11 父さん、来るらしいよ? 3
「恋の海難レスキュー隊、出動しちゃうぞ☆」
何で二回言ったんだよ! だいたい「出動しちゃうぞ」じゃねえよ不法侵入者! お巡りさん出動しちゃうぞ☆
その時初めて俺は男の違和感に気付いた。背が高く筋肉質のそいつはずーっと笑顔を崩さいない、というより表情が固定されていて、肌面がやけにツルツルしている。
こいつは人間じゃなくてフィギュアだ。
「おい星矢ぁ! 何だこれはぁ!!」
後ろで父さんが怒鳴るけれどそれは是非俺も伺いたい。
その時、スマホのバイブが鳴った。一瞬取り出して画面を確認すると、秋月さんからこんなメッセージが届いていた。
『玄関のフィギュア見た? ちゃんと女の匂い消えてたでしょ?』
いや女の匂い消すって男の匂いで上書きしろって意味じゃねえよ! これ見てうちの父親がどんな反応するか考えてよ! もっと人の立場になって考える癖を付けなさいよ!!
その時、父さんが俺を押しのけて入ってきて、フィギュアの胸の辺りをバチバチ叩き始めた。
「お前やっぱりこういうのが趣味なのか! そうなのか!?」
どっちなんだい筋肉?
その時、バチーンとフィギュアの目が光り、メリーゴーランドが回転するときに鳴るような音楽と共に首がウィーンと親父の方にゴリリと向いた。
怖え! めちゃくちゃホラー映画みたいになっとる!
俺も父親も、やや警戒しながらフィギュアを注視ししていた、その時。
「はいちゅーもーく、僕の乳首にちゅーもーく☆」
フィギュアが初夏の雨上がりのような、非常に爽やかなヴォイスで言う。いやどこに注目させてくれてんだよ!
「あ!? お前の乳首がどうした!」
親父はかがみ込んで男の乳首を間近で観察し始める。いやどんだけ気になってるんだよ!
「ちくビーム、発射☆」
突然、男の乳首からカラフルな液体が、至近距離でぶっかけられた。おい何してくれてんだこのフィギュア! お前のせいで絵面が過去一で最低じゃねえか!!
「うわっ! 何だこれは! ……この味、歯磨き粉だ」
歯磨き粉なの!? あと何で舐めて確かめたんだよ!!
「僕のちくビームで、君たちも白い歯を目指そう!」
お前の乳から放り出された液体で口腔内の健康を保ちたくないわ。
「おい星矢ぁ!」
「は、はい!」
「歯ブラシ持ってこい!」
何で磨こうとしてるのこの人!?
一応フォローしとくと、父さんは恐らく、わけの分からない状況に混乱しているのだ。あと一度警察官をクビになって家族を養わないといけなくなった時から、父さんはとんでもない貧乏性になった。職場で、どう考えても要らない同僚のお古を貰ってきたり、解体工事中出てきた殆どゴミのような物まで持って帰ってきていた。それでこういう時にもあらぬ反応をしてしまうのだろう。
だからといって男の乳首から出てきた液体で歯磨きする父親の姿は迫力満点である。ディズニーランドとかに展示しておいて欲しい。
「おい星矢! 結局これは何なんだ! どうしてこんなでかい男の人形なんか持ってるんだ!」
歯磨きしながら言う親父。
「そ、それは……! 身に覚えがありません!」
「見に覚えがない? じゃあこれ誰かが持ち込んだことになるよな!?」
まずい。どう言い訳すれば良いんだ。いやどう言い訳するとかいう次元の問題じゃないぞこれ。
後から思い出してみると俺はこの時、早く返答をしなければならないという切迫感と焦り、そして秋月さんと半同棲していることがバレたら殺されるという恐れから、正常な思考力を失っていたと言わざるを得ない。
「い、いや、これは……これは歯磨き粉のチューブなんです!」
「そんなわけあるか!!」
「でもちゃんと歯磨き粉出てきたじゃないですか! これはもう歯磨きチューブですよ!」
「じゃあ何でこんな形してるんだ!」
確かに。
「そ、それは……これは試供品なんです!」
「何を試させるための製品なんだ!?」
「とにかく! これは駅前で配ってたんです!」
「この人形ごと!?」
ふとフィギュアを見ると、再び動き出しているのがわかった。今度はゴギギギギと音と共に腕を上げている。さっきからこいつ動く度に魂が燃え尽きそうな音してるんだが。
ゆっくりと、男が上げていった腕の下から脇が覗き、露出したのは植物だった。何やら細い草が沢山男の脇に自生しているのである。
彼は再び父さんの方を見て、こう言った。
「これが欲しかったんだろう……☆」
いらねえよ! 何で男の脇から生えた得体の知れねえ草が欲しくなるんだよ! あとなんだその脇は! 豊かな土壌か!!
そんで秋月さんは何でこんなの俺の家に持ってきたんだよ!
その時瞬間的に、彼女が夜な夜なフィギュアの脇に、せっせと草を植えてる姿が浮かんできてちょっとした怒りが込み上げてきた。
「おい星矢! これかいわれ大根だぞ! 何で歯磨き粉の容器からかいわれ大根が生えてるんだ! 歯磨きしてる時にかいわれ食べたくなるだろ!」
父さん、そういう問題じゃないです。
「こ、これはSDGsです!」
「SDGs!? 脇で!?」
「はい! 昨今大事にされるようになったSDGsを鑑みて僕が植えました!」
「いやむしろ冒涜だろこれ! 植える場所を考えろ!」
さっきから父さんもツッコミどころが少しおかしい。やはりこの人形がおかしすぎて正常な判断が出来なくなっているんだろうか。
「くそっ! 玄関からどうなってるんだこの家! 今からお前の部屋に行くからな!」
父さんは廊下をズカズカ進んでいく。
俺も慌てて後を追う。大丈夫だ、さっきのフィギュアがこの異変のピークのはず。それに俺の寝室は勉強部屋だし、秋月さんはお化けの話をして以来、俺の部屋に入っていない。つまり女の匂いなんてないからフィギュアを置く必要も無い。それに俺は秋月さんに「参考書や教科書に線を引いといて欲しい」など具体的なお願いもしておいた。だから、どんだけ秋月さんが頭おかしくっても、先ほどのようにはならない筈である。
父さんがドアを勢いよく開けたので、俺にもその光景が目に入った。
牛や、ヤギがいる。いや、正確には顔だけ人間の男で、首から下が家畜のキメラがいる。
床や、俺の机やベッドの上にも、そして天井にも張り付いて、じっとこっちを笑顔で眺めている。
何だこれは!
おい、何だこれは!!!
俺のお願いをどう解釈したらこんな世界一不気味なキメラ錬成工場が出来上がるんだよ!!
その時、一匹の羊が鳴いた。
「めえ☆ めえ☆」
ははっ! 焼肉にしちゃうぞ☆




