14 仇討ち、してみる? 2
まだ昼間だというのに、店内は間接照明でぼんやりとした雰囲気に包まれている。
インテリアに置かれた陶器は照明を鈍く照らし返し、壁にかかる絵画は金色の額縁に収まり、絵の中で微笑む婦人はその暗さも相まって今にも動き出しそうだ。
ここは駅前にある会員専門のカフェで、年収で会員になれるかどうかが決まるお金持ちしか入れない場所だという。
では何故そんな場所に、一介の高校生でしかない俺が居るのか。
「急な呼び出しに応じてくれて感謝するわ」
俺が目の前に出されたコーヒーを凝視していると、向かいに座る女がゆったりと言った。
俺が目線を合わせると、彼女はこっくりと紅茶を一口飲んだ。
「そろそろ俺を呼び出した理由を教えてくれないか? 坂根さん」
紅茶カップを置く音が静かに響く。
その女子……坂根里奈はこちらを見て、不敵に笑った。
あの後、草むしりを中断した俺たちは急いで秋月さんを保健室に運んだ。
幸い、彼女の容態は安定していたのだが、しばらくは何を問いかけても答えてくれなかった。ただ俯いて、筋骨隆々の坊主が傍らに置かれた男の尻を木魚よろしく叩く動画をじっと凝視しているだけだった。
ペチペチいう乾いた音だけが響く中、どれだけの時間が経っただろう。秋月さんはスマホをしまい、おもむろに俺の顔を見た。その目にいつもの張りが無い。
「武岡くん、やっぱり、さっきのこと気になる?」
「ああ。でも、無理に話して欲しいとは思わないよ。ゆっくり、秋月さんが話したくなったらで大丈夫」
「そう……やっぱり武岡くんも、気になるのね」
秋月さんは再び俯き、また顔を上げた。
「大丈夫、私、言わなきゃいけないって分かってる」
「ああ」
俺は彼女の目を見てゆっくり頷いた。大丈夫だ、どんな話しが飛び出したって、俺は受け入れる覚悟がある。
「じゃあ言うね。さっきの動画はBL尻叩きシリーズ第1582058弾、『住職の手で涅槃を感じる尻、秋に染み入るケツタタ」
「そっちじゃねえよ」
秋月さんの話によると、やはりあの坂根という女生徒が彼女をいじめていた主犯で間違いないという。そして先程坂根の顔を見ていじめられていた記憶がフラッシュバックし、ショックを受けて気分が悪くなったのも本当らしい。で、そのショックと恐怖をどうにか中和しようと、尻を叩く動画を見ていたというわけだ。
俺はひとまず、彼女が過去の出来事について話してくれたことにほっとした。本当は話したくないであろうことを語ってくれて、少しは俺のことを信用してくれていると分かったからだ。
しかし気になるのは坂根の動向だった。
あいつのあの目。笑っているようで、その瞳の奥では攻撃性が細く鋭く尖っていた。まさに捕食者の目というべきか。
草むしり中に出会ったのは偶然だとしても、あいつがこのまま終わるとは思えない。久々に見つけた格好の獲物を、みすみす逃さないかもしれない。
どうすれば……。
俺は坂根に手渡された名刺を見つめた。彼女は何を思って俺にこの名刺を渡したのだろうか。
ここに書かれた電話番号に掛ければ、恐らく坂根につながるだろう。
やはり俺が直接会って、もう関わらないようにしてくれと頼むべきなのだろうか。いや、だがそんなことをして聞いてくれる相手なのか……。
突然、俺のスマホが鳴った。
何気なくスマホを取り出した俺は、その状態のまましばらく動けなかった。
登録されていない番号の通知。
それは、坂根から手渡された名刺に記載されていた電話番号と同じだった。
俺は秋月さんの方を見た。
彼女の見る動画の中では尻叩きがいよいよサビに突入したところだ。
俺は意を決して電話に出た。