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15 デート、してみる?



 坂根が気絶した後すぐ、ビルの前に複数台のパトカーが止まり、それなりの数の警官がやってきた。辺りは物々しい雰囲気に包まれていた。

 ちなみにその警官たちは親父の昔の同僚で、俺が親父に電話で呼んでもらった人たちだ。何でそんな回りくどいことをしたかというと、まともに110番しても坂根の息がかかった連中しか来ないか、そもそも来てくれないと思ったからだ。

 しかしまあ、あれだけ派手に壊したら相当数の警官が出動せざるを得なかっかっただろうとは思う。


 意識の戻った坂根は警察に向かって戸愚呂弟がどうだの、鼻から人を吸い込む化け物がいただの喚いていたが、全く信じて貰えていなかった。なぜなら俺は元の姿に戻って居たし、俺の鼻に収納していた力士たちも全員、俺が相撲部屋に来てからの記憶を失っていたので、とても可愛そうな子供みたいな扱いを受け、そのまま連行され行った。その後あいつがどうなったのかは知らない。

 で、俺たちも警察署に同行させられたのだが、数日前から度々脅迫されていること、秋月さんに関しては身体を縛られ拘束されていたことなどを話すと、その日のうちに解放された。もしかしたら親父の口添えもあったのかもしれない。

 何はともあれこれで一件落着だ。坂根も、これだけ痛い目を見たらもう手は出してこないだろう。





 喧騒に混じって祭ばやしの笛や太鼓の音が聞こえる。

 花火大会も相まって、屋台の立ち並ぶ道は人でごった返しており、両脇に等間隔で並べられた「祭」と書かれた提灯が、ぼんやり闇の濃い空に明かりを灯していた。

 秋月さんが急に「祭りに行きたい」と言い出したのは昨日のことだった。

 あんなに人混み嫌いの秋月さんが自分から人混みに行こうと言うなんて、俺はよっぽど新しい小説のアイディアでも探しているのかと思っていた……が、いざ浴衣に着替えた彼女の姿を見て考えが変わった。



「お待たせ」

 トイレから帰ってきた秋月さんが下駄をカラカラ鳴らしながらこちらに歩いてくる。

 改めて、俺は彼女の姿に目を見張った。白い生地に紫陽花の描かれた浴衣が夕闇に秋月さんのシルエットを浮き彫りにしている。髪型はいつも通りだが、花の髪飾りがよく似合っていた。しかし何より俺の目をひいたのは、彼女の顔だった。顔なんて見慣れているはずなのだが、俺は今日、彼女の素顔を初めて見た気がした。

 秋月さんは眼鏡を外していたのだ。

 いつもは眼鏡越しにしか見ることの出来ない透き通った瞳が、月のように照っている。顔立ちが整っているのは眼鏡越しにも分かっていたのだが、まるで覆っていたベールが取られたかのように、秋月さんの美しさは一層輝いて見えた。周りの人々が男女問わずすれ違った秋月さんを振り返るのだから、皆同じ思いなのだろう。


「どうしたの」

 見惚れて、止まっていた俺の顔を秋月さんが見上げてくる。俺は慌てて両手を振った。

「あ、いや! 何でもないよ! さあお店回ろうか! いっぱい食べるぞー!」

「でも武岡くんはフランクフルトとチョコバナナしか食べちゃだめだめ」

「何でだよ」

 いつもと雰囲気は違っていても中身はいつもと同じだな、なんて考えている間に、秋月さんはチョコバナナの店にシュタタタ駆けていき、二本買って帰ってきた。

「お、もしかして俺の分も買ってくれたの? 優しいねえ」

「ううん、両方とも武岡くんのだよ」

「え? 何で?」

「これの一本は住吉くんのおち○ちん、もう一方は武岡くん自身の○ちんちんだと想像しながら食べて欲しい」

 秋月さんはチョコバナナを一つづつ片手に持ち、真顔で言った。

「俺どういう体勢で何してるんだよ! 何だその非常に柔軟性を要求される体位!」

 俺は一本だけで良いと言うと、秋月さんは右手に持ったものを0秒で食べ始めた。どんだけ腹減ってたんだ。……ちなみに彼女が食べてるのは俺と住吉、どっちの……いやいや! 何を考えてるんだ俺は!

 その時である。

「きゃっ」

 秋月さんが隣の通行客とぶつかり、俺の方によろけてきた。俺はもちろん、彼女を優しく受け止めることに成功したのだが、彼女の手に握られていたチョコバナナがゾゴゴゴゴォ! と俺の鼻に突っ込まれた。

「大丈夫?」

 俺は笑顔で、さり気なく聞いた。

「そっちこそ」

 言いながら、秋月さんはもう片方のチョコバナナをそっと俺の空いてる鼻に差し込んだ。俺の鼻は入力端子か何かなのか。

「これ、初めての間接キスだね」

「こんなときめかない間接キスのシチュエーションある?」

 というか鼻で触れてキスっておかしいだろ。

「武岡くん、人混みで危ないから、その、手、繋いでも良い?」

「この状態でか」

 俺にとって一番危険なのは君だよ。

 秋月さんの手が、そっと俺に触れる。温かい。じんわり感じる彼女の体温が、意識を覚醒させるかのようだった。俺はしっかり秋月さんの手を握り返し、

「これで安心だね」

 と言った。

「その顔で言うの?」

「この顔は君のせいだよ」

「おおーい! 秋月さんと武岡じゃん」

 声の主はすぐ分かった。後ろを振り返ると、一際背の高い男がこちらに手を振っている。住吉だ。あの体格で人混みを器用に避けながら近くまで来ていた。

 今日の住吉は無地のTシャツ姿だが右耳にだけピアスを付け、髪をセンターで分けていた。やはり男としてこいつに勝てる気がしない。あまりのイケメンっぷりに男なのにちょっとときめきそうになった。

 住吉は俺と秋月さんの表情、そして繋がれた手を見て、表情が曇った。以前までの俺からすれば、それは意外な反応だったはずだ。しかし、あの告白があった後だと彼の表情の意味が分かる気がした。。住吉は眉を顰めたまま口を開く。

「武岡、何でチョコバナナ鼻に刺してるんだ」

 ほらな?

「刺してるんじゃない。刺されたんだ」

「何て堂々としてるんだ」

「しかしこれ鼻が詰まって喋りにくいな」

「抜けば良いんじゃないの?」

「いやこれ初めての間接キスなんだよ」

「お前は何を言ってるんだ」

「住吉くんも祭り、誰かと来てるの?」

「ああ」


 住吉が振り返ると、後ろの方に男女数人がこちらを見ているのが分かった。遠くてはっきりとしないが恐らくクラスメイトたちだ。

「仲間とくるのも良いけどさ、俺も彼女と来たかったぜ!」

 頭を掻きながら言う住吉の表情はいつものものに戻っていた。選ばなきゃお前ならすぐ彼女出来るだろ、という言葉はぐっと飲み込む。多分だが、住吉はまだ秋月さんが好きで、諦めきれてないんだろう。

「じゃ、俺仲間待たせてるから、また学校で会おうな!」

 住吉は小さく手を振ると、屈託ない笑顔のまま仲間たちの方へ駆けていった。







 屋台巡りも一段落経ち、俺たちは少し離れた公園のベンチに座った。祭り客も何人か居るが意外と静かだった。出見世の方から喧騒がぼやけて聞こえてくるだけだ。

 俺はイカ焼き、秋月さんは綿あめを食べている。

「はあ、もう食えないわ」

 俺は腹をぽんぽん鳴らした。すると秋月さんも俺の腹に手を添える。

「何ヶ月ですか」

「妊娠してねえよ」

 秋月さんはふと何を見るでもなく正面を向いた。暫くの沈黙が流れる。俺も秋月さんと祭りを楽しめた満足感と、食べ物の満腹感で半分夢見心地になっていた。幸せだ。もし本当に夢なら覚めないで欲しい。

「武岡くん、ありがとう」

 秋月さんが唐突に、正面を向いたまま言った。

「え? 何のこと? ああ、祭りに一緒に行ったことなら、俺だって来たいと思ってたんだから良いよ別に」

「ううん、坂根のこと」

 秋月さんの瞳が俺を捉えた。その瞳はこの世の何よりも美しい宝石のようだった。

 彼女はゆっくりと口を開いた。

 ずっと坂根のことがトラウマだったこと、今まで何度も記憶がフラッシュバックして、うまく動けなくなることがあったこと、そしてこの前坂根に遭遇してしまい、もう終わったと思ったこと。

「だけど、武岡くんが変えてくれた。私のこれからの人生を、開いてくれた。私、嬉しかった。今までの人生で、一番、嬉しかった。本当にありがとう」

 俺ははにかみながら、鼻のチョコバナナをポポンと取った。

「前にも言ったけど、俺は秋月さんを守るよ。何があっても、これまでもこれからも。例え、その、け、契約が無かったとしても」

 本当は好きだとストレートに伝えたかったのだが、ここまで来て日和ってしまう俺だった。

 ドン、と身体を震わす音が響いた。

 見上げると、西の空に花火がキラキラと輝いていた。「始まった」「綺麗だね」公園の中に居た人たちが口々に言っている。ちなみに俺は秋月さんに告白された時、花火に対してトラウマを植え付けられていたので

「まるで○門みたいだな」

 等という非常に汚い思考を打ち消すことに脳の容量を取られていた。

「だから、武岡くん、良いよ」

「え?」

 再び花火が上がる。パッと照らされた秋月さんの顔が、少し赤みを帯びて見えた。

「良いって何が?」

 俺は花火の音に負けないよう、少し大きな声で言った。

「約束」

「約束?」


 その一瞬、俺の脳裏を「おっぱい」の文字列が急流のごとく駆け抜けた。そうだ、秋月さんは相撲部屋で「このまま助かったら、私のおっぱいを揉み放題飲み放題だよ」と言った。確かに言った。

 つまり秋月さんがわざわざ祭りに来たいなんて言ったのは、ムードづくりのためか。俺のためにあんな可愛い浴衣を着て、眼鏡まで外して、チョコバナナまで俺の鼻に突っ込んで、全てはおっぱいのため。オールフォーおっぱい! おっぱいフォーオール!

 そう考えると秋月さんが途端にエロエロに見え始めた。紅潮している彼女の顔も、汗ばんだ首筋も、浴衣の下で主張の激しい胸も、俺のものにして良いのか? オッケーなのか!?

 再び花火が打ち上がった時、秋月さんの顔がゆっくりと近づいてきた。

 あれ? マジで? このまま秋月さんのせいで俺がひどい目にあったり全裸になったり警察のお世話になるパターンじゃないの? いや、この生活を始めて三ヶ月。一回くらい美味しい思いしても良いはずだ! そうだよな……そうだよな!? 

 俺は秋月さんの肩を持ち、彼女に合わせてゆっくりと顔を近づけた。






 次の日、俺は一人マンションへ帰ってきていた。秋月さんは今日編集さんと打ち合わせがあるとかで、一緒に帰れなかったのだ。

 俺は短くため息を吐いた。昨日は色々あったけど、ま、今日からいつもの生活に戻るわけだ。

 俺が勢いよくドアを開けると、黒い装束に身を包んだ人物が玄関に座っていた。

「うわあああ!」

 俺は勢いよくドアを閉めようとしたが、その人物が素早く足を挟んだので閉められなかった。……こういうの逆じゃないの?

「何で閉めるんですか!」

「何でキレ気味なんだよ! 誰だあんた!」

 突っ込んだ後に気づいたのだが、それは女の声だった。よく見ると顔はまだ10代の少女で、俺と同い年か少し年下くらいだ。そして、彼女がまとっている黒装束は、忍者のものであることに気づく。え? 情報量多すぎない?

 俺は全く状況を理解できないまま、ドアを閉める手を緩めた。

「え、えっと、誰?」

 その少女は真っ直な瞳で俺を見つめ、勢いよく頭を下げた。

「好きです! 養って下さい!!!」


 ……へ?




 おわり











































くぅ~疲れましたw 

嘘です全然疲れてないです。


この作品はギャグに振り切った長編だったので、書いててすごく楽しかったです。好き放題やった感がすごかったです。

秋月さんたちの物語は一旦ここで終わりになりますが、もしいつか続編が投稿された際には、読んでいただければ幸いです。

ここまでお読み頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく読ませていただきました!
2023/10/15 20:28 退会済み
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