するのも今後の自分にとって必要なことでもある。
双子がうんざりするくらいの薔薇色高校生ライフを語ってやろうじゃないか。
こっそりと小さく拳を握った。
**
翌朝、眠たい目を擦りながらリビングに入るといつものコーヒーの匂いがふんわりと鼻を掠めた。
「あ、そっか。今日平日だ。お母さんそろそろ時間じゃない?」
廊下からバタバタとスリッパの音が聞こえる。
出勤前に身支度を整える母にはいつも余裕がない。
「おはよう晴花!お母さんもう出るね〜!わっ!もうこんな時間か!すでにいつものバスには間に合わないよ〜!行ってきます!あ!昨日の残りもあるから食べてね!」
リビングに満ちるコーヒーの香りと、つけっぱなしのニュース、嵐のように家を飛び出す母の姿が、私は好きだ。
止まる時間もないくらい急いで準備して、走って走って、1日の始まりがドタバタしていればいるほどに楽しいことが待ちきれず自分から迎えに行くような気持ちになる。
私の高校生活も、ワクワクすることだらけだといいな。
「ん〜おはよう〜。晴花は今日も早いね〜」
陽乃がリビングに入ってくるなりソファに寝転がる。
「おはよう。私、久しぶりに朝ごはん作るよ。陽乃は目玉焼き半熟でいいよね?トマトは?ミニトマトにする?」
「ん〜ありがとう晴花〜!なんでもいいよ〜」
今にも二度寝しそうな寝ぼけた声が応えた。
森宮家の朝食は、作れる人が作る方式で、特に誰が作るか決まっているわけではない。ある時は各々で好きなものを作り、ある時は母にリクエストし、またある時は自分で家族の分も作るのだ。
「明葉はまだ寝てるの?」
「んーん。もう起きてるよ〜。というか、寝てないかも。晴花のプレゼンが楽しみ過ぎて眠れなかったんだって〜」
かくいう私もプレゼン資料の作成が楽し過ぎて、若干寝不足だ。
初めこそ明葉に面倒なことを指示されたと思っていたが、高校生活の青春満喫プランを考えているうちにどんどん妄想が止まらなくなってしまった。
家の前を通る新聞配達のバイクの音で我にかえると、資料は膨大なページ数に及んでいた。
「あ、明葉も半熟でお願い〜!うーん…よし!起きよう」
一つ大きく伸びをして陽乃が立ち上がる。さらさらの長い髪が朝日を浴びてきらきら輝いて見えた。
「私も手伝うよ〜!久しぶりに一緒に作ろう!」
満面の笑みで袖を捲って手を洗う陽乃は、側から見れば可愛くて優しい理想のお姉ちゃんだ。今、この瞬間を彼女について何の情報も持たない人が側から見ればの話だけど。
「晴花、髪伸びたね。しばらく晴花の髪いじってないからうずうずしてきた〜!!ねえ、今日お出かけしようよ。ヘアアレンジさせて!!」
陽乃は声を弾ませながら、私の髪を指ですいている。
「久しぶりだし、いいけど…ぜひとも受験妨害の罪滅ぼしをしてもらいたいところですね。ね!何か買ってよ!私の欲しいもの買ってよ!!」
「そうだね〜。一緒の高校生活の幕開けを祝して、お姉ちゃんたちからプレゼントでも贈ろうかな〜!」
先ほどの姉らしさはどこへ消えたのか、陽乃は朝食の準備を放棄して自室にヘアアクセサリーを取りに行ってしまった。
もくもくと調理を進め、目玉焼きとベーコン、トーストにフルーツヨーグルトと出来上がった三人分の朝食をテーブルに並べる。
リビングのドアが開き、目を爛々とさせた明葉が入ってきた。
「あーいい匂い。おはよう」
「おはよう。今ちょうどごはん出来たよ。食べて食べて!あ、これから買い物行くよ。10時出発ね」
テーブルについた明葉がいただきますと手を合わせる。
いつも双子は揃って食べ始めるのに、陽乃を待たずに手をつけたところを見ると、相当お腹が空いているようだ。
「了解。じゃあプレゼンは帰ってきてからだね。もー、早く聞きたい!楽しみ過ぎて眠れなかったんだからねー!!でも買い物も楽しみー」
少し遅れて戻ってきた陽乃も上機嫌で朝食を食べ始める。
今日の服装はどうするか、ヘアアレンジはどうするか、二人の嬉しそうな会話が聞こえる。
昨日のことを忘れたわけではないけれど、自分に向けられた愛情の深さを実感して、結局双子を拒むことができない。
久しぶりに三人で囲む食卓もやっぱり悪くないなと思った。
***
家の最寄駅から二駅離れると、周囲は心地よい喧騒に包まれる。
学生が春休みのせいか、いつもより賑やかだ。
「受験終わったらぱーっとショッピングしたかったんだよね。ね、明葉も罪滅ぼしに何か買ってよ。拒否権ないよ」
「はいはい。ゆっくり見て決めよう」
さりげなく明葉が私の手を取る。いつものことだが、なんだか急に恥ずかしさが込み上げてきた。
「いやいや!手!もう高校生だよ?!繋がない繋がない!!」
繋がれた右手をぶんぶん振り回すが明葉は一向に離そうとしない。
そんなやり取りを横目に見ていた陽乃が満面の笑みで私の左手を取る。
「まあまあ、そう言わずに。両手に花状態じゃないと晴花は不服だよね〜」
通り過ぎる人の中には、春から私が通う高校の制服を着た人もいる。もしかしたら双子のことを知っているかもしれないと思うと、恥ずかしさで顔を上げられない。
そんな私の気持ちも知らないで、悪魔の双子は絶対に離すまいと私の両手を握りしめた。




