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3 メイド服、着てみる? 1

 

 秋月さんが押しかけてきた次の日の夕方。俺は何故か荷ほどきを手伝わされていた。

 彼女曰く、本や紙の資料が多くて重いので男の助けがいるとのことだった。……まさか俺をこき使うため隣に引っ越してきたわけじゃないよな。

 秋月さんの指示通り、ダンボールを開けては男たちが絡み合うピンク色の本を棚にひたすら移す工程は耐え難き苦痛だったわけだが、意外と慣れるもので、30分も過ぎれば何も感じなくなっていった。

 これが大人になるということなのだろう。きっと嫌なことだらけの社会人生活を平気な顔してこなす大人達の大半は、本棚にBL本を移す作業を成人の儀としていたに違いない。


 慣れた手付きで一つのダンボールを解いた時、俺の手が止まった。その箱に詰まっていたのはピンク一色BL本ではなく、白黒のフリフリが付いた衣服だったからだ。

「これは」

「それ、メイド服」

「ゆおわ!」

 突然ぬぅっと秋月さんの顔が横に出てきたので、変な声を出してしまった。いや待て、秋月さんは今何と言った?

「秋月さん、メイド服とか着るんだ。もしかしてコスプレが趣味とか?」

 そう口に出しながらも俺の脳裏では「お帰りなさいませご主人さま」とか「萌え萌えキュン」とか「夜のお手伝いを致します」などとメイド服を着て胸を寄せる秋月さんの姿が無数に映し出されていた。

 俺が死にかけた時は走馬灯なんか流さなくていいのでこの映像で代用して欲しい。スッと成仏出来る。


「これはね、武岡くんのために買ったんだよ」

「え? お、お、おえおおお、、おえおえおおえおおおお、俺のため?」

「動揺しすぎ」

 いや動揺するに決まってるだろ! 幾ら頭おかしいとは言えクラス一のスタイルと美貌を兼ね備えた少女が俺のためにコスプレしてくれるって直接言ってくれたんだぞ! 今ほど生まれてきたことに感謝したことはねえ!


 秋月さんはダンボールからメイド服と、その下にあったチャイナドレス、そして更に下にあった紐のような布を取り出し、俺の前に並べた。

「どれが良い?」

 秋月さんは全く表情を変えず、俺の顔をじっと凝視している。

「どれが良い?」

 もう一度、秋月さんは呟くように言った。

「お、俺が選んで良いの……?」

「選んで。だって、全部武岡くんのために買ったんだから」

 心なしか秋月さんの瞳は潤み、頬が紅潮しているように見えた。

 俺に告白する時、彼女はこう言った。「私も、あなたを好きになる、そして好きになっ

 てもらうように頑張るから」

 そうか、この子はそこまで覚悟していたのか。


 秋月さんは至高の寝取られ体験をするために、つまり、先ず俺に好かれるためには何でも……いかにも男が喜びそうな恥ずかしいコスプレだってするつもりなのだ。

 俺は改めて床に並べられた3つの衣装を見比べた。メイド服にチャイナドレス、そしてもう一枚……小さな三角形2つと紐のみで構成されたそれ、俺の予想が正しければ「マイクロビキニ」という代物である。


 ご存知だろうか? マイクロビキニとは乳首、股間を隠すのみの攻撃特化の水着である。これは高度成長期における洗濯機、冷蔵庫と並び三種の神器として数えられ、日本の人口増加の一端を担う代物だったというのは歴史の教科書にも載っている有名な話だ。


 こんなアカデミックなことを考えながらも、俺の頭の片隅ではマイクロビキニを着た秋月さんの姿が無数に浮かんでいた。たゆんたゆん胸を揺らしながら走ってくる秋月さん。たゆんたゆん胸を揺らしながら反復横跳びをする秋月さん。たゆんたゆん胸を揺らしながらS●SUKEに挑戦する秋月さん。たゆんたゆんカニ鍋を食べる秋月さん。

「武岡くん? どれにするの?」


 秋月さんの声にハッとする。妄想の世界に浸りすぎていたらしい。いかんいかん。幾らマイクロビキニを着た秋月さんが見たいとはいえ、彼女のことを考えてあげないといけない。幾ら秋月さんの脳みそがバグってたとしても恥ずかしいだろうし、俺にジロジロ見られたら嫌かもしれない。折角俺のためにやろうとしてくれているんだ。ここは相手の感情を優先して

「マイクロビキニで」

 俺は低い声で宣言していた。違うんだ。俺はちゃんとメイド服と言おうとしたんだ。でも口が勝手に動いてしまったんだ。本当なんです信じて下さい。

「武岡くんならそう言うと思ってた」


 秋月さんはマイクロビキニを手に取ると、俺に突き出した。

「着て」

「へ?」

 俺は彼女が何を言ってるのか、一瞬理解出来なかった。

「だって、武岡くんこれが着たいんでしょう?」

 俺は手を横に振って反論する。

「いやいや、違うよ! だって秋月さんがこの衣装は全部俺のために買ったって……!」

「そう、武岡くんに着てもらうためにね」

「えええええ!?」

「それに私は自分が着るんて言ってない。ただ衣装を前に『どれが良い?』と言っただけ」

 ぐにゅう!!

 ま、不味い、このまま押し切られたら俺が乳首隠してケツ隠さずのハイブリッド露出狂みたいな格好を晒すことになってしまう! どうにか言い逃れないと!


「い、いや! でもさ! 秋月さんは俺のマイクロビキニなんて見たくないでしょ!」

「見たい」

「見たいの!?」

「スーパーに売ってるサバの切り身くらい見たい」

「例えがよく分かんねえよ!」

「いいから着て。私は告白する時こう言った。武岡くんに好きになってもらえるよう頑張ると。でもそれだけじゃ釣り合いが取れてない」

「彼氏寝取られようとしてる奴がバランスなんか気にするな」

「だから、少しづつでいい。少しづつでいいから武岡くんも私に好かれるよう努力して欲しい」

「いやマイクロビキニを着るのは色んな段階を大きく踏み超えていないか」

 逸脱しすぎれ色んなものが見えそうである。

「着てよ。着てくれないと明日田中さんに『武岡くんにマイクロビキニ着るよう強制された』と言う」

「誰なんだよ田中って」


 俺は一度ため息を付いた。

「わ、分かった。着るよ」

「本当?」

 秋月さんが身を乗り出してくる。当然ながら彼女の美しい顔が間近に迫る。

「ちょ、近いよ秋月さん。本当に着るから」


 俺は彼女の手からほとんど紐の物体を受け取った。

 俺は決して乗り気でマイクロビキニを付けようと思ったわけではない。こんな不毛な言い合いに時間を割くのが馬鹿らしくなったのだ。このまま秋月さんの謎論法と戦うくらいなら、少しだけ着て、さっさと脱いだ方が早いと思ったのだ。

 しかし俺がこの決断を後悔するのにそう時間はかからなかった。

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