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14 仇討ち、してみる? 6

 


 もう、どれくらい経っただろう。

 俺は全身土まみれ、汗まみれ、鼻血まみれになりながら、フラフラと立ち上がった。

 目が霞む。足が震え、体中が痛い。

 それでも、俺は何度、何度吹っ飛ばされても立ち上がり続けた。

 ここで諦めることは秋月さんを見捨てるに等しい。

 俺は歯を食いしばった。

 俺は、秋月さんが好きだ。

 好きな女を見捨てるくらいなら、ここで病院送りになってやる。ちょうど病院食が恋しくなってきた頃だしな。

「うおおおおおおお!!」

 俺は再び叫びながら目の前の力士向かって突進する。

「まだ諦めねえのか、このチビ」

 だが俺の気迫も虚しく、突進してきた俺を軽々持ち上げ土俵の外に放り投げた。


「ぐあっ!」

 一瞬空を飛んでいるのかと思うほど滞空時間の長い快適なフライトの後、当然ながら激しい衝突事故を起こした。

 ゴロゴロ転がってるうちに、汗で土がまぶされてきなこ餅みたいだなあ、なんて呑気な感想が浮かんでくるのはまだ余裕があるからなのか、それとも脳に深刻なダメージを負っているからなのか。

 いや、どっちでも良い。

 俺は片足づつ膝を上げながら、ゆっくり、ゆっくり立ち上がった。

「武岡くん」


 虚ろな目で声のした方を見ると、秋月さんがこちらにぴょんぴょん飛んできていた。ぴょんぴょん、とはどういうことかというと、彼女は足まで縛られているので、普通の歩行が出来ないのだ。いやそれにしても揺れるなあ、上下に激しく揺れてるなあ。何がとは言わんけども。

「武岡くん、もう止めたほうが良い」

 秋月さんは俺の周りをぴょんぴょん飛び回りながら言う。

「止まったらどうだい?」

「止まったらこけちゃうから飛び続けるしか無い」

「ホホジロザメみたいだね」

「こんな時にシモネタ言ってる場合じゃない」

「ホホジロザメが? あ、こけるのが嫌なら俺の懐に飛び込んできなよ。そしたら倒れても」

「それは嫌」

「何でだよ!」

 何をしに来たんだ秋月さん。そもそもこんなことしたら坂根が黙ってない。

 しかし坂根の方を見ると、いつもの見下すような笑顔でこっちを見ているだけだった。恐らく秋月さんが俺の元に駆け寄ったところで、この人数相手に逃げることなど出来ないのだからと高みの見物を決め込んでいるのだろう。

「秋月さん、俺の心配してくれるのは嬉しいけど、大丈夫だよ。これくらい、親父のシゴキに比べたら大したことないさ」

「お父さんとどんな絡みをしてたのか詳しく」

「どこに食いついてんだ」

「……戦いをやめる気が無いんなら、その」

「ん?」

「武岡くん、もし、その」

 急に秋月さんが口ごもり始めた。いや、ぴょんぴょん飛び跳ねながら口ごもるって意味分からんけども。

「どうしたの?」

「えっと」

 こんなに歯切れの悪い秋月さんは初めて見た。心なしか顔も赤い。まあ顔色に関しては単純に心拍数の上昇のためかもしれないが。

「もし、このまま助かったら、私の胸、触らせてあげてもいい」

 へ?




 今「胸」を揉ませてあげると聞こえた気がするぞ? 


 何だこれ、チャンスか?

「秋月殿、今何と申された?」

「何で武士なの」

「良いではないか、ささ、今一度申されよ」

 秋月さんは暫く俯いたままだったが、小さな声で、他の誰にも聞こえないように、言った。

「だから、その……ここからもし二人共助かったら、私の胸、触って良いよ」

 へ? 胸? 胸=おっぱい=男の夢×2+優しさ÷牛さん=世界平和

 秋月さんの、あの大きな胸を、触って良いですと? おっぱい触って良いですと!?

 よくも毎日毎日目の前でゆっさゆっさ揺らしてくれたよね!?

 毎日毎日生殺しになってた俺の気持ち考えたことある!?

 こちとらおちんちんぼっきぼっきしそうだったのによお!?

 しっかり触ってやるから光栄に思えよ!

 ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!


 俺の頬をつたっていた汗が地面を叩いた瞬間である。

 視界が深い黒に包まれた。点在する光は銀河。ここは宇宙。存在は無限。

 俺の身体が急激な速度で細胞分裂を始める。身体を覆っていた布という布が風船のように弾け飛び、腕も、太ももも、腹筋も、まるでタイムラプスで見る建築現場の如く、凄まじい強度、速度でメキョんメキョん成長していく。

 筋肉の一つ一つがまるで鉄線を何本も何本もより併せたかのように緻密で強靭、その上にエネルギーを供給するためのぶっとい血管が脈打っている。


「ぐおあああああああああ!!!」

 これが……これが力ぁ! 俺は手始めに秋月さんに巻き付いていたロープをブッチブチに引きちぎった。

「あ、あれ、武岡くん……?」

 驚きのあまりへたり込んでしまった秋月さんがやけに小さく見える。

「待ってて秋月さん、今から全員ぶっ飛ばしてくるから。フシューッ!!!!」

 俺は優しく笑ったつもりだったが、引っ張られた頬がバキバキィっ! と音を立てていた。

「あ、あんた何なのよ! 何なのよそれ!」

 俺が土俵の中に歩んでいくと、坂根が引きつった顔で俺を指さしている。

 後で気付いたのだが俺の歩いた跡にはワサワッサとブロッコリーが生えまくっていた。

「何とは? 俺また何かやっちゃいました?」

「いや白々し過ぎるわ! 何よその戸愚呂(弟)みたいな筋肉! 質量保存の法則どうなってるの?!」

「坂根、お前は知らないかもしれないが、おっぱい揉めると思ったら男は全員戸愚呂弟になるんだ」

「そうなの!?」

「お前も頑張ればなれる」

「どういう意味よそれ!!」


 俺はそれ以降坂根には応えず、眼の前の力士を睨めつけた。相手は土俵から逃げてはいなかったが、目にフリスビーを埋め込む手術をしたのかと思うほど驚愕に見開かれている。

「そ、そんな見せかけの筋肉で力士に勝てると思うなよ」

 口では強がっていても彼の声は上ずっている。体は正直だな?

 俺は腰を落とし、臨戦態勢に入った。すると相手もつられて腰を落とす。

 じり、じり、じりと集中力が今、ここに定まっていく。

 双方の両手が、地面を突く、その瞬間、相手の力士が凄まじい勢いで突きを繰り出してきた。

 さっきまでの俺なら全く対処にしようのない、凄まじい威力の攻撃だ。

 しかし俺は避けず、胸筋でまともに攻撃を受けた。

「ふん」


 その瞬間弾け飛んだのは力士の方だ。

 まるで祭りの出見世で売ってるスーパーボールのよう、暴発に近い勢いで道場内を跳ね返りに跳ね返った。

 跳ねすぎた彼の身体はハリケーンのような轟音で道場を突き破り、幹線道路を横断して向かいの牛丼屋に勢いよく入店していった。

 その場の全員が鯉のように大口を開けている。

「次に牛丼の具になりたいのは、どいつだ」


 力士たちは口を開けたまま互いを見回している。

「こ、こうなったら全員でやっちまうぞ!」

「道場壊しやがて、ぶっ殺してやる!」

 男たちは殺気立った声で叫びながら一斉に向かってきた。

「無駄だ」

 俺がぱちんと指を鳴らすと、常人なら立っていられないほどの旋風が道場を吹き荒れた。

 次の瞬間、力士たちがひとり残らず宙に浮き、全員スポピピピピピピぉ! と掃除機に吸われるホコリのように俺の鼻から吸い込まれていった。逃れたものは一人も居ない。

 再び、静寂が建物内を覆う。


 坂根は呆けた顔で立ち尽くしている。

「どうした、妖怪でも見たような顔して」

「見たわよ!! 何の比喩でもなく!!!」

 俺が坂根に近付くと、坂根は「ひっ」と短く悲鳴を上げてへたり込んでしまった。

「こ、来ないで!」

 俺は立ち止まり、再び指を鳴らした。すると俺が100人に分裂した。影分身ではない。実態を持った俺が100人になったのだ。

「い、いやああああああああああ!」

 坂根はもはやこの世の終わりを最前列で見ているかのような、ぐちゃぐちゃな顔で泣き叫んでいる。俺たちは構わず坂根の方に歩み寄っていく。

「どうした? お前が秋月さんに与えた恐怖はこんなものじゃないはずだぞ」

「そうかな!?」

「さあ、贖罪の時間だ」

「ご、ごめんなさい! 謝るから許して!」

「そんな軽い謝罪で許されると思っているのか?」

「くっ! 調子に乗るなよ下人が!」

「……」

 俺は無言で片手を鼻に突っ込むと、先程吸い込んだ力士の一人をズロロロロロォ……と取り出した。

 力士は鼻と耳にブロッコリーが刺さっていて、満足そうな表情で両手を組んでいる。

 力士は目の前のマイクに向かって

「ではこれから、鼻の穴とブロッコリーがかすれあう音でASMRしていこうと思います」

 と言う。


「お前も、こうなる」

「ひいいいいい!! わ、分かった! 謝る! 謝るから!」

 坂根は涙を流しながら、尋常じゃない怯え方で両手を合わせている。

「俺にじゃない。秋月さんに謝るんだ。ほら、おいで秋月さん……秋月さん?」

 応答が無いので振り返ってみたが、秋月さんの姿が見当たらない。

「秋月さんなら、気分が悪いってトイレに駆け込んでいったぞ」

 ナンバー92の俺が答える。

「坂根ぇ! 貴様のせいで秋月さんがぁああああ!!」

「私のせい!? 絶対私のせいじゃなくない!?」


「これはお仕置きが必要なようだな」

「い、いやああああああああ!!」

 俺が坂根の両脇を抱えて立たせようとすると、彼女はマンドラゴラ顔負けの奇声を発した後、静かに気絶した。

 こうして、一応俺と秋月さんの復讐は終わった。




 ちなみにこの後俺100人の誰がオリジナルなのかを巡って争いが起こったのだが、それは特に重要では無いので語らないでおこう。




 おわり

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