14 仇討ち、してみる? 1
※この投稿分だけちょっとシリアスです
頬を汗がつたい、地面に滴り落ちる。
俺は首に巻いたタオルで顔を拭い、顔を上げた。
7月の空は吸い込まれるように青く、太陽はかなりアグレッシブに照りつけてくる。
「はあ、何でこんなことを」
俺は項垂れて街路樹の根っこを見つめた。
今、俺と秋月さんは現在絶賛草むしり中である。何でこのクソ暑いのにこんな奉仕活動をしているのか、いや違う、させられているのか。
それは先日、全校生徒の前で委員会活動のPRを行う集会のようなものがあったのだが、そこで見事なやらかしをしたからである。
無論、秋月さんが。
彼女は何を間違ったのか分からないが、俺の父親がバニーガール姿でオオアリクイに尻を叩かれる動画を流してしまったのだ。
動画を背景にパニックになる全校生徒など居にも介さず、彼女は
「これが食物連鎖です」
と言った。
全く、勘弁して欲しいぜ秋月さん。
「武岡くん、手が止まってるよ」
俺の隣で麦わら帽子を被った秋月さんは黙々と草をむしっている。
「いや、もうヘトヘトだよ」
「全く、誰のせいでこうなってると思っているの」
お前や。
「それにしても秋月さんはよく疲れないね」
「だって草むしりをすると興奮するから」
「ん、どういうこと?」
「草むしりって、雑草を地面から無理やり寝取る行為だなって考えたら、何だか身体が火照ってきて……」
「解釈が独創的過ぎる」
駄目だ、こんな頭おかしい女の隣で草むしりしたら俺にまで彼女の性癖が伝染してしまう。さっさとやって早めに終わらせよう。
俺が再び地面に目をやった時だ。
「あら? そこにいるのは秋月さんじゃありませんか?」
聞き覚えのない女の声がした。声質からして恐らく同年代の少女である。
俺が顔を上げると、やはりそこには数人の男女が立っていた。全員うちの制服ではない。
その先頭の日傘を差した女子はスラリと手足が長く、茶髪のロングヘアは内側にカールしている。普段街中ですれ違っていれば思わず振り向いてしまいそうな美人だ。
しかし彼女のこちらを見下すような視線から俺は、違和感というか、うまく言えないのだが嫌悪感のようなものを感じていた。
「秋月さん、この人知り合……」
秋月さんを向いた瞬間、ただならぬ様子に俺は目を見開いていた。
先程まで小癪なほど元気よく草をむしっていた彼女が、うつむいたまま動かない。猛暑だというのに手先がガタガタ震え、口で浅い呼吸しているため、背中が小刻みに動いている。尋常ではない怯え方だ。
「秋月さん、どうしたの? 何かあったの?」
俺は手袋を取り、彼女の背中を擦った。
「坂根さん、こいつら知り合いなんですか?」
取り巻きの一人が聞く。
「ええ、小学校の時ちょっとね」
先頭の女子が答える。
坂根。
俺は直ぐにその名前に思い至った。秋月さんが小学生の頃、彼女をいじめていた女子の名前だ。
じゃあこいつが。
俺は改めて坂根の顔を確認した。表情は変わらず、貼り付けたような笑顔でこちらを見下ろしている。対して秋月さんは全く動こうとしない。坂根の方を見ようともしない。いや、できないんだ。いつもは飄々としている彼女がこの怯えよう、一体、なにをされたらこんなに怯えるんだ。
「で、秋月さん、こんなところで何をしてるのかしら? なぜ私に二度も同じことを言わせるの?」
一瞬、秋月さんの体がビクッと震えるのが分かった。それを見て坂根は口に手を当て、息を漏らす。
「あ、そうだ。小学校の時彼氏にフラレたのがショックで、ずーっといじけながらここで土いじりしてたのかしら」
取り巻き達からドッと笑いが起こった。
流石に我慢出来なくなった俺は立ち上がり、坂根を睨んだ。
「何なんですか、いきなり現れて。あなた達が誰か知りませんが、これ以上絡んでくるんなら先生を呼びますよ」
警告したつもりだったが、坂根は怯む様子が一切ない。
「そういう貴方は誰?」
「俺は、秋月さんの恋人です」
俺は相手の目を見てはっきり言った。
坂根は暫くの間、キョトンとした表情をして、周りの生徒達と顔を見合わせた後、再び口に手を当てて笑い出した。
俺はその瞬間、人生で初めて我慢出来ないほどの怒りが全身から込み上げてきた。
あれだけ秋月さんを怯えさせるようなことをしておいて、反省もせず、いや、それどころかまだ追い打ちをかけるようなことをするのか。
「素敵な彼氏ね。そのまま二人揃って土まみれで草をむしってるのがお似合いだわ」
「そうだぞ、おい早く草むしりしろよ」
言いながら取り巻きの一人が俺の方を掴もうとしてきたので、俺は全力で振り払った。
笑い声が止み、一気に場の空気が張り詰める。
この瞬間、取り巻きの誰かが殴りかかってきてもおかしくない。
それでも構わない。こいつらぶっ飛ばしてやる。
「何やってるんだお前ら」
振り向くと、住吉が、閉まってる校門を軽々飛び越えて、こちらに来るところだった。住吉も同じ委員会のため、今日の草むしりに参加する予定だったのだ。
住吉は俺と秋月さんを交互に見た後、
「何があった? おーい、秋月さん、大丈夫?」
優しい声で彼女のそばに屈んだ。
「あいつらが急に因縁つけて絡んできたんだ。秋月さんは無事だよ。今は何もされてない」
「ふーん」
住吉はすっと立ち上がると坂根たちの方を笑顔で見つめた。
「俺のクラスメイトに何か用?」
顔は笑っている。しかし住吉の声はこれまで聞いたことが無いくらい低い。完全に敵意をむき出しにして、相手の方へにじり寄っていく。
これには坂根も焦ったらしい。先程まで自信に満ちていた目は情けなく泳いでいるし、取り巻きたちも住吉に勝てないと思ったのかたじろいでいる。
坂根はふんっ、と鼻を鳴らすと踵を返した。
「わ、私達はこれで失礼します。いつまでもこんな暑いところに居てられませんわ。……それからあなた」
遠ざかりかけた坂根の背中が、不意に翻って俺の方を見た。
坂根はツカツカ歩み寄り、一枚の名刺を俺に差し出した。彼女の名前と電話番号が書いてあるようだ。
名刺に気を取られていた次の瞬間、坂根の顔が俺の耳元にあった。
「あなたとは少し話したいことがあるの。空いた時間に電話下さるかしら」
彼女は耳打ちすると、ニヤリと笑い、再び踵を返して今度こそ俺たちから離れていった。