11 父さん、来るらしいよ? 1
病室でバニーガール姿を晒したことにより、出禁となった父親は結局俺が退院するまで来ることは無かった。
しかし父さんはゴリラに連れ去られる直前こう言っていた。
「退院したらお前の家に行くからな! その時しっかり話は聞かせてもらうぞ!」
その予告を裏付けるように、
「退院日の8日朝10時、迎えに行くから病院の入り口待っておけ」
と非常に殺意の籠もった父親からの電話(果し状)があり、その言葉、口ぶりから俺の生活態度を疑っていること明白だった。
非常にまずいことになったと言わざるを得ない。
恐らく父さんはまるで砂金でも探すように俺の粗を探そうとするだろう。粗というのは具体的に、部屋が汚いとか、勉強していないとか、女を連れ込んでいるとかだ。
前半2つは問題無いのだが、一番厄介なものが俺の部屋に派手に鎮座している。そう、秋月さん(女)の私物である。彼女が我が物顔で俺の家を半分住処として利用しているのだから、シャンプーリンス、BL本に挙げ句の果にはフリフリの下着も置きっぱなし積みっぱなし投げっぱなしという有様なのだ。
もしこれが父親に見つかろうものなら、先ず俺はしこたま殴られる。多分一台の車を殴って廃車にするくらいのエネルギーが俺に向けられる。
それだけなら良いのだが、俺は即一人暮らしは止めさせられるだろう。そして父さんと同居する実家から二時間かけて高校に通うという、青春というより軍隊のような高校生活を強いられることになる。
何より一日4時間も通学に取られるのがまずい。詳しくは割愛するが、それは妹を守るための「慶大合格」という条件にとっては、秋月さんにちょっかい掛けられながら一人暮らしするより、遥かに厄介なハンデとなる。何が何でもそれは避けたい。
俺は早速秋月さんに電話を掛け、協力を要請することにした。俺が入院中で部屋を片付けられない以上、どうしても秋月さんに頼むしかなかったのである。
秋月さんは最初面倒くさそうにしていたが、「一ヶ月間秋月さんの好きな料理を作り続けること、おやつも用意すること、そして一週間は何でも言う事聞くこと」を交換条件に契約が締結された。
秋月さんにしてもらうことはこうだ。
先ず俺の家にある、秋月さんの私物をすべて持って帰ってもらうこと。理由を聞かれたので「女の匂いをすべて消す必要があるから」と答えておいた。
そして俺の部屋の参考書に、下線やマーカーを引きまくってもらうこと。参考書だけで良いのか、と言われたので「出来れば教科書にも引いてくれると嬉しい」と答えておいた。
また、父親が来る日、秋月さんも来て欲しいということ。来る際は半田屋という菓子舗で羊羹を買ってきて欲しいということ。そこの羊羹は父さんの好物であり、そうすれば「礼儀をわきまえている」と父さんからの好感度も上がるはずなのだ。
「私が武岡くんのお父さんに会ってどうするの? 親子BL構想を語れば良いの?」
と秋月さんに聞かれたので、俺の計画を話す。
先ず秋月さんには俺と父さんが到着してから、少し遅れて来てもらう。そして開口一番「すみません、迷ってしまって……」と言ってもらうことで“始めてくる感”と“半同棲なんかしてない感”を出すのだ。
そこで前述の羊羹を渡せば古い価値観を持った父からの心象も良くなる。
ここからが本題だ。話し合いの席で、俺と秋月さんは確かに付き合っていたが、その日を堺に「別れる」ことにする。こうして誠意を見せ、勉強に集中するという姿勢をアピールする。
ここまですれば流石に父さんも納得してくれる。全てが丸く収まるはずなのだ。
しかし俺の話を黙って聞いていた秋月さんから予想していなかった言葉が漏れた。
「武岡くん、本当にそれで良いの?」
俺は一瞬思考が止まり、無意識のうちに呼吸を止めていた。
彼女の言う「それ」が何を指すのか、そして秋月さんが今どのような気持ちでその言葉を発したのか、図りかねたのだ。俺は自分たちが形上の「カップル」であることも忘れ、猛然と弁明した。
「勿論、別れるっていうのは方便だよ。今の生活を……その、ご飯作って、一緒に食べる生活をやめるわけじゃないから安心して。俺はこれからも秋月さんのためにご飯作り続けるから」
すると少し間があった後、秋月さんがくすりと笑う声が電話越しに聞こえ、その声に俺は妙な安心感を覚えた。
だが後から考えると、秋月さんのいう「それで良いの」の「それ」が何なのか、結局俺は分からないままだったのだ。
そして分からないまま、決戦の日が訪れる。
これが俺の死刑執行日になるか、執行猶予が付くか、運命の分かれ目だ。




