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10 お見舞い、行ってみる? 3

 

 病室に入ってきたスーツ姿の人物は鋭い目で俺の方を見た。白髪交じりの髪は短く刈り上げ、顔には厳しさをそのまま刻み込んだかのようなホリが深い。

 いざ目の前にしてみるとやはり緊張感は桁違いで、心臓の鼓動がどんどん早くなっていくのが分かる。

「と、父さん……」

 父はすぐ俺から視線を外し、脇にいる秋月さんに目をやった。

「星矢、この子は誰だ?」

 何気ない質問である。多分俺の父さんじゃなく他の親でも同じような質問をする場面だが、俺の場合は何というか、額に銃口を突き付けられていて、返答を間違ったら発砲される状態を常に強いられている感覚である。

「こんにちは、私、この前の林間学校で星矢くんに助けてもらった秋月八宵と言います。どうしても星矢くんにお礼が言いたくてお見舞いにこさせて頂きました」

 立ち上がった秋月さんは意外なほどきちんとした所作で、父に向かって一礼した。


 秋月さんにもこんな常識的な一面があったことにびっくりであるが助かった。父親はフッ、と険しい表情を解いて笑顔になった。

「ああ、君がそうなのか。私は星矢の父親です、始めまして。ほら座って座って。かしこまるような場面じゃないから」

 秋月さんに座るよう促した父親は続ける。

「で、秋月さん、君は怪我はもう大丈夫なのかい?」

「はい。そもそも怪我していないんです。星矢くんが庇ってくれたお陰で」


 すると父さんは「ハッハッハ」と高笑いした。俺が人生で始めて聞くタイプの笑い方である。秋月さんのお陰で、人生初のことが起こるくらい今の父さんは機嫌が良い。行ける! このまま行けば上機嫌のまま父親を返すことが出来る。

 すごいぞ秋月さん、見直したぞ!

「そうかそうか、それは良かった。でもほら、二人で山を彷徨っていたんだろう? このバカに何もされなかったか?」

 それは父さんが上機嫌だからこそ出た、冗談で聞いた質問だった、はずだった。

 対して秋月さんはやはり一切表情を変えず、こう言った。

「いいえ、私たち、キスしました」



 突然父親の持っていた缶コーヒーがぐしゃりと凹んだ。

 コーヒー豆の香ばしい香りが充満する中、俺の金玉がヒュンヒュンヒュンヒュンしている。

 っておい秋月さん! 何でそれ言った!? 確かにキスしたことは口止めしなかったけど、普通それ一番危険って分かるだろ!

「と、父さん! 違うんです! それは状況が普通じゃなくて……!」

「お前は黙ってろ」

「ひゃい」


 金玉ヒュンヒュンヒュンヒュン! さっきまでの上機嫌から一転、父親の顔は完全に気質かたぎの片鱗を失っている。どう見ても本職である。

「秋月さん、その話、詳しく教えてくれるか?」

 父さんは秋月さんには目もくれず、ずーっと俺の顔を凝視している。やめて顔がアナナになっちゃうのお!

 俺は早急に秋月さんとアイコンタクトを試みた。幸いにも直ぐ彼女と目を合わせることに成功する。

 頼むぞ秋月さん、ちゃんと説明してくれよ。そしたら父さんも分かってくれるはずだから……!


 俺が頷くと、秋月さんも浅く頷いてくれた。通じた、のか?

「そうです、違うんです」

「違う?」

 父親が怪訝そうな顔になる。そうだ、秋月さん、あの時の状況を詳しく説明してくれ!

「星矢くんの言う通り、私達は普通のキスじゃなくて、口移しでお茶を飲ませるディープなやつをしたんです」


 その瞬間、父親の顔に太い血管がビキビキと走り、彼の圧力で病室のガラスにバキバキとヒビが入った。これ以上怒ったら俺の全身の骨がビキビキなるだろう。

 俺はもう今にも気を失いそうだった。

 逆に秋月さんは全くさっぱりと無表情である。いやどんだけ鈍感なんだ秋月さん! 澄ました顔しやがって……さっきまで特栽の爆弾投下し続けてたくせに!


「それは本当か、秋月さん?」

「はい、私の初めてでした」

 いや何で追撃してくるんだよ!! 僕の命がかかってるんですよ!?

 ついに親父が俺の胸ぐらを掴んだ。すごい力で持ち上げられる。


「おい星矢ぁ! てえめえ抵抗できない女に何してやがる!」

「な、何もしてません!」

「キスしたんだろうが!」

「しましたあ!」

 見かねた秋月さんが止めに入る。

「お父さん、ソイヤくんを離してあげてください」

「せいや」だよ俺は! 何だソイヤって、祭りか!!

「それに、私達がキスをしたのには理由があるんです。そいや、そいやくんが私のを物欲しそうに見ていたので、口に含んであげたんです」

 おい主語を飛ばすなあ! とんでもなくいやらしい意味に聞こえるじゃねえかちょっと興奮してきたなあ!!

 あと何で言い直したうえでソイヤなんだよ!


 その時、父親が掴んでいた胸ぐらを離した。あれ、もしかして今の説明で真意が伝わった……のか? だが次の瞬間、俺は頭を捕まれ凄まじい力で締め上げられ始めた。

「痛たたたあたたたたたっっったt!」

「男がぴーぴー喚くな!」

「すみません!」


 いやそんな事言うなら頭締め上げないでよ! 痛くて死にそうだよこっちは怪我人だぞ!

 ふと親父の後ろに見える秋月さんを見ると、皿になみなみとつがれたカレーを口に運んでいるところだった。

 何やってんだあの女ぁ!そのカレーどっから出したんだよ!

「何笑ってんだ星矢ぁ!」

「わ、笑ってません!!」

「キスはしたんですけど、大丈夫です」


 秋月さんは隣のベッドの患者さんにカレーを渡してから言った。

「だって私達、付き合っていますので」


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