11 父さん、来るらしいよ? 5
結局俺が一発ぶん殴られた後、居間にて話し合いが持たれることになった。殴られといて何だが、よく一発で済んだなという感想である。恐らく秋月さんが見ていたから父さんも少し遠慮したんだろう。
「で、結局どうなってるのか説明してもらおうか」
父さんは椅子にドカッと座り、腕組みをしてこちらを睨んでいる。怖過ぎる。
何で実の父親相手なのに、こんなヤクザの事務所にいるような雰囲気を味わわないといけないんだよ。
「そんなことよりお父さん」
「秋月さん、病院で会った時から思ってたんだが私のことを『お父さん』と呼ぶのは止めなさい」
確かに秋月さん目線、俺の父さんはせめて「武岡くんのお父さん」と呼ぶべきかも知れない。秋月さんは首を傾げて父さんを見ている
「じゃあ、パパ?」
「それは昨今のアレ的にもっと駄目だろ」
「じゃあポポ?」
「ポポって誰なんだ」
「あ、お父さん、これつまらないものですが……」
「話を聞きなさい!」
秋月さんは誰が相手でもマイペースだ。
彼女は紙袋をガサガサ漁って何かを取り出そうとしている。
恐らくあれは、俺が買うように頼んでおいた半田屋の羊羹だ。まあここで羊羹を持ってきたところで焼け石に水かも知れないが、無いよりは良いだろう。
「これ、半田屋の……」
と、言って彼女が取り出したものは、両手で収まらないくらいに大きな球体で、ギラギラと青く眩い光を放っている。
「羊羹を、買いに行くのが面倒くさかったので私が作った羊羹です」
「これ羊羹!? 青く光ってるぞ! 食べ物がしちゃ駄目な光り方してるよ秋月さん!」
「そんなはしゃがなくても、後で武岡くんにはいつものカーテンあげるから」
「何で俺がカーテン常食してるみたいな言い方なんだよ!」
「さあお父さん、食べて下さい」
「いや無茶を言うんじゃない! だいたい、何を入れたらこんな色になるんだ、おかしいだろ!」
「いえ、おかしなものは何も」
「じゃあ何を入れたのか言ってみなさい」
「先ず部屋に生えてたキノコでしょ?」
「いやもうおかしい! もういい! おい星矢ぁ!」
急に矛先がこちらに向いた。父さんの唾がパツンパツンに飛んでくる。
「は、はい!」
「とにかく早く説明しろ! この家に頭のおかしい人形が溢れてた理由と! 勉強せずに男の絡み合いを熱心に眺めてた理由を! 父さんが納得できるように!」
いやそんなの無理ゲーですやん! 俺はどのコードを切っても爆発する爆弾処理を急に言い渡されている気分だった。とにかく起爆する要素しかねえ。
「お父さん、武岡くんは悪くありません」
場の沈黙を破ったのは秋月さんだった。彼女はやはり父親の視線を受けても全く所作が変化しない。もしかして、この子とんでもなく度胸が座っているのか?
「武岡くんは悪くありません。だってあの人形もBL本も、私が持ってきた物だからです」
あ、秋月さん、俺を庇って……! 父さんの目つきが険しくなる。
「何でそんなことしたんだい?」
「全部武岡くんの指示に従ったからです」
って全部俺になすりつけようとしてるじゃねえか!!! 何してくれてんだこの女!
当然、全てのヘイトを被った俺が父親の殺意に満ちた目に晒される。
「何でそんなことさせた星矢! そもそも、どうして隣に彼女が済んでることも黙ってた! あと何でこんな頭おかしい女と付き合ってるんだ星矢ァ!」
言った! 頭おかしいって言った!! 流石に父さんも秋月さんのこと頭おかしいって言った!!
「え、えっと……先ず秋月さんとは」
「だいたい、こんな女は害でしかない」
父さんが俺の言葉を遮った瞬間、自分の中で何か突っかかった。それは、今までの人生で父親に殆ど抱くことの無かった感情だった。
「いや、父さん、害という言い方は」
「何だ、父親に口答えするのか」
「……」
「だいたい、こんな人間と付き合っても損するだけだ。恐らく親のしつけがなって無かったんだろう。どうせこのまま大人になてもまともな人生を歩めない哀れな子供だ」
その瞬間、何の誇張でもなく、目の前が発火したように赤くなるのを感じた。
「そんな言い方止めて下さい! 確かに秋月さんは親のしつけがなってないし、どうせこのまま生きてもろくな大人にならないしろくな死に方しないと思いますが!」
「そんな言い方止めろと言いながら父さんの主張を全面的に認めてる上に補強してるぞ星矢」
「それに秋月さんは僕の家にご飯をたかりに来るし、部屋は汚すし勝手にお菓子は食べるし洗濯も掃除も丸投げするし!!」
「もう日頃の鬱憤で心が溢れかえってるじゃないか!」
「だけど秋月さんはちょっと変わっていて、自己主張の仕方が苦手なだけなんです。本当はとても優しい子なんです。……この前ポテトチップスを一枚くれました」
「されてたことと全然釣り合ってなくないか!?」
「だから僕は秋月さんが悪い子だとは全然思いませんし、この生活で満足してます」
「いや全然理由になってない! どっちかというと過酷な運命を受け入れるみたいな言い方になってるぞ!」
と、ここで黙って自分の悪口を聞いていた秋月さんが沈黙を破った。
「そうですよお父さん、私は悪い子じゃありません」
「いや君さっきから散々悪口言われてたぞ?!」
「それに、私たちは今日別れるために来たんです」
その言葉を聞いた父親が、ゆっくり秋月さんに向き直る。
「……別れる?」




