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13 告白、してみる? 1

「機は熟した」

 プール掃除をした夜、夕食を食べ終わった秋月さんが唐突に言った。これは面倒事になりそうだと感じた俺は無視しようとしたのだが、

「え? 何が熟したのかって? やっぱり武岡くんも気になるのね」

 と秋月さんはイマジナリーな俺と勝手に会話を先に進めてしまったので色んな意味で手遅れだった。何の機が熟したのか仕方なく聞くと、彼女の計画がもうすぐ完遂するというのだ。

 彼女の計画、すなわち俺を住吉に「寝取られる」計画である。

 秋月さんはどうやら、プールでの俺と住吉の会話を聞いて「これは行ける。二人は相思相愛だ」と感じたらしい。俺からすれば、冗談で身体を触ったりするのはノーマルの男同士でも日常的にあり得ることだし、機は熟したどころか実がつく気配すら無い。


 だが俺が幾ら説得しても秋月さんは聞く耳を持たなかった。BL脳の彼女には男が会話するだけで彼らがピロートークを繰り広げているように感じられ、スキンシップを取ろうものなら、直ちにベッドの上の関係を連想してしまう民族なのかもしれない。


 こうして俺は、秋月さんの命令で住吉に告白することになってしまった。もちろん、普段の俺ならば絶対に断るのだが、今は絶賛「何でも言うことを聞く」期間中で彼女に逆らうことが出来ない。秋月さんもそれが分かっていて計画を前倒ししているのだろう。



 翌日の放課後、俺は校舎裏で住吉を待っていた。住吉には昨日の段階でスマホのメッセージアプリで確認を取ったら「オッケー!」とだけ返事が帰ってきた。部活で忙しいだろうに、よく連日予定を開けてくれたな。

 まあそのお陰で「住吉が忙しすぎて告白できませんでした☆ペロリンチョぉ!」といった言い訳が出来なくなったわけだが。


 未だに日が落ちる気配はなく、西日が強く俺を照らしている。

 ここでこうして立っていると秋月さんに告白されたことを思い出す。あのときは凄く緊張したし、嬉しかったなあ。まあ10秒後に喜びの感情も全て吹っ飛んだわけだが。

 そしてまさか約3か月後、同じ場所で人生初の告白を男に向けてするなんて、人生って本当に不思議ですね。いや、秋月さんと出会ってからというもの、予想通りに事が運んだことなど一度も無いわけだが。


 そんなことを思いながら苦笑いしていると、向こうから住吉が歩いてくるのが見えた。さっきまで呑気に構えていた俺だが、その顔を見て急に緊張してきた。もちろん、俺は住吉にオッケーされるなんて思っていない。

 住吉が他の男子と話しているところを何度も聞いたことがあるが、あいつは根っからのノーマルだ。秋月さんの願望通りのゲイではない。それに俺が告白したところで「ああ、何か秋月さんに言わされてるんだな」と住吉なら気付くだろう。昨日の一件があってから、恐らくあいつは俺と秋月さんのパワーバランスを完全に把握している。


 いや、気付いて貰わなければ困る。もし俺が本気で告白していると思われた方が大ダメージだ。その後俺は「住吉に振られた男」として残りの高校生活を送らなければならない。そんなことになったら住吉を見る度心をチクチク刺すような痛みを感じたり、住吉が他の女子と仲良く話しているところを見る度胸が締め付けられるような苦しみを感じてしまうんじゃないか、そんなの嫌よ!! 

 だがこの件に関して問題は無い。俺は、告白を絶対に本気として受け取られないための秘策を用意してきたのだから。


「お前一人か? 秋月さんは?」

 左右を見回す住吉の顔は珍しく笑っていない。

「ああ、今日は一人だよ。俺がお前に用があったんだ」

 言いながら、俺はブレザーの左ポケットを確認した。中に入ったスマホがしっかり「通話中」になっている。そう、俺と住吉の会話は全て秋月さんに筒抜けになっているわけだ。俺が告白しなければすぐバレる。

「そっか、いやーちょうど良かった。俺もお前に言いたいことがあったんだ」

 ここで住吉は初めて口角を上げた。心なしか少しその笑顔がぎこちない。

「言いたいこと?」

 住吉が俺に何の用だろう。まさか「俺もオオアリクイに尻を舐められたいんだ!」とか言わないよな。だとしたらオオアリクイの連絡先を教えるから直接電話でやり取りしといて欲しい。

「まあ、それなら住吉から先に言ってくれよ。俺は後で良いんだ」

 言いながら俺は俯き、予め用意していたブツを取り出し、装着した。そのブツとは、以前、秋月さんに無理やり装着されたパーティーグッズの、あの「鼻」である。ピエロのように大きな鼻なだけでなく、鼻から息を出すと8時20分の方向に包まった紙がぴゅるるるる飛び出す愉快なアレである。

 これでぴゅるぴゅるしながら告白したら、流石に真剣には受け取られないだろ! 悪く思うな秋月さん! 俺の高校生活がかかってるんだ!

「そうか、じゃあ、俺から言わせてもらう」

「おお」

 言いながら顔を上げた瞬間、住吉は驚くほど真剣な表情で俺を見ていた。

「好きだ」

 住吉は鋭く言い切った。


 ……。

 ……。

 へ?


 俺の鼻から、弱々しく紙束がぴゅるぴゅる飛び出していく。



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