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14 仇討ち、してみる? 3

 ーーそして、今に至る。

「どうして、俺の電話番号を知っていたんだ」

 俺は坂根の手元を見て言った。

「ふふっ、質問を重ねないで下さる? 鬱陶しいわ」

 紅茶を置いた坂根は眉を下げて言った。彼女の言動や仕草から、見下されているのは明白だった。だがそれは構わない。これ以降秋月さんに手を出さないのなら俺は幾ら見下されようが罵倒されようが尻を叩かれようが乳首をつねられようが蝋燭を垂らされようが「女王様」と呼ばされようがヒールで踏まれようがタンバリンを叩かされようが構わない。

 坂根はバッグから茶封筒を取り出すと、指でつまんで俺の方へ放り投げた。机を滑った封筒が、ちょうど俺のコーヒーカップに当たって止まる。

「10万円入っているわ」

 俺は顔をしかめた。

「そんな大金どうして」

「言ったでしょう、お願いがあるって」


 坂根はカップを持ったまま、俺を見つめた。

「難しいことじゃありません。あなた、秋月さんと付き合っているんでしょう」

「そう、だけど」

 坂根の目がキラキラと輝いた。

「じゃあ、秋月さんを振ってください。出来るだけこっぴどく、もう二度と恋愛しようと思わないくらいに」

 その瞬間、俺の中に2つの強い感情が同時に渦巻いた。一つは秋月さんを傷つけようとしている坂根への純粋な怒り。そしてもう一つは「恐怖」だった。

 どうしてこいつはこんな無垢な目で人の感情を踏みにじるようなことをしようとうする? どうしてそこまで秋月さんを追い詰めようと思える?

「断る」

 俺は自分の中の爆発しそうな感情を押し殺して頭を振った。

「良いじゃない。10万円よ? あなたみたいな人には大金じゃないの」

「どうしてそんなに秋月さんに拘るんだ。俺たちが草むしりしてた時、たまたま会っただけだろ? 彼女に何かされたのか?」

「いいえ」

「じゃあどうして」

「目についたから」

「?」

 俺が言葉の意味を測りかねて黙ったその一瞬、坂根の目が一層輝いた。

「足元の虫を踏み潰すのに理由がいるのかしら」


 その一瞬、俺の中で押し込めていた感情が一気に爆発した。

「ふざけるな!」

 俺は机を両手で叩いたが、坂根は微動だにしない。いや、その顔から薄ら笑いが消え、目を細めてこちらを見ている。

「は?」

 表情も変えず、低い声を出す。俺は茶封筒を取り、なるべくゆっくり坂根の手元に返した。

「とにかく、もう秋月さんには関わらないでくれ。俺は絶対に秋月さんを裏切れない」

 俺が席を立とうとした時だ。

「おい」

 おおよそさっきまでと同じ少女のものとは思えぬ低い声がした、瞬間、眼前に紅茶の液体がぶっ飛んできていた。

「あっつううううう!!!」


 体中が焼けるような熱さ、いや痛みに襲われた俺は店の床をピッチピッチと跳ねて跳ねて跳ねまくった。恐らく豊洲でも俺より跳ねる魚を見ることは出来ないだろう。

 マジかよあの女! 人に向かって熱々の紅茶ぶっかけやがった!


 いや待て、この動き一発ギャグに使えるかもしれんと考える間もなく、今度はヒールの靴が思いっきり腹を踏みに来る。

「んほおっ!!」

 俺が苦悶の声を上げたその視線の先に坂根の顔があった。

「下人の分際で、人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって」

「いや乗ってるのはお前の方だろ」

「口答えするんじゃねえ!」


 その形相はまさに鬼だった。先程までの性格は悪いけど少女らしい可愛らしさを持った女生徒はどこにもおらず、今そこにいるのは山の中から「ホホホーイ!!」と叫びながら包丁片手に追っかけてきそうな鬼婆である。正体を表したな妖怪め!

 と、不意に坂根が足を退けた。

「おいお前ら、立たせろ」


 彼女の合図を待っていたかのように、周辺の席に座っていた男たちが寄ってたかって俺に掴みかかり、坂根の前に引き立たせた。どうやら最初から多勢に無勢だったらしい。

 既に彼女の顔は妖怪ではなく、少女のものに戻っている。

「私ね、手荒な真似はしたくないの」

 いやそんな平和主義的なこと考えるやつはアツアツの紅茶をぶっかけたり躊躇なく人の腹を踏んだりしねえよ。

「私のお願いを断ったらあなたのお父さん、仕事出来なくなるかもよ?」


 坂根は上目遣いに俺を覗き込む。しかしここまで来ると既に恐怖の感情はなく、暴力を振るわれたことで逆に腹が据わっていた。

「お前がどんな権力者か知らないけど、好きにすれば良い。うちの親父は仕事クビになったくらいでへこたれるような玉じゃない」

 というか、もう既に経験済みの男である。

「それだけじゃない。あなたを学校に通えなくすることも出来るわ。良いの? 大学に行けなくなるわよ」

「構わない。それならそれで大検取るだけだし、そんなことで俺は秋月さんを裏切らない」


 だんだん坂根の表情が曇ってきた。もう一回妖怪に変身するかもしれん。

「そ、そのあなたの大好きな秋月さんに被害が及んでも良いの?」

「大丈夫だ。秋月さんは何があっても俺が守る」


 坂根は大きなため息をつくと、俺から距離を置いた。

「まあ口では何とでも言えるわよね。あまり手荒な真似はしたくなかったけれど……」

 どの口が言うんだ。

「やりなさい」

 坂根が手を上げた瞬間、俺を掴んでいた男たちが俺の衣服を強引に剥ぎ取り始めた。

「うわっ! 止めろぉ! ないすぅ!!」

「あーっはっはっはっ! バカね! さっさと言うこと聞いてれば良いものを! これであんたの恥ずかしい姿を学校中に、バラま……いて……」

 高笑いしていた坂根が、俺の姿を見て、口を開けたまま真顔になった。俺を脱がせていた男たちもどよめきとともに離れていく。

「あ、あんたそれ、何よ!」

「何って?」

「ふざけないで! 何であんたマイクロビキニ着てるのよ!」

 俺の肌を守る一番下に、聖なる鎧ビキニアーマーは隠されていた。彼らは俺の衣服を剥ぎ取っても、この秋月さんがくれたマイクロビキニを脱がすことは出来なかったらしい。

「これは俺と秋月さんの絆の証だ!」

「え、絆!? え?」


 たじろぎながらも坂根は再び周りの男たちに号令を出す。


「な、何してるのあんた達! 早く写真をこいつの取りなさい! あーっはっはっはっ! これでお前の恥ずかしい姿を世界中に拡散して……」

 俺が股間の水着からおもむろにスマホを取り出すと、坂根は再び言葉を失った。その彼女に俺はスマホを突きつける。

「これを見ろ」

「そんなもの突きつけるな!! というかそれどうやって収納してたのよ!」


 しかし意思とは関係なく彼女の目はスマホの中の動画を目で追っていた。そこに映し出されていたのは、そう。例の料理の時秋月さんに撮られた、俺がオオアリクイに尻を舐められ動画ーーそれが某TUBEに投稿されたものである。


「動画の拡散はーーもうされてる」

「ひっ!」

 初めて坂根に怯えの表情が浮かんだ。やっと気付いたか、俺の圧倒的なオーラにな。

 俺は無言で動画をスワイプして、今度は自分が秋月さんのショートパンツを試着しようとしている動画を突きつけた。

「ーーこっちの動画も見て」

「何でちょっと見て欲しそうなのよ!!」

「ーーそしてこれ俺の参観日にバニーガール姿で来た俺の父さん」

「どういう家庭なのよあんたの家!!」

「お前には言われたくない」

「止めなさいよ! その言い方だとまるで私があんた以上の変態みたいじゃない!」

「とにかく、俺はどんな脅しにも屈しない。そしてこれ以上秋月さんにも手を出させない」

「その格好でかっこつけるな!」

「ふん、では俺は帰らせてもらう」


 俺は剥ぎ取られた衣服を集めるが、坂根達はもう何もしてこない。ただただ恐怖を帯びた目で俺を見ているだけだった。

 カフェから出る時、振り返るとどこかに電話を掛ける坂根が見えたが、この時の俺はあまり気にしていなかった。

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